第38話 準備室への潜入

 青藍が慌てて紫遠の傍に駆け寄る。ガラスケースに実物は無かったものの、その名が書かれたパネルを見つけた。

「本当にここにあるのかも」

 紫遠と青藍は興奮気味に顔を見合わせて頷く。資料館の奥に準備室があった。扉の前に関係者以外立ち入り禁止と看板が立っている。

「ここの管理者に鏡のことを聞いてみよう」

 青藍は周囲を見渡すが、二階には人影は無い。階段を駆け下りて一階の図書貸し出しコーナーにいた老婦人に資料館のことを尋ねてみる。

「資料館ですか、二階の奥のね。あそこは準備中のまま何年も放置されていて、私にも分からないのよ」

 老婦人は聞かれても何も分からない、と肩を竦めた。


「せっかくここまで突き止めたのに」

 さすがにのこのこ帰る気にはならない。紫遠と青藍はもう一度二階へ戻り、資料館奥の準備室の前に立った。ドアをノックしてみるが、当然返事は無い。ドアノブを回すと、鍵がかかっている手応えがあった。

「青藍、どいてくれ」

 紫遠が準備室前の看板を横に避けてドアの正面に立ち、後退る。ドアを蹴破るつもりだ。勢い良く助走をつけようとした瞬間、青藍は紫遠を羽交い締めにした。

「待て、さすがに大きな物音がしたらさっきのおばやんがやってくる」

 せっかく意気込んでいたところを邪魔され、紫遠は不満げな表情を浮かべる。


「じゃあ、どうするんだ」

 紫遠はふくれ面で腕組をしている。

「この図書館には地下に書庫があった」

 青藍の眼鏡の奥の目がキラリと光る。青藍は二階読書室にあった備え付けの古いデスクトップパソコンで蔵書を検索する。

「何を探しているんだ」

「お蔵入りの本だよ」

 青藍はにんまりと口元に笑みを浮かべる。タイトルと分類番号を控えて、一階の貸し出しコーナーの老婦人に手渡した。老夫人は眼鏡を上げ下げし、本のタイトルを確認する。

「柊都城の成り立ち、これは書庫にあるわ」

 面倒くさそうに老婦人は腰を上げた。蔵書を探しに地下への階段を降りていく。


「今だ」

 地下室へのドアが閉まった。青藍は二階の踊り場で待機していた紫遠に合図をする。紫遠は資料室に戻り、勢いつけて準備室のドアを蹴破った。バン、と派手な音がしたが、地下室にいる老婦人が慌てて戻ってくる気配はない。

 青藍は二階へ駆け戻り、紫遠とともに準備室へ潜入する。準備室の床にはうっすらと埃が堆積しており、しばらくここに人が立ち入った様子は無い。格子窓から午後の気怠い日差しが差し込み、床に幾何学文様の影を落とす。

「へっくしょい」

 埃っぽい空気に、紫遠がくしゃみを連発した。ティッシュを持たせていたので自分で鼻をかんでいる。


 くすんだガラス張りの戸棚には色褪せたファイルがずらりと並んでいる。かつては管理者がいたのだろう。引き出しを開けると、保護材が敷かれており、展示される予定の発掘物が等間隔に置かれている。

「ここに保管されていないだろうか」

 紫遠と青藍は手分けして引き出しを開けていく。青銅器、土器、錆び付いた装飾品、古代の遺物だ。すべての引き出しと戸棚を漁ってみたが、辟邪鏡と天禄鏡は無い。

「ありそうなのに、クソッ」

 青藍は思わず悪態をつく。紫遠は青藍の態度の悪さに驚きつつ、しょんぼりしている。


 何か手がかりは無いか、青藍はファイルを手に取った。ここに所蔵されている文物のリストだ。発掘場所や時代、サイズなどが記されている。

「これは目録だな」

 青藍はファイルを取り出し、ページをめくり始めた。紫遠も別のファイルで鏡の情報を探していく。ただの銅鏡はたくさんファイリングされているが、辟邪鏡と天禄鏡ではない。二十冊ある太いファイルを二人して1時間かけてめくり続けたが、とうとう探し物を見つけることは出来なかった。


「どうするかな」

 日差しがずいぶん傾いてきた。青藍は積み上がったファイルを見つめて途方にくれる。紫遠も疲れて傍にあった椅子に腰掛けた。ふと、足元に取っ手がついた引き出しがあるのを見つける。紫遠が引き出しを開けてみると、そこには紐で束ねた紙が古代史の本と共にぎゅうぎゅうに押し込まれていた。

「何だろう」

 ファイルを棚に戻し終えた青藍は紙の束を取り出してみる。捲ってみると、購入や寄贈された文物のリストが綴られていた。

「そうか、辟邪鏡と天禄鏡は正式な出土品では無く、どこからか買い取ったものかもしれない」


 骨董店のおやじが出所について濁していたのは、盗掘品だったからではないか。青蘭の蘭の印の石の穴には魔鏡と水晶もあったのに、手をつけていないことからそう頷ける。魔鏡は何の変哲もないデザインだったため、盗掘者には魅力が感じられなかったのだろう。それは不幸中の幸いだった。

 青藍は逸る気持ちを抑え、ページを捲っていく。紫遠もそれを息を飲んで見守っている。最後のページに差し掛かったとき、見覚えのあるデザインが目に飛び込んできた。


「あ、あった。辟邪鏡、こっちは天禄鏡だ」

 青藍は震える指で写真をなぞる。高鳴る胸を押さえつつ資料を読み込んでいくと、地元の骨董商から購入したことになっていた。

「保管場所は、地下の書庫だ」

 青藍は文物リストを引き出しに戻した。準備室のドアを閉め、一階へ降りていく。カウンターの老婦人が探し物の書籍を準備してくれていた。


「あ、これ三巻まであって、全部借りたいです」

 青藍が口から出任せを言う。老婦人はあからさまに面倒臭そうな顔をして、青藍を見上げる。

「私は腰が悪いのよね、階段の上り下りがつらくて」

 暗に勝手に行って取って来いと言っている。

「いいですよ、この番号の棚にあるんですね。自分で探しに行きます」

 青藍の返事に老婦人はどうぞ、と書庫の鍵を開けてくれた。本来は規則違反なのだろうが、腰の痛みに耐えかねたようだ。

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