第34話 文字盤の謎

 紫遠が腹が減ったと言い出したので、テーブルに学食のテイクアウトとご飯を並べてやる。キュウリの中華風浅漬け、青菜とキクラゲの野菜炒め、麻婆豆腐、茄子とインゲン炒め、揚げた豚肉に甘酢あんをかけた鍋包肉、よだれ鶏。

 学食は安くてボリュームがあるので重宝する。他の大学ではハズレもあるというが、柊都大学の学食は地元のおばちゃんが調理をしているので、親しみ易い家庭の味が人気だ。

 パックに盛られた大量のおかずに紫遠は目を輝かせている。青藍はパソコンにスマートフォンのデータを転送し、ディスプレイに映し出す。新しい文明の利器に紫遠は興味津々だ。


「これも鏡なのか」

 麻婆豆腐とご飯を頬張りながら紫遠が訊ねる。

「これはパソコンといって、計算したり、文字を書いたり、たくさんの情報を知ることができる」

 青藍は雑に説明する。紫遠は今ひとつイメージが湧かないようだ。

「例えば、この先一週間の天気だよ」

 青藍が天気予報のページを開いてみせる。柊都の一週間の天気が表示されている。明日は曇り、明後日は雨だ。気温も分かるし、もっと先まで見通せると教えてやる。

「すごいぞこれ持って帰りたい、土産にくれっ」

 紫遠は大興奮で鼻息も荒く青藍の肩を掴む。天気や地形が分かれば戦略が有利になると息巻いている。

「駄目だよ、これはインターネットという、現代の通信技術が無ければただの計算機みたいなもんだよ」

 そう言われて紫遠はがっくりと項垂れた。


「青蘭の残したメッセージによれば時間を越えるには、辟邪鏡と天禄鏡という対になる二枚の鏡が必要だ。それと、この水晶」

 青藍は鏡に映し出された文字を写真に撮った画像をパソコン画面に表示する。洞窟から持ち出した水晶は残り二つになってしまった。大事にしておかなければ。

「時間を遡るには、天禄鏡で月光を集める、か」

 青藍が鍋包肉に手を出そうとすると、山盛りあった肉は二切れしか残っていなかったので、思わず二度見した。


「俺が洞窟にいたとき、何者かが辟邪鏡を外へ持ち出して太陽の光を反射させたんだな。最初から仕組まれていたということか」

 紫遠は悔しそうに眉根をしかめて唇を噛む。興味本位で軽率な行動を取ったことにより、王朝が滅び、親兄弟や親友が処刑されるなんて、自分の浅はかさに腸が煮えくりかえる思いだ。

「月影はこの仕掛けをしっている者に送り込まれたのだろう」

「朱鴎だ、朱鴎に違いない」

 紫遠は奥歯をギリと噛みしめる。月影は朱鴎の私設暗殺集団に所属する。王朝転覆を狙う朱鴎が計画したと考えて間違いはない。さらに、現場を目撃した青蘭に大逆罪を着せて処刑する周到さ、まさに卑劣漢だ。


「月影は戻る手立ても知らされぬままにここへやってきたんだな、部下を使い捨てるなんていつの時代も変わらないよ」

 それでも月影は忠実に任務を遂行しようと躍起になっている。青藍はほんの少しだけ月影に同情した。

「あの洞窟の部屋へ光を導くには、鏡を使ったんだな。壁に鏡を設置して反射を利用すればいい」

 鏡は雑貨店に行けば二束三文で手に入る。十枚もあれば洞窟内のカーブに設置して外の光を反射させることができるだろう。青藍はスマートフォンにこれからやるべきことをメモしていく。


「祭壇の文字盤が時を示す、とあったな」

 青藍はパソコン画面に洞窟内の祭壇の写真を映し出す。砂に覆われた九つの円が並んでいる。

「洞窟にやってきたとき青蘭もこれに興味を示していたが、結局分からなかった」

 紫遠の時代の識者にも見当がつかないのか、青藍は画像をじっと見つめている。懐中電灯の光だけでは暗くて見えにくい。青藍は画像処理ソフトで写真の明度を上げてみた。

「ここに針のようなものが見える。それぞれいろんな方向を指しているな」

 九つの円の中心から針が伸びている。その形に見覚えがあった。

「これは時計、時間を示すものだ」

 青藍が興奮気味に叫ぶ。


「これのどこが時計なんだ」

 紫遠は首を傾げる。

「紫遠の時代は時計と言えば水時計が主流だから、ぴんと来ないかもしれないな」

 しかし、なぜ九つの指定があるのだろうか。青藍は文字盤の針の向きを紙に書き写してみる。八つの円は十刻み、最後の一つは十二刻みになっていた。

「2,0,2,2,0,4,0,5・・・これは、現代の暦だ。公歴2022年4月5日、そして最後は時間、午後二時を差している。俺たちと紫遠が出会った時間だ」

 この日、柊都映画城の洞窟付近で史庵と春燕が紫遠を見つけた。紫遠はこの時計が示すとおりの日付と時間に移動したのだ。


「紫遠、やったな。これを210年に設定すれば、お前の時代に帰れるぞ」

 青藍は大興奮で頬を赤らめ、満面の笑みを浮かべる。ふと、紫遠の視線に気がついて顔を上げた。

「なに見てるんだよ」

「やっぱり、青蘭にそっくりだな」

 紫遠は頬杖をついて、どこか懐かしい目で青藍を見つめている。

「一生懸命文献を読み解いて、分かったときの顔。そうやっていつも嬉しそうに俺に教えてくれた」

「俺に似ているならきっと良い奴だよ。絶対に彼を助けよう」

 青藍は恥ずかしげに顔を逸らした。紫遠はこの時代で好物になったヨーグルトを美味そうに食べ始めた。


「それで、肝心の辟邪鏡と天禄鏡だ」

 青藍は真剣な表情に戻り、紫遠に人差し指をつきつける。

「うん」

 紫遠は口の端についたヨーグルトをぺろりと舐める。

「洞窟には無かった」

 青蘭は儀式に必要な二枚の鏡も隠しておいたはずだ。紫遠の話では見事な彫刻が施されていたという。

 考えられるのは、盗掘に遭ったということだ。

「そのぱそこんとかいうもので調べられないのか」

 紫遠に言われて、青蘭は鏡の情報を検索してみた。辟邪鏡、天禄鏡、宗の銅鏡、思いつく限りのワードを入力してみたが、それらしいものは見つからない。

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