第29話 青蘭のメッセージ
鉄道駅を出発し、1時間ほどで柊都映画城に到着した。紫遠と青藍は巨大な城門前でバスを降りる。ここはゲートになっているが、青藍は迂回して城壁を模した高い壁沿いを進む。
「今回、テーマパークの方に用は無い。断崖の洞窟に行くだけなら抜け道があるんだよ」
門を抜けると、宮殿や街があるが入場料が発生するという。まるで関所だな、と紫遠は思った。10分ほど歩くと、高い壁が途切れる場所があった。ここは門の裏手に当たるようだ。その向こうに洞窟がいくつも並ぶ断崖が続いている。ここは発掘現場と遺跡の見学スポットになっているがめぼしい遺物が少ないため、有名俳優の撮影でも行われていなければほとんど観光客は寄りつかない。
「どの洞窟か覚えているか」
青藍に言われて、紫遠は先を歩き始める。馬で砂漠を駆けてここへやってきた。鏡の発見を青蘭と無邪気に喜んだのがついさっきのことのようだ。
断崖の一番端にたどり着いた。やや形は崩れているが、この洞窟に違いない。ここから訳も分からず、この時代へ飛ばされたのだ。
「ここだ」
紫遠は洞窟の前に立つ。洞窟の入り口にはロープがかかっていたが、ひどく弛んでいた。発掘作業も終わり、そのまま放置されているのだろう。青藍は肩掛けバッグから懐中電灯を取り出した。洞窟内は裸電球がいくつかが吊されているが、電気は通っていないようだった。懐中電灯を手に、洞窟内を進んで行く。
曲がりくねった道をおよそ10メートルほど進んだだろうか、天井の高い広い部屋に到達した。懐中電灯で奥を照らすと、正面に石仏が鎮座していた。経年からすると保存状態は良さそうだが、修復されることもなく、うち捨てられていた印象を受ける。
青藍は天井に懐中電灯の光を当ててみる。何やら薄ぼんやりと線が描かれているのが確認できるが、それが何かはわからなかった。修復により見事な仏教絵画が復元された洞窟もあるが、ここは修復を諦めたようだ。
「この部屋で鏡が目が眩むほどの光を放って、気が付いたときには俺は一人だけここに立っていた」
紫遠はその時の状況を思いだそうとしている。青藍は洞窟内を確認するが、壁に穴が穿たれている訳でもなく、ここに光源は無い。
「そうだ、光は洞窟の外から導かれていた。洞窟の道はまっすぐではない。複数の鏡の反射を使ったはずだ」
「では鏡を探そう」
青藍はそういったものの、ここで何かが見つかる気がしなかった。めぼしい発掘品があるなら、すでに持ち出されている可能性が高い。
それでも諦めるわけにはいかない。二つの懐中電灯の光が洞窟内を行き来する。紫遠と青藍は壁や地面、石仏と手前に設置された祭壇を念入りに調べた。やはり、ここには岩と石しかない。紫遠が銅鏡の隠されていた祭壇を思い出して調べてみるが、そこにはただ空洞があるだけだった。
1800年の時間は長すぎる。今だってこれほど警備が杜撰なのだから、いつ盗掘されたとしてもおかしくはない。
「盗掘されたとすれば、どこぞの好事家にでも売り払われて見つけることは至難の業だ」
青藍のぼやきに紫遠はがっくりと肩を落とす。
「青蘭は俺よりも賢い。捕らえられたとしても、どうにかして手がかりを残しているかもしれない」
洞窟を出ようという気分になっていた青藍を、紫遠が引き留めた。懐中電灯に照らされた彼の目は信じる者の強い光を帯びている。
「わかった、続けよう」
青藍は頷く。紫遠は青藍を肩車に載せた。青藍は懐中電灯を二つ持ち、天井を念入りに調べていく。天井には壁画の痕跡があるほか、何も見つけることは出来なかった。
「ふう、結構重いな」
青藍を地面に下ろした紫遠は、洞窟の壁にもたれて呼吸を整えている。不意に、鼻がむずむずして派手なくしゃみが始まった。
連発するくしゃみに、紫遠は思わず懐中電灯を手放した。
「へっくし、へっくし」
間抜けなくしゃみに、鼻水を啜る。青藍はポケットティッシュを取り出し、紫遠に投げてやった。
「うう、ありがとう」
紫遠は鼻を啜りながらずびずびと鼻水をかむ。せっかくのイケメンも見る影がない。青藍は紫遠の足下に転がった懐中電灯を拾い上げようとして、光が照らす場所に注目した。石仏の武骨な台座だが、積み上げられた石が微妙にずれている。
青藍は石に光を当てた。陰影の具合か、レンガほどの大きさの石のひとつに凹凸が確認できた。それはこの石だけのようだ。青藍は刷毛で砂を丁寧に払い落とす。
「紫遠、これ何に見える」
青藍が紫遠に凹凸を示す。紫遠はしばらく首を傾げていたが、突然目を見開いた。
「これは、蘭だ。蘭の花だ」
紫遠が震える指で凹凸をなぞる。言われてみれば、独特の形をした花弁のようにも見える。これは意図して掘られた彫刻のようだ。紫遠は石の表面をなぞった指をまじまじと見つめる。その指には微かな青色の粉が付着していた。
「青蘭だ」
青藍と紫遠は同時に叫んだ。蘭の花の彫刻を、今はほとんど剥げてしまったが、ラピスラズリで青色に彩色した跡だ。
「紫遠の時代でいう瑠璃、ラピスラズリはウルトラマリンブルーと呼ばれる高級な顔料の原料だ。高級な原石ほど美しい青が出せたという」
これは青蘭の残したメッセージだ。紫遠は興奮に目を輝かせながら、蘭の彫刻の石を手で抜き出そうとする。青藍はバッグからステンレス製の手持ちスコップを取り出した。石と石の間を削り、隙間を作る。かんでいた砂が掻き出され、石はゴトンと抜けた。
青藍と紫遠は顔を見合わせて息を呑む。中は狭い空洞だ。懐中電灯の光を当てると、何かある。高鳴る胸を押さえながら、紫遠は空洞に手を入れ、中にあったものを取り出した。それは黒いボロ布に包まれていた。
「早く開けよう」
青藍も興奮が抑えきれない。紫遠は布を取り払った。出てきたのは、一枚の銅鏡だ。
「やった、鏡があった」
二人は抱き合って喜び合う。しかし、その喜びも束の間だった。
「待てよ、鏡はひとつか」
青藍は冷静に鏡を観察する。紫遠も我に返り、鏡の裏面を見た。
「これは何の変哲もない鏡だ」
一気にテンションが下がった。紫遠が持ち帰ろうとした見事な辟邪と天禄の彫刻の鏡ではない。古代に良く作られたシンプルで汎用的なデザインだという。
「これだけしかないのか」
空洞をもう一度覗き込む。そこで紫遠より細身の青藍がもう一度空洞の中を探る。
「何かある」
そう言って青藍が取り出したのは、小さな巾着袋に入った小ぶりな水晶玉だった。手の平で5つの水晶玉が転がる。
「ただの水晶だ」
鏡が見つからなかったことに青藍はがっくりと肩を落とす。しかし、紫遠は水晶を凝視している。
「俺は閃光が走ったとき、この水晶を手にしていた。気が付いたときには手の中の水晶は割れていた」
「やはりこれは鏡の謎を解く手がかりだ。青蘭が賢明な男なら、関係ないものを残しておくはずはない」
青藍の言葉に、紫遠も大きく頷いた。
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