第28話 魔鏡探索

 翌朝、青藍は紫遠を連れて柊都中央駅へ向かった。街で一番大きな鉄道駅で、ここから柊都映画城への定期観光バスが出ている。土日は若い映画ファンや家族連れで結構混み合うが、今日は平日とあってバスを待つ人はまばらだった。

「大学に行かなくていいのか」

 紫遠は青藍が大学の授業を休んでまで付き合ってくれていることを気にしているようだ。

「紫遠が早く元の時代に戻れるように、鏡のことを調べる方が優先だろう」

 素っ気ない言葉だが、紫遠は深い思いやりを感じた。昨夜は暗殺者から逃げのびてヘロヘロで帰宅した後も、博物館で眼にした宗王朝の無惨な末路に紫遠は衝撃を受けていた。夜中にひどくうなされて唸り声を上げるので、青藍まで何度か起こされたほどだ。


「しかし、あの月影とかいう男、意図してこの時代にやってきたということは、鏡の使い方を知っているのかもしれないな」

 青藍の考えを見抜いて、紫遠は思い切り嫌そうな顔になる。

「教えてくれるわけないだろう、俺を殺しに来たんだぞ。それに戻る方法は知らないようだった」

「一方通行というわけか」

 青藍はため息をつく。確かに、あの様子では教えてくださいと訊ねるわけにもいかないだろう。彼はこの時代に骨を埋める気のようだ。むしろ、目的を達成した後の自分の人生について、何も考えていないように思えた。


 楡の木が立ち並ぶ大通りを抜け、街を囲む巨大な城門をくぐり、バスは郊外へと走り続ける。真っ直ぐに伸びる片側二車線の広い道路の脇に、まばらに立ち並ぶ小さな商店や車の販売店などを通り過ぎていく。30分も走ると、周囲は砂漠と、その向こうには砂山が続く風景に移り変わった。


 紫遠は砂埃で汚れたバスの窓からじっと外の景色を眺めている。

「俺は軍を率いてこの辺りを進軍していた。洞窟で鏡が発見されたという知らせを聞いて、のこのこ出向いたばかりに、すべてを失ってしまった」

 紫遠は自分の浅はかさを悔いて唇をぎゅっと噛みしめた。

「失ったものをこれから取り戻しに行くんだろう」

 青藍が紫遠の肩をポンと叩く。紫遠は振り向いて、強く頷いた。


 ***


「月影、朝ご飯用意できたよ」

 冬波に揺り起こされて、ソファに横たわり浅い眠りを貪っていた月影は半身を起こした。動いた瞬間、脇腹に鈍痛を感じて顔をしかめる。昨日はようやく見つけた紫遠を取り逃がしてしまった。やはりあの男は手強い。月影は長い銀色の髪をかき上げる。花の香りがふわりと漂い、髪は銀の絹糸のように艶やかに指を滑り落ちる。昨日は久しぶりに湯浴みをして、頭も明瞭だ。


 冬波に呼ばれて、食卓についた。埃っぽいガラステーブルにピータン粥、肉まん、茶葉卵、腸詰めの肉、青梗菜の炒め物が並んでいる。彼らが作ったのではなく、配達をしてもらったもののようだ。

「いただきます」

 冬波が手を合わせるので、つられて月影も無言で手を合わせた。ベランダでタバコを吸っていた幽風も戻って椅子に腰掛け、肉まんにまぶりつく。

「昨日はうまくやったのかい」

 紫遠を追って博物館に向かった後のことを幽風は知らない。月影はお粥を啜りながら幽風をじろりと睨む。この様子ではどうやら目的は果たせなかったようだ。


「月影は強いんだよ、もうちょっとであのカッコいいにいちゃんに勝てそうだった」

 夕闇の老街で紫遠との戦いの一部始終を見ていた冬波は、興奮気味に語る。

「勝ち負けではない、奴を殺す」

 月影は不満げに呟く。冬波は月影が紫遠を本気で殺しに来たと思っていないようだった。幽風も月影の手伝いは冬波に任せており、必要以上に首を突っ込もうとしていない。


「今日はどうするの、あのにいちゃん見失ったんだよね」

 冬波に言われて、月影は茶葉卵の殻を剥いていた手を止める。博物館では紫遠の目的のものは見つからなかったようだ。それなら次はどうする。奴の目的は宗の時代に戻ることだ。それならば鏡の儀式を調べるはずだ。となれば、次に向かうのは。

「断崖の洞窟に行く」

「わかった、柊都映画城にある洞窟だね」

 幽風は冬波に連れて行ってやれ、と指示を出す。今度こそ仕留めてやる、月影は口角を吊り上げて不敵な笑みを浮かべる。


「月影、それ植木鉢の草だよ」

 冬波に言われて、月影は自分が箸で掴もうとした青梗菜と思っていたものをまじまじと見る。小ぶりの植木鉢に生えている雑草を掴んでいた。

「月影は視力が悪いのかな」

「しりょくとは」

 月影は聞き慣れない単語を復唱する。

「えーっと、遠くを見る目の力」

 冬波に言われて、月影は昨夜のことを思い起こす。階段の下に紫遠を追って走ったとき、地下なのに照明が煌々として驚くほどの人で溢れており、顔の見分けがつかなかった。

 普段、標的を狙うのは夜だ。数日かけて相手の行動を把握しておき、一人きりになる機会を狙って襲撃する。闇夜に相手の気配を察知して動くため、眼が見えるかどうかは気にしたことが無かった。


「眼鏡をかけるといいよ」

「めがね」

 月影はその言葉に興味を示す。

「うん、後から通りの眼鏡屋さんに一緒に行こう」

 冬波が上手く取り計らってくれそうだ。宗の時代で行動を共にしていた冬波も気が利く少年だった。月影は心なしか面影を重ねる。いや、そんな感傷に浸っている場合ではない。

「おかわり」

 月影は空になったおかゆの椀を冬波に差し出した。

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