第21話 疑惑の骨董店

 店内には天井に届くほどの巨大な石碑や掛け軸、絵画、壷など古い文物が並んでいる。つけられた値札を見て、青藍は思わず眉をしかめる。こんな路地裏のこ汚い店でこんな値段のものが売れるものか。それに値札には出土した時代が書かれているが、真贋は定かでは無い。

 紫遠は壷や青銅器を興味深く眺めている。

「これでよく鳥の煮込みを作るんだ、俺の好物だよ」

 紫遠は鼎のついた青銅器を指さして嬉しそうにしている。見覚えのある食器を見て、懐かしいのだろう。

「この模様は、宮廷で一番優秀な職人が最初に彫り始めたんだ。そうしたらみんなこぞって真似を始めた」

 青藍は紫遠のうんちくに真剣に耳を傾ける。何せ、この古代の青銅器を実際に使っていたのだ。生の声が聞けるなんて、普通ありえないことだ。


「若いのに詳しいね」

 ごま塩頭のおやじは狭いカウンターに座ってタバコを吹かしている。

「ええ、まあ歴史に興味があって」

 青藍は紫遠が余計なことを言う前に、慌てて無難な返事をする。その横で紫遠は金の腕輪を手に取り、いろんな角度から凝視している。腕輪は金箔で加工され、緻密な文様が刻まれた美しいデザインだ。大きなエメラルド、ルビーが等間隔で交互についている。

「まるで新品みたいだ」

 青藍は首を傾げる。古代のデザインだが、歪みを忠実に再現して作ったイミテーションのように見える。


「これは、1週間ほど前に夜盗に襲われたさい家の主人のものだ。腕輪の内側には持ち主の印を彫刻しておく。これは祭家の印だ」

 紫遠の説明によれば、祭家は名門の家柄で宮廷にも多くの人材を輩出していた。主人の祭段さいたんは重要ポストの大臣の一人で、いつも辺境の民に対する和平路線を説いていたという。紫遠が現代にやってくる、つまり進軍の1週間ほど前に屋敷が夜盗に襲われ、祭段と妻、使用人複数名が惨殺されて宝物庫も荒らされたという。

「今思えば、好戦的な朱鴎が反対勢力を抑えるために手を下したとしか思えない」

 紫遠は腕輪を見つめている。


「それが気に入ったのか、目が高いね」

 おやじはタバコを揉み消した。二人は金が無い学生だとわかっているが、暇つぶしに話をしたそうな雰囲気だ。腕輪のデザインや時代考証について熱く語り始めた。それよりも気になることがある。

「宗王朝の遺物にしてはずいぶん保存状態が良いようですが、どこで手に入れたんですか」

 青藍ができるだけ愛想良く訊ねる。おやじは一瞬しまった、という顔になり眉根を顰める。

「それは企業秘密って奴だよ。あんたも野暮だね」

 おやじは取り繕うように笑う。そして、客寄せで展示していたが、本来大事なものだと布に包んで引き出しにしまった。


「お客さんが来てるの、お茶淹れようか」

 奥から少年が顔を出した。

「おう、冬波、じゃなかった陽湖、頼むよ」

「もう叔父貴、あの人の呼び方に慣れちゃったの」

 陽湖と呼ばれた少年は笑いながらお茶の用意をしはじめた。青藍は腕時計をチラリと見る。

「あの、ありがとうございます。これから博物館に行くのでお茶はいいです」

 青藍はお茶を楽しみにしている紫遠の腕を引っ張って春秋堂を出た。


「お茶、飲みたかったぞ」

 路地を歩きながら紫遠は文句を言う。

「博物館は5時できっちり閉館するんだ、もう3時だから時間が余り無いんだよ」

 それを聞いて、紫遠は納得したようだ。大通りに出て歴史博物館行きのバスを待つ。この通りはバスの本数も多い。そのうちやってくるだろう。

「さっきの腕輪、気になるな」

 青藍が神妙な表情で腕組をする。

「欲しいのか」

「バカ、違うよ。あれが本当に宗王朝のものだとして、1800年の経年劣化が見られないのはおかしい。紫遠と一緒に時間を越えた人間がいて、そいつが腕輪を持ち込んだとか」

 青藍の突拍子もない考えに、紫遠が笑い出す。

「お前がやってきただけでも奇跡なのに、そんな偶然はあるわけないか」

 青藍は笑いすぎだ、と紫遠の腰を肘でつつく。そうしているうちに博物館行きのバスがやってきた。二人はバスに乗り込む。


 ***


「若いお客さん、珍しかったね」

 冬波はお客さん用に準備していたお茶を叔父の幽風に出す。

「どうせひやかしだ、しかしあの腕輪に目をつけるとはなかなか侮れない奴らだ」

 幽風は茶を口に含んだ。冬波は湯飲みを手にしたまま動きを止めた。

「あっ」

 突然の冬波の叫び声に、驚いた幽風は飲みかけの茶を思わず吹き出した。その声に二階の住居スペースに居た月影も、何事かと階段を降りてきた。


「さっきの兄ちゃん、あの動画に出ていた人だ」

 冬波はスマートフォンを取り出し、柊都映画城のイケメン槍演舞の動画を再生する。間違いない、先ほど腕輪を見ていた若者と同一人物だ。

「その男、どこに行った」

 月影は冬波の襟首を掴み、締め上げる。

「うぐっ、わからないよ」

 冬波は苦しそうに顔を歪める。幽風が慌ててそれを止めようと月影の腕にしがみつく。細身なのに恐ろしい力だ。まったく動じない。

「博物館だ、博物館に行くと言っていた」

 幽風が叫ぶ。月影はそれを聞いて、腕の力を緩めた。冬波はその場に崩れ落ち、げほげほと咳き込んでいる。足元に並んでいた壷がひとつごろんと転がり、パリンと割れた。


「博物館か、この先の公園近くにある歴史博物館だな」

 月影は夜中じゅう街の地図を眺めていた。きっと地図が頭に入っているのだろう。

「そこへ案内しろ」

「冬波、行ってこい」

 幽風に命じられ、冬波はのろのろと立ち上がる。冬波は月影を憎々しげに見上げるが、彼はそれをまったく気にも留めていない。

「叔父貴、車貸してよ」

 冬波は14才で、自動車運転免許は当然持っていない。しかし、小型トラックの運転は幽風に習い、慣れたものだった。幽風は机の上に置いてあったキーを投げてやる。


「気をつけろよ」

「うん」

 幽風は頷く。それは車の運転のことか、はたまた月影のことか。骨董店の裏手から煤けたガラス戸を開けて駐車場に出た。剥げたアスファルトの駐車場には泥だらけの小型トラックが停まっている。この車で叔父とともにいつも遺跡に出向くのだ。夜の車通りの少ない田舎道を運転させてもらい、乗り方を覚えた。


 冬波は車のドアを開けて月影に助手席に乗るよう促す。

「なんだ」

「その格好で行くの」

「問題あるか」

 月影の髪は銀色、黒い外套に、袷の黒い着物を着ており、街中を歩くにはかなり珍妙な格好だ。しかし、彼は全く気にしていないようなので、冬波はそれ以上何も言わなかった。


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