第15話 盗掘者たち
突然の激しい閃光に目が眩んだ。周囲に人の気配はない。おそらく、異界へやってきたのだろう。月影はゆっくりと目を開ける。瞼の裏がまだ白い光りに包まれているようだ。
暗闇に目が慣れてきた。洞窟の外からは弱々しい光が差している。月影は壁に手をつきながら、光を頼りに歩き出した。
洞窟の外は月光に照らされ蒼い光を放つ砂漠が広がっている。ここが異界なのか、月影は眉を顰める。木に繋いだ馬も、幽風と冬波の姿も無い。空を見上げれば、無数の星が煌めいている。
この地に紫遠がやってきたはずだ。見つけ出して、息の根を止めなければならない。月影は断崖に沿って歩き始めた。向こうからやってくる人の気配を感じ、月影は俊敏な動作で洞窟に身を隠す。
「ここに掘り出し物なんてあるのかよ、叔父貴」
若い男の声だ。
「ああ、ここは結構いいものが出土するのに、警備が甘い。まさに穴場なんだよ
もう一人は初老の男だ。ズタ袋をかついで洞窟を物色している。洞窟にある遺物を盗掘しているようだ。
「収穫無し、骨折り損のくたびれなんとかだ」
しばらくして、顔を泥まみれにした二人が洞窟から出てきた。不意に、頭上に影が差した。影が地面に降り立ち、陽湖の首筋と、初老の男の脇腹に鈍い光を放つナイフが突きつけられている。ナイフは三日月を模して細い弧を描いた特殊な形状をしていた。
「動くな」
月影が低い声で囁く。二人は目線をかわし、微かに頷いた。銀色の長い髪に鋭い殺気を放つ碧眼。どう見てもここの警備員ではない。
「ここはどこだ」
どう答えるべきか、悩む質問だ。何をとぼけたことを、と思うが銀髪の男は真剣そのものだ。
「ここは柊都のはずれ、柊都映画城だよ」
陽湖が声を震わせながら答える。柊都、と聞いて無表情だった銀髪の男が微かに眉を顰めた。
柊都、ということは場所は変わっていない。異界とは一体何なのか。考えを巡らせた瞬間、初老の男が隙をついて月影のナイフを持つ手を押さえようとする。月影はそうされる前に初老の男を殴り飛ばした。
陽湖が身を逸らして首に突きつけられたナイフから逃れ、月影に飛びかかる。月影は蹴りを繰り出し、陽湖の身体は断崖に激突した。
月影は陽湖の首元を掴み上げ、ナイフを心臓に突きつける。
「待て」
背後から叫び声が上がる。初老の男がふらふらと立ち上がり、手を伸ばしている。月影は感情の読めぬ瞳で男を睨みつける。
「待ってくれ、殺すことはないだろう。俺たちはただのケチな盗人だ」
初老の男は部下の幽風に顔立ちが似ている。胸ぐらを掴み上げたままの若者は冬波の面影があった。月影は無言で手を離す。
「げほっ」
跪いて咳き込む陽湖に、初老の男が駆け寄る。
「お前たちはこれから俺の命令に従え。成功すれば、褒美を取らせる」
月影は胸元から黒い巾着袋を取り出した。無造作に手をつっこみ、宝石が嵌め込まれた金の腕輪を投げてやる。
初老の男はそれに飛びついた。荒削りだが、見事な彫刻だ。軽く歯を立ててみて、純度の高い金であることが分かる。これは公歴200年前後の王朝のものだ。
「す、すげえ」
陽湖も思わず腕輪に見とれる。これは月影が暗殺した貴族の財産だった。こういうときに使えるとくすねておいたのだ。
陽湖と初老の男は月影を見上げる。長い銀色の髪に、使い込んだ黒い外套と袷の黒装束を纏っている。腰につけたベルトには大ぶりの石が嵌め込まれており、かなりの値打ちがありそうだ。これは金になる、と初老の男は考えた。
「わかった、協力しよう」
初老の男は立ち上がる。陽湖はやや不安そうな顔で叔父を見上げる。
「お前たちは、幽風と冬波と呼ぶ」
勝手に名前を決めやがって、と陽湖は不満に思うが叔父は全く気にしていないようだった。
「それで、何をすればいい」
叔父の変わり身の早さに、陽湖、月影の呼び名は冬波になる、はいつも呆れる。
「ある男を捜している」
「それは一体どういう奴だ」
「宗国の皇子だ」
「は?」
そこで会話が一旦途切れる。幽風と冬波は遺物の盗掘を生業にしているため、歴史についてはそこそこの知識がある。宗は200年代に滅びた王朝の名だ。その国の皇子を探しているとは、一体どういうことだ。
「叔父貴、この人頭がおかしいんじゃないか」
「そうだろうな、しかし金は持っている。言うことを聞いておくのは悪くないだろう」
幽風と冬波はヒソヒソ話をかわす。
「わかった、宗国の皇子だな。見つけてどうする」
幽風は話を合わせ始める。
「殺す」
月影の碧眼が殺気を帯びて怪しく光る。幽風と冬波は顔を見合わせた。歴史ドラマの見過ぎか、思えばこの黒装束もまるでコスプレのようだ。しかし、先ほどのナイフの腕は確かだし、この男が暗殺者というなら、否定できない気がした。
「どんな顔だ、特徴は」
「そうだ、スマホに画像はないの」
冬波が思いついて訊ねる。
「すまほ」
月影は眉根をしかめる。
「スマートフォンだよ、ターゲットにしているなら画像とかあるでしょ」
冬波はポケットからスマートフォンを取り出す。月影は顔を近づけてそれをまじまじと見つめる。
「何だこの板は」
月影は冗談を言っているようには見えなかった。
「えっ、スマホを知らないの」
幽風と冬波は顔を再び見合わせた。
「背の高さは俺と同じくらい、髪と目の色は黒、槍の使い手だ」
月影の語った特徴で、冬波は何かを思い出したようだ。
「槍といえば、今日昼間の柊都映画城で槍の演舞に乱入してきたイケメンが話題になっていたよ」
冬波は動画サイトを検索し始める。その動画はすぐに見つかった。柊都映画城、イケメンのキーワードでたくさんの動画が上がっている。
「この男はどう」
冬波は月影にスマホの画面を示す。光を放ち、音を奏でる謎の板に月影は内心困惑する。板の表面で何かが動いている。月影はスマホを受け取り、顔を近づけて見る。
「この人、ド近眼なのかな」
冬波はぼやく。月影はまるで老眼の老人のように、スマホ画面をギリギリまで顔に近づけて動画再生画面に集中している。
画像は団体の槍の演舞から始まり、一人の男をズームで映し出す。そこには槍を手にして舞う紫遠の姿があった。間違いない、紫遠はここに来たのだ。それが分かれば、探し出して殺すのみ。
「この男だ」
月影はスマホを冬波に押しつけた。
「どこにいる」
「知らない、でも多分街にいるんじゃないかな」
冬波は首を振る。月影は唇の両端を吊り上げて不気味な笑みを浮かべた。
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