1.魂は想いを張り巡らせる

 ゲートと呼ばれる入り口は、人がごった返して見えた。

 とはいえそれは見た目だけである。この場所だけはアバターが同時出現することが多いから、衝突認定が外されているのだ。


 私はそこにあえて立ち続け、周囲を観察する。

 ――この光景、日本人らしいわね。

 人々は、灰色やベージュ、紺といった、取り立てて目立たない色合いの衣装を着ていた。男性は半数がジャケットを着こんでいる。2010年代から始まったビジネスカジュアル時代になっても、彼らはジャケットを脱がなかった。ジャケットは日本人男性としてのアイデンティティなのだろう。

 とはいえ、今の若い子はジャケットを着ない。そう考えると、しわのない顔にジャケットという取り合わせは、逆に年寄り臭さが増して見える。

 対して女性は、今も昔もデザインは色々だ。ロング丈のスカートから思い切ったショートパンツにミニスカート。現実ならば細すぎるほどの体系だが、少女漫画の中だと思えば違和感はない。


 私は自分の体を見下ろした。色々な人が出たり入ったりしているが、輪郭は分かる。

 ――日本人らしくはないわねぇ。

 私の体は、現実の自分を模したものだ。胸は大きめで腰も太い。アーミーグリーンのカーゴパンツに隠れた足は、筋肉でむっちりしている。どれも長く生きるために鍛えたためだが、結果として私は外国人が望むアジア女性のような容姿になっていた。

 私は思念で録画スイッチを入れ、周囲をぐるりと撮影した。キャプションに『自由になりきれない日本ユーザの様子』と入れておく。

 ゲートのラインを踏み越えると、とたんにあちこちから肩がぶつかった。私はなんとか持ちこたえたが、何人かが地面に倒れている。立ち上がるのに時間がかかる人も、ちらほらいる。

「大丈夫ですか」

 一人の男性に手を貸すと、彼は憮然とした顔で私の手を払った。

「若い女の手は借りん」

「はぁ」

 どう見ても10代後半の見た目で、何を言っているんだ。

 それでも立ち上がるのに苦慮するのを見て、私は深く息を吐いた。

「こう見えても、私89ですから。手伝いましょうか」

「あ!?89!!??」

「ステータス見てもよろしくてよ」

 フリーズする彼の手を引っぱりあげて、私は彼のボディが安定するよう整えた。

「これでよろしいですね」

「あ、ああ……ありがとうございます……」

 しどろもどろの若者に、私は軽く微笑んで訪ねた。

「あなた、おいくつ?」

「ななじゅ、70です!」

 なんということだ、私の息子でもおかしくない年齢ではないか。

「んまぁ、そんなお若くらしても体を操作できないのね」

 別に嫌味を言うつもりはなかったのだが、相手は恥ずかしそうにうつむいた。

 どうやら良心はある人のようである。私は好ましく感じ目を細めた。

「現実での運動を欠かしてはダメですよ。若返るのは見た目だけで、神経は衰えていく一方ですから」

 彼はハイ、ハイと真面目に頭を下げながら、南の方に去っていった。

 今の様子も、すべて録画しておいた。キャプションには『ゲート付近の衝突認定に修正が必要』『使用時に筋力測定の必要性あり』と記しておいた。

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