最終話 最高の肉じゃが
「しょ、醤油さん、もしかして貴方が変わったのはあの日のせい?」
「あの日? ……ああ、貴様等のような調味料と行動を共にしたことがあったな。確かにちょっとは焦りも覚えたが、今では懐かしさも感じるな」
醤油さんの口調が途端に穏やかになる。本当に懐かしんでいるようだ。醤油さんが"あの時"の言葉をまだ覚えているのなら、僕がこれから取る道は一つ。
「分かった。分かりました。冬眠措置を受け入れます」
「へっ! ようやく観念しやがったか!」
料理酒さんが喚くけど、僕は気にしない。
「その代わり、マスターの今日の料理を僕に決めさせていただいてもよろしいですか?」
僕がそう言うと、砂糖ちゃんがくつくつと笑う。
「きっきっき、みりんちんって甘いにゃー。自分を使って欲しくて、醤油ちんに懇願。いやー甘えるねー」
「ま、ここまで調味料幹部として働いてくれたお礼として聞いてあげない事はないけどね」
塩さんも砂糖ちゃんに呼応して、僕を囃し立てる。
「貴様等、何を勝手にほざいている。決めるのはあくまで料理を聞いてからだ。マスターの意にそぐわない料理を言われでもしたら堪らんからな。……それで、みりんよ。貴様がマスターに出したい料理とは何だ?」
僕は一つ息を飲んで、静かに声を出す。
「『肉じゃが』です」
「肉じゃが?」
「ええ、それもただの肉じゃがではありません。僕を抜いた……『みりん無しの肉じゃが』です」
僕はそうはっきり告げると、醤油さんは大きな笑い声を上げた。
「おいおいおい! 聞いたかよ! よりにもよってコイツは自分を必要にされたいがために、あえて『みりん無しの肉じゃが』を提案したぞ!」
「くわーははは! 腹いてー! 『僕ちゃんは本当は必要とされてますから』ってかー!」
「フフフ……でもみりんが望むならこっちは受けてたってもいいんじゃない?」
「きっきっき。そうだにゃー。醤油ちん、みりんちんの望み聞いてあげたらどうかにゃー」
皆笑う。でもいい。これでいい。
「クックック……そうだな。肉じゃがの旨さなど砂糖と料理酒で十分カバーできる。みりんよ。いいだろう! 貴様の望んだ『みりん無しの肉じゃが』作ってやろう!」
僕の望みは受け入れられた。
……ねぇ、醤油さん。貴方が言う『マスターが喜ぶ料理を作る』の言葉。それは一つの調味料だけじゃ絶対できない。塩さん、砂糖さん、料理酒さんの皆の力が必要だ。調味料が混ざり合って最高の調味料ができるんだ。そしてその最高の調味料を味わえられる料理こそが「肉じゃが」なんだ。
僕ーーみりんがどう料理の味に関わっているかは自分でも正直分からない。でもマスターが喜んでくれるのならば、冬眠だろうが笑い物だろうが甘んじて受け入れよう。
だってそれが、僕達調味料なんだから。
了
最高の調味料 でぴょん @dpajent
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