第2話 バター失踪事件

 バター失踪事件。

 僕らはその時のたった一度だけ結託して、マスターの健康と献立を管理しているコンピュータの内部を調べて見た時があった。そのデータの中はマスターの好み等が細分化されていて、僕らが気になる情報ばかりだった。醤油さんは真面目にその項目を一つずつ見ていたけれど、でかでかと書いてあった文に僕は頭が無くても、どこかが真っ白になって、何も考えられない状態になってしまった。


"健康管理OFF"

"節約料理ON"


 おそらく僕だけじゃなく他の調味料もこの時ばかりは同じ気持ちだったろう。

 バターがいなくなったのは代用品としてマーガリンにしたからだ。これで代用品の波が来たら次に取って代わるのは自分かもしれない。

 そして節約しているということは、マスターがあまり食事にお金をかけたく無いという意思の表れだ。

 となると、必然的に必要の無い調味料は捨てられる。

 調味料達の不安が一斉に広がり、皆ガタガタと震えが止まらなかった。

「そんな悲観する必要もないだろう」

 醤油さんが静かに、それでいて調味料全体聞き渡るように語り出した。

「マスターが健康管理をOFFにしたならば、我々が代わってマスターの管理をすれば良いだけだ。幸い、ここには料理のレシピが数えきれん程ある。我々がすべき事は初心に帰り『マスターが喜ぶ料理をつくる』その一点に向くべきではないのか。我々がマスターの料理を作るんだ。何の調味料が必要かどうかは、ここにあるレシピを見て決めればいい。マスターの好みも把握してある。何も恐れる必要はない」

 この醤油さんの言葉によって、皆の安堵の空気が広がる。

「で、でも、誰がその日の料理を決めるんだ?」

震えた声でラー油さんが質問する。

「……そうだな。今までマスターの料理に使われていた時間が長い調味料の方が、マスターの好みに合う料理を作れそうだ。……だが、そう決めてしまうと、データ上は俺が決めてしまう事になる。それだとラー油は納得しないだろう」

 ラー油は「い、いや」と言ってたじろぐ。

「そうだろう。だから出来るだけ多数決で決めたいが、多数決ではマスターの好みに合わせるのは難しい。はてはてどうしたものか」

「それではこうするのはいかがかしら」

 塩さんが意見を述べる。

「醤油様の次に使われているのは、僭越ながらこの私です。そして、次に砂糖様、料理酒様、みりん様の順になっております。この五つの調味料で相談して献立を決めてはいかがでしょうか?」

 塩さんは優しく語りかけると、ラー油さんを始めとする調味料達は、何か腑に落ちない所があるが、その状況だと賛成せざるを得ない空気になっていた。

 それ以降、ラー油さんはマスターの料理で使われる事は無かった。

 僕は全調味料を満遍なく使って欲しく、ラー油さんの辛味を利用した料理を提案したが「調味料より『マスターが喜ぶ料理』を優先しろ。みりん、貴様の思想はマスターへの反逆にもとれるが?」

「そうじゃないよ! 調味料の皆をバランスよく使った方が、色んな味を楽しめるし、捨てるよりも使い切った方がマスターは満足すると僕は思う!」

「……そうか。みりん。貴様の意見。よく覚えておこう」

 醤油さんは日に日に態度が高圧的になっていった。

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