第3話

「……おはようございます」

 天井に向かって挨拶をした。隣を見ると、酷い顔をした女の顔が映っていた。私のものだとは信じたくなかった。

 時計の針は、朝の八時を差していた。

「……」

 身体に沁みついた流れのまま、冷蔵庫からオートミールを取って、牛乳を入れる。

 この後は着替えて、化粧をして――朝の電車には間に合うだろう。昨日は洗濯できなかったのは痛手だったな、などと考えに至ったところで、やっと思考が冴えてきた。

 ああ、そうだ。

 私、仕事辞めたんだっけ。

 本来は休職にしようとしたけれど、紆余曲折あって辞めることになった。

 正直辛過ぎて、その頃のことはよく覚えていない。

 覚醒してきた頭で、牛乳の注がれたオートミールを見た。

「……食べるか」

 フローリングにそのまま座って、喉に入れた。

 あんまり美味しくはない。後片づけとかが楽なのだ。昔から片付けというか整理整頓が苦手なのもあったので、食事は適当になりがちである。ぶっちゃけ栄養さえ取れれば何でもいいとか思っていたからな。

 食べ終わって、少し悩んで、食器を洗った。

 いつも朝は慌てているからそんな余裕はない。シンクは死屍累々の体を成していたけれど、昨日病院に行く前にちょっと掃除したのだ(ちょっとどころではなかった)。

 そして、食後に飲むべき錠剤を何種類か飲んだ。

 薬を飲むのは得意である――なんて自慢できるものではないか。

 小さい頃から貧血気味だった。血の足りなくなる日にはふらふらになる。それに風邪をひきやすいこともあったから、薬漬けの毎日だったように思う。私の半分くらいは、薬になっているのだろう。

 ――ずるい。

 ――どうしてあいつはいっつも長距離休んでいるの。

 クラスメイトからそんなことを言われた記憶が、ふと蘇ってきた。

 好き勝手言ってくれるよね。

 ずるい、ね?

 そう思うなら、肩代わりして欲しいと思う。身体の重さも、体調の悪さも、だるさも、皆に混ざることのできない寂しさも。

 いつだって私を貶めるのは、健康で恵まれて、身体の丈夫な人達だった。

「おっといけない」

 ほっぺを叩いて、思考を戻した。

 ついつい、昔のことに囚われてしまう。

 いけないな。

 軽く顔を洗って、服を着替えて――髪の毛を結んだ。

 枝毛が引っ掛かって痛かった。

 そろそろ髪、切らないとな。

 着たのは、大学の体育の授業で買ったジャージである。

 時計を見ると、八時半を回っていた。

 うん、そろそろ学生も登校した頃合いだろう。

 運動靴を履いて、外に出た。

 一日一回は、太陽を浴びること。

 それが、病院の先生とした約束の一つだった。

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