第3話:脱力

 車のドアを閉めると同時にスマホが震えて、おばさんからケンタッキーに行く役目を仰せ使う。もちろんアメリカの州のことではない。田舎町に突如として現れたチェーン店のことだ。赤茶けた街を切り裂いて、老若男女から絶大な支持を得たあのチェーン店のことだ。骨つきと骨なし、ビスケットの数まで指定された。


 何年も前の経験を踏まえて着いた所に店舗は無く、ただ『移転』の貼り紙があるだけだった。駅の近くまで戻って任務を果たした時、既に日は暮れかかっていた。助手席にチキンとビスケット、ポテトが入った箱を置くと、車内はジャンクの香りでいっぱいになった。


 *


 着いた時には食卓はほとんど完成していた。リビングは宴会場になっており、後はケンタッキーを乗せるだけ、という状態だった。従兄とおばさん、近所の親戚一同でひしめき合う机。名前も思い出せないくらい久々に会った人々だ。既に出来上がっている人もいて、騒がしい夕食となった。


 「サトちゃんかわいそうに」

 「お母さんまだ若かったのにね」


 というのは母の姉二名。


 「どこの会社で働いてるの?」

 「今度東京行ったら、サトちゃんの家寄ってもいいかい?」


これが母の妹と父の妹。


 「ビール飲む人」

 「コップ半分位で頼む」

 「並々で」

 「私チューハイ飲むから大丈夫」


 透明なグラスに言われた通りにビールをついでいく。おばさんと私のチューハイは下の従兄が持ってきてくれた。


 「お葬式は明後日。色々決めるのはサトちゃんと、間に合ったらクミちゃんに任せるから」


 クミというのは妹の名前だ。おばさんには本当に頭が上がらない。人・場所の手配は私が北海道に到着するより先に済んでいた。ここから日付変更線を越えるまでは飲み会は続く。誰かのコップが空になったらビールをつぐゲームをしている。ケンタッキーが消え、だし巻き卵が消え、漬物が消えた後も話は絶えない。


 チューハイを一缶持って外に出る。昼間乗った軽トラの横を陣取ると、人を検知して車庫のLEDライトが点く。屈んでプルタブを開け、酒を一口飲んだ。


 「たばこ吸う?」

 「いや」


 続いて宴会場から出てきた上の従兄が隣に座る。ビール缶を揺らして煽る。指の間には一本だけタバコが差し込まれている。彼はそれに100円ライターで火をつける。甘みのない煙草のにおいが辺りに広がった。


 「ちえさん、残念だったね」

 「遅かれ早かれ、いつかは誰だってこうなります。たまたま少し早かっただけの話です」

 「うちの母さんはどうかな。120歳までは地を這いつくばっても生きそうに見えないか」

 「否定はできないっすね」


 部屋から響いてくる声の大部分はおばさんのものだった。細い体のどこから力が湧いてくるんだろうというような甲高い声だ。上の従兄はつまらなそうに煙を摂取して、吐き出していた。


 「家売るの」

 「そうなるでしょうね。私もクミも東京で仕事しているから」

 「もうあんまり栗町にも戻ってこなくなるんだろうな。寂しくなるよ」

 「来る理由がありませんからね。誰かが動機付けしてくれたらそんなことはないですよ」

 「そういうのは母さんがやるんだ。母さんに頼んでくれよ」


 酒を煽ったものの、チューハイごときではちっとも酔えなかった。そうでなくても酔えない夜だ。

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