ずれても冴えてる第六感

エリー.ファー

ずれても冴えてる第六感

 君が想像するよりも早く。

 君の知らないくらいの言葉を紡ぐ。

 いずれ。

 君になっていく感覚。

 君から始まった物語が、誰かになっていく。

 受け継がれる限り、すべては事実に沿っている。

 肺の色を知らない。

 苦しいから場所だけは知っている。

 君も知っている。

 僕は。

 君の肺の場所を知っている。

 本当さ。

 嘘じゃない。

 嘘にしてはならないと思っている。

 推していたのに、全然人気になってくれないアイドルの疲れた笑顔も。

 君によく似たアイドルの寂しい生き方のすべても。

 僕は知っている。

 君がアイドルですか。

 アイドルは僕ですか。

 君と僕で作り出した偶像ですか。




「この詩、なんですか」

「アイドルの夢々遥ちゃんですよね」

「違います」

「いや、絶対にそうだ」

「違いますってば」

「受け取ってください、この詩を」

「まず、その、これはいりません」

「いやいや、もらってください」

「結構です。本当にいりません」

「あなたのために書いた詩です」

「だから、そのなんですか、夢々遥って」

「あなたのことですよ」

「違います。人違いです」

「世間知らずパーテーションズの不動のセンター、夢々遥ちゃんですよね」

「本当に、その子はどこの誰なんですか」

「僕の第六感が告げています。あなたは夢々遥ちゃんだ」

「私の第六感が告げています。あなた、ヤバい人ですよね」

「はい、ヤバいくらい夢々遥ちゃんを推しています」

「はい、それは分かりました。じゃあ、帰りましょうね。あっちに行ってください。マジで、私は夢々遥って子じゃないので」

「そんなことないっ」

「怖いって、違うんだよ本当に」

「ないないっ、夢々っ、遥っ、ちゃんっ」

「違うから、本当に違うんだって。なんで、その圧で来れるんですか。こんなに否定してるのに」

「だってっ、僕の第六感が告げてるからっ」

「じゃあ、その第六感、たぶん腐ってるよ」

「夢々遥ちゃん一筋だから」

「一筋だったら、全然違う他人を夢々遥ちゃんって言わないんだって」

「違うっ、一筋っ」

「聞けよ、バカっ」

「とりあえず、まず、この詩を持って帰ってください」

「だから、違うしいらないって言ってんの」

「いらなくないっ」

「いらなくないことないっ、ここがどこか分かってんのっ」

「もちろんですよ。病院ですよっ」

「分かってるなら、静かにしてって」

「夢々遥ちゃんは、二年前のライブでステージから落ちて下半身不随になって、それでも引退はしないって。必ず復活するって言ってたっ。今は、そうやって車椅子生活だって、SNSで言ってた」

「そ、その子のことなんて、し、知らないけど。けどさ。難しいんじゃないの、車椅子の生活から復活なんて、む、無理に近いっていうか」

「でもっ、そうやって車いすで移動する生活だけどっ、リハビリをしてっ、またステージに立って歌とダンスでファンを喜ばせたいんだって言ってたっ」

「さっきっ、不動のセンターだって言ってたけどっ、アイドルを休んでるなら不動のセンターじゃないじゃんっ」

「僕の心のセンターに夢々遥ちゃんはいるんだっ。嘘じゃないっ。ずっとど真ん中なんだっ。歌わなくてもっ、踊らなくてもっ、走れなくてもっ、歩けなくてもっ、立てなくてもっ、アイドルだって名乗らなくなってもっ、夢々遥だって胸を張って言えなくなってもっ、誰よりもスポットライトの中で輝くっ、不動のセンターなんだっ」

「ばっ、バカなんじゃないの。やめてよ、もう」

「バカだよっ、僕はバカだっ、夢々遥バカだよっ。でもっ、大好きなんだっ、応援したいんだっ、また復活して欲しいんだっ。そして、そしてっ」

「そして、何よ」

「僕の第六感はっ、ずっとっ、夢々遥はっ、ぜ、絶対にっ、復活するって言ってるんだっ、嘘じゃないっ、本当なんだっ」

「あぁ、そう。そう言ってれば」

「あぁ、何度だって言うさっ、僕はっ、夢々遥ちゃんのためならなんだってできるんだっ」

「それ」

「え」

「その、クソ恥ずかしいポエム。ち、ちち、ちょうだいよ。も、貰っておく、から」

「あ、ありがとう」

「さっきの威勢はどうしたのよ、あんた。はい、ちゃんともらったから。こ、これで、いいでしょ」

「ありがとう。ありがとう。頑張ってね。リハビリ頑張ってね」

「うん、ありがとう」




「さきほど、他の患者さんと話していましたね。おや、その手の中にある紙はなんですか」

「あ、先生。さっき、もらったんです。夢々遥に宛てた詩だって言われて」

「へえ」

「そうなんです」

「そうだよね」

「そうです」

「君、別にアイドルとか何にもやってないよね」

「そうなんですっ、あの人、本当に見間違えてるんです私のこと。誰なんですか、その夢々遥ちゃんって」

「なんとなく聞いたことがあるような気がしますけど、ね。深夜のテレビ番組に出てた地下アイドルの中にいたような、いないような」

「あの人、夢々遥ちゃん一筋とか言ってました」

「全然、一筋じゃないですねえ」

「あの人、第六感がとか言ってました」

「たぶん、第一感からすべて腐ってますねえ」

「嵐のような人でした」

「たぶん、夢々遥ちゃんよりも彼の方が個性的で魅力的でしょうね」

「そう、思います」

「で、どうするんですか」

「あ、そ、そうですね」

「手術は受けますか。難しい手術になりますが、あなたの勇気と決断が必要です」

「もし、成功したら」

「はい」

「歩けるようになれますか」

「もちろん」

「走れるようになれますか」

「もちろん」

「踊れるようになれますか」

「もちろん」

「歌って踊れるようになれますか」

「もちろん」

「私、ちょっとなりたいなあって思う職業があるんです」

「それは、人に勇気を与える職業ですか」

「はい。そして、それは」


 誰かから詩をプレゼントしてもらえる職業です。




「みんなぁ、来てくれてありがとうっ。夢々ハルナのライブに来てくれてありがとうっ。アイドルになるために勇気を出して、手術を受けてリハビリも頑張って、長い道のりだったけど頑張って良かったですっ。五万人以上いるファンの前で歌って踊れることを本当に嬉しく思いますっ。次は、病院で私にアイドルになるきっかけになったプレゼントされた詩をモチーフにして作った曲です。ちなみに、私の芸名の夢々ハルナもその人が口にしていた単語をもじったものです。いわば、私のスタートみたいな曲です。それでは聞いてください」


 ずれても冴えてる第六感、です。


「愛してるよおおぉー-っ、夢々遥あぁぁぁぁっ」




 だから、誰だよそいつ。

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