第十三話 仕事だ(荒川慎二)勇気(我妻冬海)

これまでの「告白なんていらない」は、


 伊東夏樹は三度目の正直で我妻冬海に恋人のフリをしてもらうことの承諾を受けるがそれは我妻の友人、レオンの悪戯であった。

 原田龍之介と荒川慎二は仲の良い友達そして両想い。しかし恋心をひっそりと楽しむ原田と違い、荒川は自分の恋心への激しい嫌悪に苛まれていた。オープンスクールの休憩中、何気なく始まった恋バナの最中に我妻が発した「男でもいいぞ」の一言を聞いた荒川は耳を疑う。


【仕事だ 荒川慎二】

「男でもいいぞ。」

冬海先輩が何気なく発したその一言が俺にはやたらと大きく聞こえた。

 ああ、これはきっと夢だ。昨日の寝不足が祟って悪夢を見ているんだ。いくら先輩たちでもこんなイカれた恋バナをするはずがない。恋バナっていうのはもっとワクワクドキドキ後腐れなく楽しめる話題だったはずだ。だからこれは悪い夢だ。でも夢だとしても俺は腹がたった。「はいそうです。」なんて言えるわけないだろう。何考えているんだ。全く思ってもないことを!受け入れる度量もないのにそんなこと言うべきじゃない。 面白がるためにそんなことを言う奴、人の悩みを知らない奴、フィクションだと思っている奴、俺は大嫌いだ。特に独善的で何も気にしていない傍若無人なルールも常識もない冬海先輩にわかってたまるか。配慮した気になってるんじゃねえよ。

「そんなんじゃないでしょ」

後輩が笑って否定する。俺は今この全てを憎んだ。人を振り回すような一言を言う冬海先輩を、笑って誤魔化す原田を、恋バナなんて始めやがったレオン先輩を、そもそもの元凶である俺を。

「それでもないっていうなら。本当にないんだろ。ないやつはない。」

冬海先輩は俺の動揺も知らずに言った。

「せ、先輩はどうなんすか?」

原田が標的を団長に移す。団長は困った風でもなく胸を張ってこう言った。

「そりゃあもちろん薬研藤四郎。ベタなのはわかっているがそれでも私は薬研藤四郎」

それはキャラクター!というか刀でしょうが!なんで俺が知っているのかと言う質問にはノーコメント。

「あ、いや自分は彼氏との進捗を聞こうかと思ったんすけど」

原田が控えめに言う。団長は悪びれる様子もない。

「それとこれとは別だ。私の推しを理解しない彼氏など彼氏ではない。無論、私も彼氏の『艦これ』を許容している。」

DMM大好きカップル。確か基本のシステム同じだった気がする。気が合うってことなのか?

 冬海先輩は心底退屈そうな声でこう言った。

「ねえ、これつまんない。やっぱり窓から落ちた先輩の話とか時計破壊した先生の話とかカンピロバクった調理実習の話の方が面白いよ。」

それは面白いのではなく怖い話。

「セミ食べたやつとか。タンポポで廊下が埋め尽くされた話とか。二号館のサーキット族とスリ族の抗争とか」

それ学校の話なのか。いくら冬海先輩とはいえこれはやはり夢だ。

「おい、慎二君。仕事だ」

「はい」

冬海先輩の大声に俺はバッと起き上がる。もちろん原田も団長もいない。俺を見下ろす冬海先輩の表情は優しく見えた。さて、仕事だ。


【勇気 我妻冬海】

 劇場の機械担当となり一番下の後輩に流れを説明していた時だった。意外な人物が私に声をかけてきた。

「先輩。少しよろしいですか」

キリリとした応援委員会の部員。舞に良くくっついている後輩で今朝も放送室に遊びにきていた。有望株だと舞が言っていたっけ。

「もちろん。原田君だっけ?」

「はい。原田です。」

私はホワイエの隅で話を聞いた。

「あ、あの。感謝します。」

ばっといきなり頭を下げられて私は困惑した。さっき調整したマイクのことかしら?

「いや。仕事だからね」

「あ、いや。マイクのことじゃなくて。それもありがたいですけど、そう言うことじゃないです」

原田君はちょと周りを気にしてから言った。心配せずともまだ来校者はない。

「さっき放送室で「男でもいいぞ」「ないならない」って言ってくれましたよね。」

「ああ、それがどうかしたか?」

「な、なんで言えたんですか?」

「ん?可能性があると思っただけだ。」

「すごい、嬉しかったんです。自分でもびっくりするくらい。漫画とかでああいうセリフを見ても自分はバカにしてたんです。「男でもいい」って言われたって「じゃあ」なんてならない。言えるわけないって。でも現実世界で初めて人からそれを聞いて嬉しかった。現実世界じゃその言葉さえ聞けないから。少なくともこの人にとってはそれが現実の中にあるんだって。この感情の存在を肯定された気がしたんです。」

原田君は饒舌に喋った。瞳にうっすら涙が載っている。口角は上がっているのにジェスチャーする手は震えている。ああ、そういうことか。しゃべってなきゃいられないんだよね。きっと不安でいっぱいで。喋った側から後悔しているんだろうな。たぶん。なんか前にもこんなようなことあったな。いつだっけ。思い出せない。原田君は最後に確かめるように言った。

「男でもいいんですよね。」

「ああ」

私は深く頷いてポケットティッシュを差し出した。

「たかがこんなことで馬鹿みたいですよね。でも、今しかないって思ったんです。今、言えなきゃ、きっと自分はずっと誰にも言えない」

「ああ、まあ、あの言葉だけで私を信用するのはリスキーすぎる。無鉄砲。おふざけでも言うだろうからね」

私がそう言うとホワイエの階段に座り原田君は冷静な声で言った。

「そうなんすよね。自分は先輩を信用したのに論理的な思考を持ち合わせていません。だた、今、先輩を見て、大丈夫だ。そう思った。言わないでくださいね。自分が」

「ああ、言わない。」

論理なんて持ち出せなくなるほど焦っていたのかしら。舞が言うのだ原田君は確かに賢いのだろう。でもこれはとても冷静な判断とは思えない。本人が思っている以上に思い詰めていたのかもしれない。一息つくと原田君が言った。

「秘密の共有って言うとなんか響きはいいですけどそれは負担の共有ですよね。でも、それ以上に先輩にありがとうって伝えたかったんです。だから言った。申し訳ありません。」

恐ろしく冷静にそう言った。気にしないって言っても気にするよな。

「許すよ。勇気に免じて。」

少し申し訳なさげに原田君は言った。

「あ、あの先輩も同類だったりします?」

「は?」

「あ、いや。もしこの言葉で口を閉ざさせてしまったのなら悲しいなって。自分はずっと誰かに言いたかった。言っても嫌われない人と会いたかったんです。」

「ありがとう。なんというのか君は勇者だな。」

素直と言うのか信用しきった物言いに私は面食らった。いくつかの言葉が浮かんで消える。

「私は我妻冬海だ。私は男でも女でもないし、大人でも子供でもない。世の中の基準や分類はよくわからん。」

聞かないで欲しい。

「さすがですね」

何が流石なのかしら?でも原田君は楽しそうだ。

「自分、『恋バナ』って大嫌いなんです。足、プルプルしませんか胃がキリキリしませんか、知らないところでボロ出したらどうしようって。怖くなる。」

「別に、そんなこと思わないね。」

原田君は驚いた顔をしていた。

「思わないんですか?不愉快じゃないんですか」

私は首を傾げた。原田君はありえないというようにすごい熱量で続けた。

「だって、あいつらは誰にでも「好きな異性がいる」って決めつけてかかるじゃないですか。恋愛感情は絶対的でかつそれは異性に向くものだと思ってる。そんなわけないのに」

「まあ、別にいいんじゃない。」

原田君は失望したような顔になった。

「そんなあ」

なんとも元気のない声だ。

「先輩ならわかってくれるって思ったんだけどなあ。居ないことにされてる。存在がないんだって怖くなりませんか?」

なんとも必死そうな顔だったが私にはよくわからなかった。

「ならない。だって私はここにいるぜ。」

「仲間が欲しいって思う自分は、だめですか?」

「別に私たちは仲間だ。ただ共感を求めるのは間違っている。それが欲しいなら他を当たって」

なあ、原田君、私は君を傷つけてしまったか?

「伝えてくれてよかったんだよ。原田君、大丈夫だ。本当に。」

私は原田君の目を見て言った。フォローがフォローになっていればいいが。

「自分は最悪のクソ野郎ですか?」

「ああ。」

君のせいで準備が遅れる。

「安心して、なんであれ君は私の後輩だ。何を思おうが私は君を守る。秘密を守る。私は君のことなんてわからない、それでも君は一人じゃない。」

きっと私も一人ではないんだろう。

「はい。」

「早く戻らないと舞に怒鳴られるぞ。」

「そうですね。あの、またお話ししてもいいですか。」

原田君は立ち上がった。

「もちろん。」

「あ、あと一つだけ。朝に流してた曲の名前を教えてください。」

『おい、原田!原田ー!』

舞の声がした。

「あ、ごめんなさい。行かないと。先輩のことを信じてよかったです。」

晴れやかな笑顔だった。私は軽く手を振った。

「君はすごいよ。原田君」

私はそう独りごちて制御室に戻った。勇気づけられた一方、言葉の持つ力の大きさに私は寒気がした。


【つづく】

次回、【第十四話 青色(伊東夏樹)】


オープンスクールも後半、伊東は事件を目撃する。

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