第十二話 きっと悪い夢(荒川慎二)
これまでの「告白なんていらない」は、
伊東夏樹は三度目の正直で我妻冬海に恋人のフリをしてもらうことの承諾を受けるがそれは我妻の友人、レオンの悪戯であった。
原田龍之介と荒川慎二は仲の良い友達そして両想い。しかし恋心をひっそりと楽しむ原田と違い、荒川は自分の恋心への激しい嫌悪に苛まれていた。そんな生徒たちはオープンスクール当日を迎える。
【きっと悪い夢 荒川慎二】
渡辺先生は始まりの演説、みたいなことはしない。挨拶だけしたらすぐ本題に入る。
「腕章です。」
抱えた腕章を端の生徒に預け、くばらさせた。重厚な刺繍で放送委員会と施された腕章は責任と誇りの証だ。とても鋭利でバネがキツくてちっとも安全じゃない安全ピンでそれを止める。
「じゃあ、冬海君アナウンスをよろしくね」
「はい」
先輩がジングルを流して言った。
『これから放送機器の確認を行います。これから放送機器の確認を行います。』
もう一度ジングルを押して流れてきたのは朝の空気を揺らすベースとドラムのハードロックだった。後輩たちも少しざわついている。無理もない、去年までは威風堂々と校歌だった。先生はノリノリだ。
「朝から元気でいいですねえ」
よくないよ。くり返すが俺は穏やかな朝が好きだ。
「なんでこれにしたんですか。去年まで威風堂々とか校歌でしたよね」
「私にも愛校心はあるがあれじゃ私の気分は上がらない。今年の委員長は私。そして私はロックが好き。」
なんということだ。
「じゃあいろんなロックが流れる感じですか」
「まさか。同じのが流れるよ。今までのやつの何が悪いっていろんなところから持ってきた音源そのまま繋げたプレイリストだったということだよ。別の用途で使っていたものの転用だったみたいだから仕方ないけど。だから曲が変わると音の出方が変わる。細かいことではあるけれど曲が変わったから小さく聞こえるのかそれともその部屋の機械の設定が小さくなっているから音が小さいのかわからない。これって問題でしょう。今日は今流れているやつが永遠にループ再生されるのだけど緩急があるから耳もバカになりづらいと思うよ。」
「なるほど。言われてみれば。そういうことはありました」
感心したがこれが小一時間ループされるのか。
ループ再生のおかげか確認はすぐに済んだ。何事もなかったためここから始まるまで一時間半は暇だ。寝よう。
「俺寝ます。起こしてください」
「はいはい」
俺は共用ぬいぐるみのゴジラを枕がわりに目を閉じた。三つ上の先輩の置き土産であるこのゴジラ。半年に一度誰かの家で洗わる可愛がられようで今ではすっかりここのマスコットだ。なんでもいいけど強面のゴジラからお花畑の匂いがするのはウケる。
うとうとしていると団長と原田がお菓子と大声を出しても怒られない環境を求めてやってきた。
「陣中見舞うぜ!」
全くこの人も朝から元気だな。寝かせてくれよ!
俺は目を閉じ続けた。放送室は先生の目が緩いので放送室を魔窟と思わない一部の生徒にとっては格好の溜まり場だ。
「見舞われるぜ。」
「おお、おはよ。何時間いる?」
「一時間ってとこかな。この人数なら人狼やらない?」
「お好きにどうぞ」
「何か音楽流してよ」
ほんと好き放題だな。
「てか今日の曲のセンスは誉めてつかわす。英語か日本語か私のわかる言語だったらもっと褒める。」
何様だよ。前そう呟いたら西宮舞様だと即答されたっけ。全然眠れない。
ガサゴソ音がして隣の席に原田が座った。全然眠れない。俺は寝たい。
人狼をラジオのように聞いて知ったことは原田がめちゃくちゃ弱いこと、そして勝ち負けを無視した奇行を行うプレイヤーが三人もいるとゲームにならないことだ。村人が偽占い師ってどういうことだ。二試合が終わったところでレオン先輩がぼやいた。
「ねえ、人狼は複雑すぎる」
普通はそこまで複雑じゃない。
「みんなの思考が読めないんだ」
きっと誰も読めない。
「じゃあ何かあと二十三分暇を潰せる代案をよこせ」
西宮団長が言うとレオン先輩が答えた。
「普通に恋バナはどうだ」
寝といてよかった。冬海先輩が口を開いた。
「トッポちょうだい。」
会話になってない。
「恋バナって何をするの?大抵つまらないよ。」
普通は楽しいですよ。冬海先輩にはわからないんだろうな。この人まじで頓珍漢すぎて常識が通じないから。どうやって生きたらこうなるんだ?まあでもここまでの人なら俺みたいな悩みはないんだろうな。ちょっと羨ましい。
「定義はない。しかし俺に任せろ、確実に面白くしてやる。後悔はさせない」
恋バナってそんな面白くさせにいくものだっけ。多分その恋バナは俺の知ってる恋バナと違う。理解できてない俺はひょっとして冬海先輩サイドにいるのか。まさかね。
「さて、早いもの順だ。全員一度何かはなせ。誰かを売るか、自分の話だ。色恋沙汰ならなんでも構わん」
なんというパワハラ。しかも密告ありかよ。
「ああ、さっさと済まそう。」
やっと意見が合いましたね!先輩!つまらなさそうに冬海先輩は続けた。
「私、冬海から。レオンについて。三輪ちゃんが「レオンなんかと付き合っているのが信じられない。別れた方がいい」って言った奴を体育のどさくさに紛れてのしてた。以上。」
のしたの!
「ほんとか!三輪ちゃんは口より手が出るタイプだからなあ。嬉しいなあ。」
嬉しいの!やっぱりこれは俺の知ってる恋バナじゃない。
「じゃあそれ以外に密告する者〜」
レオン先輩が楽しそうに言う。冬海先輩の言葉に機嫌を良くしたらしい。
「いないのか。じゃあそうだな。どんな女が好みだ?時計回りに答えてくれたまえ」
寝ていてほんとうによかった。後輩がバラバラと答える。ハラスメントの講義をレオン先輩は受けるべきだ。
「清楚系」
「よく食べる娘」
「橋本環奈さん!」
まあ、嫌いな人はいないだろう。
「えーっと人間性?」
嘘コケ!奴は胸の大きい娘が良いって言ってた。
「まあ、いいだろう」
団長が明らかに信じていない口調で言った。
「俺は石川先生一筋だから」
ボソリと言った後輩にレオン先輩が言った。
「まあ未婚者になっただけ可能性があるってものか。」
ないよ。
「そうなんです。西尾先生はもう拝むだけにします。」
おいおい、あの人お前が入学する前から結婚していたぞ!
「いいよな。石川先生。可憐だ。」
「うん」
うんって教師だぞ。お前ら大丈夫か。
「フランスの大統領にできたなら君にもできるさ」
冬海先輩がするりと言う。ひょっとして真面目に励ましてますか?
ああ、なんだか俺がまともに思えてきた。そういえば原田は?原田はなんて答えるんだろう。今から思えばこんなクレイジーなものではなくても二人で恋バナをしたことはない。そんなことを話さなくてもすぐに仲良くなれたから。原田は嫌そうに言った。
「特にないですよ」
「男でもいいぞ。」
冬海先輩が何気なく発したその一言が俺にはやたらと大きく聞こえた。
ああ、これはきっと夢だ。昨日の寝不足が祟って悪夢を見ているんだ。いくら先輩たちでもこんなイカれた恋バナをするはずがない。恋バナっていうのはもっとワクワクドキドキ後腐れなく楽しめる話題だったはずだ。
【つづく】
次回、【第十三話 仕事だ(荒川慎二)勇気(我妻冬海)】
これは本当に夢なのか?準備に勤しむ我妻の元に意外な客人が現れる。
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