第十一話 それぞれの朝 我妻、伊東、荒川

これまでの「告白なんていらない」は、


 伊東夏樹は三度目の正直で我妻冬海に恋人のフリをしてもらうことの承諾を受けるがそれは我妻の友人、レオンの悪戯であった。

 原田龍之介と荒川慎二は仲の良い友達そして両想い。しかし恋心をひっそりと楽しむ原田と違い、荒川は自分の恋心への激しい嫌悪に苛まれていた。そんな生徒たちはオープンスクール当日を迎える。


【我妻冬海の朝】

オープンスクール当日の朝、アラームを止めてむくりと起き上がる。いつもよりかなり早い朝、空気が冷たい。早起きは苦手だ。そもそも時間ってやつと私は相性が悪いんだ。シーツから這い出る。このままベットにいたら寝ちゃう。委員長たるものしっかりしなければ。はあ。ガウンを引っ掛けて居間に向かった。

 自分の入学式には遅刻した。遅刻というか着いたら式は終わっていたから、あれはすっぽかしか。我ながらウケる。やっぱり責任って奴は人を変えるなあ。

「おはよう」

内側の白い鉢に入った銀秋錦、黒光するおっきな金魚に挨拶する。

 眠い、もっと遅くちゃダメかなあ。えっと起きたら何をやればいいんだっけ?そう、顔、顔を洗わないと。それから経済ニュース番組をつけつつコーヒーをドリップしたらだいぶ頭が起き出した。わからない用語を調べようと思ってiPhoneを触り、DMが来ていたことに気付いた。

『明日は放送は何時に終わるの?時間によっては一緒にファミレス行かない?そこでちゃんと奢るし考えたいから』

送り主は夏樹ちゃんだ。でもこれに繋がる会話に覚えがない。誤爆かな?確認すると終わったはずの会話が終わっていなかった。送った覚えのないメッセージが送信されている。急に昨日のことが思い出された。レオンと交代してiPhoneを置き忘れたあの時だ。犯人はレオンだ。あの野郎。

『おはよう。18:30解散予定 話ならその後に、私も話したいことがある。』

私はとりあえずそう送った。面倒なことになったが全てはオープンスクールの後でいいだろう。準備のほとんどは昨日済ませてあるからやることは大してない。だって起きられないからね!私はここに関しては全く自分を信用していない。

 ニュースの内容が一周して私はテレビを消した。静寂が再び訪れる。先に丸いもののついている子供用の櫛を使って髪を整える。これが意外と使えるんだな。

 制服であるチャコールグレーのスーツは体にピッタリだ。昨日ブラシをかけたスラックスは滑らか、ワイシャツの手首のボタンを止めるとほんのり洗剤の匂いがした。ブレザーの横長のエンブレムの上に沿わせるように並んだ学年章と組章、黒いタイを結ぶと気がひきしまる。

 さてと、まだ少し時間がある。ラジオをつけ、つまみを回してボリュームを上げた。流れてくる曲に合わせて体が動くに任せて舞う。これで1日のやる気が起こるし眠り込まない。今日はオープンスクール、テイションあげて行かないと!

 昨日磨いた革靴に乗った埃を指で飛ばして姿見で服を直した。足を擦って一回りする。

「可愛くて格好良い。行こう!」

 人差し指と親指を伸ばして拳銃を作ると一発撃って鞄を掴んだ。早起きは嫌いだけれど朝のキンと冷たくて淀んだ空気は大好きだ。


【伊東夏樹の朝】

 オープンスクール。一言で言う。面倒くさい!じゃんけんで明美が負けてしまったがために巻き込まれる形で私は組派遣の補助要員になってしまった。さよなら三連休。でも連休だからって何をする予定だったわけではない。私たちはいつもの登校時間で良いのが救いだ。途中で明美にあった。

「ありがとね!一緒に来てくれて」

「今日は木村がいないからいいわ。」

「ああ、そうね」

「しかも目処が立ったのよ」

「え」

私はにたりと笑った。明美が察したように驚きの歓声をあげる。

「マジーーー!」

「オープンスクールが終わったらファミレス行ってくる」

「よかったじゃん。」

「でもまた変なフォロー申請が来たわ。もう全て通知を切った。」

「へえ」

なんだか食いつきが悪いので私は話題を変えることにした。まあ確かにあんな奴の話ばかりするのも気が滅入る。

「お弁当まずいんだって。朝ごはんてべていかない?」

私はハンバーガー屋を指して言った。

「えーまじで。」

「うん」

「絶対食べてく。でもそんなこと誰が教えてくれたの?」

「冬海ちゃん」

「悪魔からの情報かよ」

明美の顔がスッと暗くなる。

「悪い子じゃないって」

「いや悪い子でしょ」

「じゃあ食べない?」

「食べる」

私たちはハンバーガー屋に入った。モーニングバーガーセットを囲む。

「そうそう、冬海と木村。私たちの帰った後どうだったと思う?」

「どうって、別に何もなかったってよ」

「それ冬海の口から聞いたんでしょ」

「そうよ」

「その言葉を信じたわけ、お人好しね。見てたやつから聞いたんだけど」

明美はとっておきの話をするように顔を近づけて言った。

「木村、足、捻挫したらしいよ。冬海に追い立てられたって。腰巾着たちも青ざめた顔しててさ。そのうちの一人は次の日学校休んでいたんだってよ」

「そんなの偶然でしょ。暴力振るうような流れじゃなかったし。冬海、口は達者なのかもしれないけれど強くは見えないもの。」

そもそもこの学校の人間は社会的地位や精神を攻撃するのが常で直接的な攻撃は滅多にない。

「わかってないなあ。冬海には暴力沙汰の過去があるのよ。知らないの?」

知らなかった。


【荒川慎二の朝】

 原田と別れた俺はそっと放送室のドアを開けた。朝の寝ぼけた頭にあの先輩たちは刺激が強いのだ。俺は穏やかに迎える朝が好きだ。しかしあの先輩たちがそれを許してくれるわけはなかった。冬海先輩の声が飛んでくる。

「レオン!これは一体どういうことだ。」

「今日になってやっと気づいたのか!うける」

「うけねえ」

「だから、人助けさ」

「なんてことしてくれたんだ。ねえ私がこのDMを送信したんじゃないってことちゃんと伝えた?」

「そんなことするわけない。あいつのIDも知らない」

「クソ野郎」

冬海先輩は朝になるまでレオン先輩の悪行を気づかずにいたらしい。冬海先輩はしばらく首をカリカリ掻いていたが椅子に座り直すとバンダナを襟に挟み込んで何かを食べ始めた。

「いただきます」

プラスティックの容器にたくさんの果物と生クリーム、どでかいプリンが見える。糖分過多!

「朝っぱらから元気ですね。ちょっとしてそれが朝食っすか。」

「そう、お弁当。こんな朝は糖とコーヒーでエンジン全開で始めるものよ。」

先輩は笑顔でタンブラーを掲げた。

「それには大賛成。ちょっとちょうだい。」

レオン先輩が図々しく言う。この人はこの人でコンビニのモンブランを食べているのに。この二人がエンジン全開でないことなんてあるのだろうか。

「いいよ」

「お、硬め。いいね!美味しい!」

「すごいですね。先輩自分で作ったんですか」

後輩の一人が冬海先輩に聞く。

「そう。簡単よ。果物切って生クリーム泡立てて、作っておいたプリンは別で持ってきてここで一つにするの。お腹が空いている時はコンビニでアイス買って足せばいいわ」

「へえ、今度早起きできたらやってみようかなあ」

こうして異常なルーティンは継承されてゆくのか。

 特徴的なノックが聞こえ皆が立ち上がった。先輩たちのこういう時の切り替えは早い。バンダナを抜いてジャケットを着る、背筋はピン。本当にスイッチをばちんと押したみたいだ。顧問の渡辺先生は時間を守らないし、よく物事を忘れるし、昔気質な人ではないからここまでしなくても良いと思うのだけど厳しかった前の顧問からの慣習ということらしい。面白いのは先輩たちは前の顧問の時は好きあらばだらけていたことだ。それが渡辺先生になると副顧問時代からちゃんとしていた。なんという天邪鬼。二人によれば「私は敬意を払いたい人に払う。私は渡辺先生を敬愛する」だそうだ。俺はといえば尊敬する先輩たちが敬意を払う人なら俺も払っておこうと思っている。

「みなさん。おはようございます」

 先生が入ってきた。いつもはくたびれたシャツと綿のネクタイにニットベストというスタイルなのだが今日はベージュのスーツに校章の入ったネクタイをバッチリしめている。俺の知る限りこれがこの人一張羅だ。穏やかで笑顔が素敵な人だがピアスの跡があったり、これを知る人は少ないがタトゥーが入っていたり。この人も謎に包まれ噂が絶えない。これが類は友を呼ぶというやつなのか、放送室が魔窟として扱われるのも無理はないかもしれない。

 そしてこの人が来たと言うことは仕事が始まる。


【つづく】

次回、【第十二話 きっと悪い夢(荒川慎二)】


放送委員と応援委員で暇潰し、しかし普通に遊べる訳はなくて、、、

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