第十話 特別な朝(原田龍之介)

これまでの「告白なんていらない」は、


 二年生の原田龍之介と荒川慎二は仲の良い友達、そして両想い。しかし相手を思う感情を楽しむ原田と違い、荒川はそんな自分を嫌悪していた。

 二人はオープンスクール当日を迎える。


【特別な朝 原田龍之介】

 四時二十分。家族の誰より早く目の覚めた俺は歯を磨きながら荒川に電話をかける。問題ない、一度目で出るわけがないのだから。案の定、グダグダと続くコールの末に留守番電話サービスが動き出した。もちろん留守電は吹き込まない。

 四時三十分。着替え終わり、熱い紅茶を淹れながら電話をかけた。四コール目でブチりと通信が途絶えた。

「全く。」

ボソリとつぶやいてネットワーフィンをした。隣の国がまたミサイルを発射して無事迎撃された。サイレント値上げが増えている。遠い国でブラックアウトが発生している、あとそれに乗じたテロ。自動運転車への法の枠組み決めがまた伸びた。ちょっと離れた街で放火殺人があった。新しい感染症が大陸の方で発見された。NFTの法規制が可決されるっぽい。ここまで新聞を読んで、ドラマを見ようかとも思ったけれどなんとなくそんな気になれずiPhoneを放り出した。一つあくびをして窓の外を見る。どこかでサイレンの音がしてLEDの街灯が道を照らしている。体を乗り出せばきっと鮮やかな看板も見える。住み慣れた大都内の息遣いだ。「今日も平和だなあ。」そう思ってお茶を飲み干す。

 四時四十分。また電話をかけた。六コールの末にやっと眠そうな声が聞こえてきた。

「あ、おはよう原田。サンキューなああ」

「3回目だぞ。」

「そうかあ」

「かけるこっちだって気が引けるんだから早く出ろよな。」

「え、なんで。迷惑なんてしてないよ」

「気が引けるのはオメーの家族にだよ。やる気のないダース・ベイダーの着メロで朝の四時半に起こされるなんて不憫すぎる。」

「あーそう言うこと。大丈夫誰も起きてないよ。多分」

多分って

「じゃ、いつものところでな」

「応」

 原田は笑顔で家を出た。

 いつものように氏神様に礼だけして通り過ぎようとしてふと足を止めた。街灯がまだついていてちょっと不思議な雰囲気だ。灯りに覆われる街の中のまるでブラックホール。俺は吸い込まれていった。神様に『あざっす。お陰で俺幸せです!超幸せ!今日のステージもがんばります!』そう挨拶して帰ろうとしてふと待ち合わせている人間のことを思った。『ほんちょっとだけ、気づいてくれたりしないかな。わかってくれないかなあ。できれば誰も傷つかない方法で』傲慢なお願いだな。少し早足で十字路に行くといつもより身綺麗な荒川がいた。学生帽から革靴まで整えられ、髪も心持ちおとなしい。短い挨拶を交わしていつものように歩いく。朝の暗がりというだけで何か時別な気分だ。

「よう」

「よう」

短い挨拶を交わし、駅に向かう。

「起こしてくれてありがとな」

「いいよ」

 俺たちは別に話す訳でもなく一緒に歩いた。荒川の姿が見たくて一歩後ろを歩く。早朝のシャッター街。マジで人がいない。この人のいなささはまるでSF小説だ。世界最後の二人。こんなところで手なんてつなげたら最高に素敵だろうな。きっと俺たち二人ならSFの世界でも最強だぜ。でもちょっと早いだけの朝、特別な何かが起こるわけではなく駅に着いた。眠そうな顔をした元気のない大人がちらほら出てくる。ハロー現実、端の方の誰もいない号車まで行った。靴を脱いで長椅子にごろんと仰向けになる。これがやりたいんだ。早起きの醍醐味!

「おい。またやってんのかよ。やめろよ。」

対岸の長椅子の中央に座った荒川が呆れた顔で言った。

「いいだろ。誰もいないんだから」

「俺がいる。」

「えー」

せっかく端の号車まで来たのに!真面目だな。そう思いつつ俺は体を起こして靴を履いた。荒川は呆れ顔だ。

「全く。よくそんなことができるよ」

俺は荒川の隣に座り直した。

「楽しいぞ。一回やってみたら?みてないから」

「嫌だ」

面白いのに。

「朝は苦手だけど、空いてる電車は最高だな」

「うん」


 学校も近づき俺たちは最寄りのコンビニに入った。荒川が小声で独りごちるのが聞こえた。

「へへ、肉まんが俺に食べられるために並んでいる」

なんだその可愛い言い方は。一人その言葉を反芻しているとおにぎりを陳列していたコンビニ店員の留学生、ファリーダさんが気づて話しかけてきた。

「あ、きたな悪ガキ」

「悪ガキって俺何もしてねえんだけど」

「顔が悪ガキ。隣の君も応援?」

シフト時間によく来るものだから応援委員会の面々は顔を覚えられている。

「いいや、俺は放送です。肉饅頭ひとつ。」

「はい」

初対面に近い人と話すのが荒川は苦手らしい。知ってる相手には生意気を聞くくせに小心者だ。俺は人と話すのが好きだ。

「ファリーダさん。スカーフ新しくした?」

「そう、コスプレ用。馴染ませてる」

「すげえ。今度写真見せてくださいよ」

「高校生にはまだ早え。袋はおつけしますか」

「結構です。そんなコスプレなの」

「鏡音リン」

「全然大丈夫じゃん」

「彼氏とリン、レンでやるんだ。恥ずかしい。察しろ。380円です。」

「Suicaで。そんな無茶苦茶な。」

「ありがとうございました。オープンスクールがんばれよ悪ガキと放送。」

「はい。ありがとうございました」

「ありがとうございました」

空はさっきよりも明るくなっている。こう応援されるのは嬉しい。テンションが上がっていくのがわかる。夜明けだ、新しい1日、そして隣には荒川。

最高!今日も楽しんじゃうぞ!と思っているけど俺は顔に出ないらしい。でも別に他人にわかってもらう必要はないよね?俺はテンションを高めたまま校門をくぐり荒川に手を振って、体育館に向かった。

 応援委員会はステージが終われば他の生徒と同じように経路案内などに加わる。それについて説明を聞いているとアナウンスの確認のための音楽が流れ出した。向こうも始まったな。でも今年の確認用音楽は様子がおかしい。いつもあくびの出るようなクラシックか、今だけは緊張するからやめてくれと思う校歌や応援歌なのだが、今日はロックだ。

「何この曲。いいチョイスもできんじゃん放送」

西宮先輩が偉そうな感想を口にしている。きっと我妻とかいう先輩の仕業だろう。最高の選択!なんて曲だろう。というか何語だろう。次会った時にはどんな曲か聞こう。教えてくれるかな?


【つづく】

次回、【第十一話 それぞれの朝】


放送委員顧問登場!




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