第九話 カラオケ(荒川慎二)

これまでの「告白なんていらない」は、 

 

 二年生の原田龍之介と荒川慎二は仲の良い友達、そして両想い。しかし相手を思う感情を楽しむ原田と違い、荒川はそんな自分を嫌悪していた。


【カラオケ 荒川慎二】

 6月中旬、日は暮れかかっているというのに暑い。ほとんどの生徒はオープンスクールには参加せず、その代休も合わせて三連休。校門は普段の週末よりちょっぴり明るい雰囲気が漂っいる。

「待たせた。」

「良いよ」

 原田ともう二人、いつもの帰る面々が集まった。別に四人いるから何をするわけでもないが一人で一時間帰るのもどこか寂しくて活動日と路線が同じ四人と共に帰っている。何を話していたのかも忘れるような話をして、一人一人別れて行く、当然のことだけど俺はちょっぴり悲しくなる。別に何があるわけじゃない、ただこう言う状況や環境が好きじゃない。本の最後の1ページみたいなもの。子供っぽいのはわかっているけどそれでも俺は終わりが嫌いだ。気づけば二人はそれぞれに散っていって最寄駅の一つ前。原田は隣で音楽を聴きながらキースヘリングのリュックサックを前に抱えている。無表情に見えるけれど少しばかり口角があがっている。俺なんかとは違って原田の目から見れば満員電車も他のどんな不快も不快じゃないんだろう。心の綺麗なやつが見れば世界はもっと綺麗なんだろう。

 原田はいつもにこやかな男前だ。俺のもう信用ならない目を通さずともそれはわかる。応援委員会という肩書きも相まってクラスの中でイケメンを選べと言ったら女子が出すような、そんな当たり障りのないイケメンの立ち位置にすくっと立っている。しっかりした眉と目力があるのに優しい目、上背も申し分ない。髪の毛だって俺と違って妙な癖がない。普段の髪形の名前はよくわからないけど、なんたって俺はヘアアレンジなんて物と無縁だからね。俺は応援委員会の時の七三分けも好きだ。表情がより洗練されるような強調されるような、格好良い。硬い中にほろっと優しい影が見える一瞬。

 何を考えているんだ、俺。目を背けようとした時、原田がこちらを向いた。しまった、見上げていること気づかれたか。しかし原田はひょいっとイヤホンを取ると笑って言った。

「なあ、カラオケ行かない?」

そう言うことか。よかった。

「いいよ。明日への景気付?」

「そう」

カラオケの道すがら俺は別に思っていないことを半ば義務感から口にした。

「二人は誘わなくて良いのか?」

「いや、下田の歌声聴いたことあるだろ」

「ああ、そう言うこと」

「いいやつだけど。今日それをきいて明日元気でいられるとは思えない。まあ五、六人の中にいるんなら別に良いんだけどな」

「そんな酷かったっけ。応援委員なんだから嫌でも矯正されそうだけどな」

「今日も音程が違うって先輩にきつく直されてたよ。西宮先輩の目がみるみる釣り上がって。」

思い出したように顔が引き攣って、しまいには大きなため息を吐いた。

「もう高二だから卒業する前になんとかよそ様に出しても恥のないように仕上げねばって西宮先輩も焦ってるんだろうよ」

「ははは、あの人ね。」

「部活中は鬼だぞ」

「そう言うもんだろ。」

カラオケの陽気な河童のキャラクターはいつでも俺たちを歓迎していた。俺たちは歌が上手い方だと思う。と言うのも俺も原田も部活で発声練習の基礎を叩き込まれているからだ。忘れられがちだが放送委員会はもちろんアナウンサーでもある。そして最寄り駅のカラオケボックスは高校生が複数人ならば部屋代は半刻タダ。ワンドリンク頼むだけ。だから俺たちはよくカラオケに行った。

『ジンジャーエールといちごみるくジョッキで』

「でもいいのか。カラオケ行って」

原田は俺の質問の意味を掴めずに首を傾げている。俺はさも深刻そうな顔で言った。

「俺は喉が潰れても迷子放送から外れるだけだけどそっちは『前日にカラオケ!愚か者!恥を知れええ、原田あああ』」

俺は団長の猿真似をした。冗談でも言わないとなんだかそわそわして落ち着かない。そして猿真似でもしないとそれを悟られそうだ。ここのところの俺は以前の俺を演じることだけでなんとか平静を取り繕っている。

「うるせえ、いい子ぶるな。団長は白目じゃねえよ」

狙い通り原田は腹を抱えて笑っている。ああ、俺はやっぱり原田の笑顔が好きだなあ。僕の言ったことに笑って欲しい。

 原田は喉を気遣っていつものハードロックではなく穏やかな歌を歌った。誰もが知っているようなありきたりな恋愛歌。なんでそんなもの歌うんだ?とてもじゃないけれど目なんて見られない。原田は誰を見てそれを歌っているんだ?そもそもそんな人いるのか?適当によく聞くから歌っているだけで意味なんてないと信じたい。ねえ、俺のために歌ってくれているような幻想に浸らせてよ。一曲なんてすぐに終わって原田はマイクを置いた。友達としてでいい。それでいいから俺に一曲、何か歌って欲しい。俺を思って歌ってほしい。

 ああ、嫌だ。間違ってる。ふざけんな。そう思った時ふわっと口に苦いものが広がる。じわじわ頭痛がして俺はいちごみるくを煽った。原田の声がする。

「なあ、音楽の自由発表何にした?ほんとにいちごみるく好きだよな。」

原田はなぜ俺がバニラミルクを飲むのか、いちごみるくを飲まざるおえないのか知らない。もちろん知らなくていい。もし「好きだ」と言っても原田は俺を嫌ったりしない。そんな奴じゃない。優しい原田は女の子を振る時みたいに「ごめんな」と本当に申し訳なさそうな顔をしていってくれるだろう。そしてそのあともきっとなるたけ今まで通りに接してくれるんだ。「は?気持ち悪い」そう言ってそれっきりにする権利だってあるのに。無論それでも構わない。でも意識するだろ、俺のこと、せざる追えなくなるだろう。俺がそうであったようになんてことない動作が仕草が全てなんてことなくなってしまうのだ。そして一番恐ろしいのはもし万が一、俺がその気にさせてしまったら?俺は原田に一生味わう必要のなかったはずの苦味を与えることになる。大好きなものを見て一瞬の幸せののちに自分の全てが精神が、肉体がその幸せを拒絶する。無限の自己矛盾と自己嫌悪。そして何よりこればかりは誰にも「助けてくれ」なんて言えない。こんな苦い物飲むのは俺だけで良い。俺だけで良いんだよ。その残り滓だって誰も味わう必要はない。君が味わう必要はない。

「ああ、なんだっけ?」

「音楽の自由発表だよ。音楽選択なんだろ?」

「ああ、そうだよ。原田もだよな?」

音楽は二組に分かれていて俺と原田は別々の組にいる。

「うん。」

「俺のとこは『ロキ』でほぼ決まり」

「ああ。」

わかってないなこりゃ。原田は続けた。

「ここのカラオケボックスは楽器の持ち込みが可能なんだってさ。一緒に朝練やろうよ。二人なら部屋代タダだからさ」

「そうなのか。やる。」

 俺たち二人の良い子は半刻がすぎると帰路についた。別れる十字路はすぐそこだ。

「じゃ、明日はお互い頑張ろうな」

「応」

「そうそう、モーニングコールよろしくな」

俺はニヤリと笑って言った。

「俺はフロントじゃない」

とかなんとか原田が後ろで言う声が聞こえる。なんだかんだ言って電話をくれるんだ。朝の苦手な俺が四時半起床案件、つまり入試と文化祭とオープンスクールをこの五年、一度も遅刻せずにすんでいるのは朝練で朝に強い原田がくれる電話のお陰だ。


【つづく】

次回、【第十話 特別な朝 原田龍之介】


ちゃんと荒川は起きられたのか?原田のモーニングルーティーンにもご注目あれ

次回は二十八日月曜日、公開です

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る