第八話 三度目の正直(伊東夏樹)面倒(荒川慎二)

これまでの「告白なんていらない」は、


 二年生の原田龍之介と荒川慎二は仲の良い友達、そして両想い。しかし相手を思う感情を楽しむ原田と違い、荒川はそんな自分を嫌悪していた。

 三年生の伊東夏樹は付き纏いに頭を悩ませている。伊東は友人に連れられ、放送委員会委員長、我妻冬海に偽の恋人になってくれないかと頼むがあっさりと断られる。申し出を断った我妻はひっそりと伊東に恋心を寄せていたのだ。断った後、我妻は付き纏いが伊東を待ち伏せているところを見つける。


【三度目の正直 伊東夏樹】

 「やあ、またあったね。」

木村はニコニコとそういった。偶然だとでも?鏡越しに見て私はずっと待ち構えられていたことを知っている。今日は部活だ。永遠に更衣室に籠城するわけにもいかないから私は覚悟を決めてここにいる。後ろから明美が心配そうについてくる。

「無視すんなよ。夏樹。」

細い廊下に仁王立ちされ、後ろには腰巾着までいる。今回は無視を決め込むのは難しいだろう。

「部活なの。急いでいるんだけど。」

「いいじゃないか茶道だろ一日休んでどうこうなるものじゃない。俺たち遊びに行くんだけど一緒に行かない?」

週に3回しかないのだからどうこうなるわ。なめてんのか。というか吹奏楽部のおめえもおめえのお仲間も部活だろ。そう思うけれど頭二つ分大きく横に一つ分大きい相手にそれをペラペラ言う度胸はない。なんで私の体はこんなに小さいのかなあ、もっと上背があったら?もっと恰幅があったら?きっともっと勇気だって湧くんだ。木村を見下ろすまでではなくても対等ににらめるくらいの背丈が欲しい。よく動いたし、よく食べた。それでも私は大きくなれなかった。大きかったらこんなふうに強引に進もうとして呆気なく遮られることもないし、今も私はみんなと遊んで、試合していたはずなんだ。

「どいてよ」

背の高い人間は高いところに手が届く以外にメリットなんてないと言うけどそれはこうやって見下ろされたことがないからだ。勝手に体が縮こまってしまう。

「返事を聞くまでは退けないな」

「嫌だ」

「どいて」

二つ目は私の声じゃなかった。もっと意地の悪い、どことなく暗くて嘲笑も感じる声。冬海が取り巻きを手で払って木村を睨め付けいた。

「は。今話してるだろ。邪魔だ。あ、我妻?」

途中で誰と話しているか気付いたらしい。

「そう。どいてくれる?夏樹ちゃんに用があって」

「今、俺が話しているんだよ」

「だから?」

「俺たちが済むまで待てないのか。」

「うん」

「ったくお前はこの前の録音の時といい協調性ないな。」

攻めると言うより独り言だった。

「あれはお前らが悪いし。先輩の顔立ててやったんだ、ありがたく思え。」

「もうどっか行け」

「どっか行くのはそっちだ。夏樹ちゃんもなんか嫌がっているように見えるなあ」

「夏樹はお前を嫌がってんだよ。」

違うよ。

「ああ、まあその可能性もあるけど。」

冬海は本当に考慮することを忘れていたというような顔をして言った。いや、その可能性はないよ。

「でもさ、ここがどこだかわかってるよねえ?」

冬海はヘラヘラ言って鼻で笑った。

「なんだよ」

「あれ、わからないのかな?」

冬海は一歩一歩と詰め寄って楽しそうに言った。

「君は非常に不利なのだよ。何が起きてもね。」

木村が後ずさる。

「お、俺にだって礼節はある。」

ないだろ。あるやつはストーキングしないよ。

「そう、でも私にはそんなものない。私は事実より面白みを求める人間なんだ。真実より人を動かす真実ではないものの方がよほど面白い。」

冬海はズンズンと進み木村は下がって行く。

「そして私は今、少々機嫌が悪い」

私は呆然と二人を見守っていたが廊下にできた隙間を見つけた明美に手を引かれて逃げ出した。

「ちょっと、明美!ようがあるって」

「だからなんだっていうの?どうせ碌な用じゃないわよ。」

私たちは階段を駆け降りトンネルを走り抜け部室まで行った。申し訳ないと思ったけれど戻る勇気もなくダラダラと部活をこなした。私ってこんなメリハリのない奴だったっけ。明美は早速目撃した冬海の様子を広めまくっている。我ながら情けない。素直に冬海に謝ろう。満員電車に揺られながら私はDMを送った。

『今日はごめん。話ってなに?』

『大した話じゃないからいいよ。気にしないで。』

『あの後大丈夫だった?』

『?木村君にようはなかったからね。そのまま何もなく終わった。』

『よかった』

本当かしら?もう一つの電車に乗り換えてふと思った。大した話じゃないってひょっとして助けてくれたのかな?そんなことはないと思うが一度上がった疑問はなかなか消えなかった。悔しいが明美の言う通りに木村は冬美を恐れていてそのおかげで私は逃げ出すこともできたわけだ。

『ダメもとで聞くんだけど。偽物の恋人の件考え直してくれたりしないかな。今日思ったんだよね。部活の時より教室にいた時よりどんな時よりも木村ビビってた。』

少しして返信があった。

『いいよ』

『まじ!ありがとう!』

ほんとにほんとなの!

『なんか必死そうだから』

『ありがとうございます!!今度奢る!』

『笑、笑ありがと』

私は笑顔で家に帰った。これからなんでも良い方に行ってくれるんじゃない?良い気分だった。


【面倒 荒川慎二】

「先輩、オープンスクールの当番表埋まりました。これでいいですか」

俺は表をレオン先輩にメールしたが先輩はiPhoneを握っているにも関わらず気づいていない。よくみるとiPhoneはレオン先輩のものではなく冬海先輩のものではありませんか。あーまた面倒なことに!冬海先輩は席を外している。

「何ニヤニヤしてるんすか」

俺は恐る恐るきいた。

「いやあ。ここにはロマンスが足りないからね。冬海の代わりにDMを返信してあげたんだ」

あー嫌な予感的中。さっきまで冬海先輩はここで休憩していてiPhoneをいじっていたんだろう。レオン先輩が戻ってきたことを合図に出たわけだから。すぐにそれをとったならパスワードは必要なかっただろう。全く、単純なことだがなんて人だ。DMが来ると知っていたのかと疑ってしまうくらいだ。

「そんなことして大丈夫ですか」

「怒るだろうねえ」

「俺、先に帰りますね。修羅場はごめんなんで。表ちゃんと見といてくださいね」

「へへへ。分かったよ。お疲れさん。冬海に言うなよ。」

「言いませんよ。」

言うハメになりませんようにと祈りながら俺は足早に校門に向かった。


【つづく】

次回、【第九話 カラオケ 荒川慎二】


原田と荒川は帰りがけにカラオケへ、二人の歌唱力の程は?

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