第七話 くだらない話(伊東夏樹)期待(我妻冬海)
これまでの「告白なんていらない」は、
二年生の原田龍之介と荒川慎二は仲の良い友達、そして両想い。しかし相手を思う感情を楽しむ原田と違い、荒川はそんな自分を嫌悪していた。
三年生の伊東夏樹は付き纏いに頭を悩ませていた。伊東は友人に連れられ、放送委員会委員長、我妻冬海に偽の恋人になってくれないかと頼むがあっさりと断られる。申し出を断った我妻はひっそりと伊東に恋心を寄せていた。
【くだらない話 伊東夏樹】
放送室を訪ねた日の夜、私は明美とビデオ通話をした。部活のない日は帰宅してから夕飯までのこの時間、私たちは授業で難しかった部分の話や、テレビや俳優やアイドルなんかのくだらない話をする。
「やっほー」
「やっほー。今、歌謡祭見てるの。」
明美はカーラーをつけながら言った。
「そうなんだ。また変なフォロー申請が来た。」
「変な?」
「100%木村よ。ほんといい加減にしてほしい」
「あーね。」
明美は興味なさそうに言った。
「もう!面倒だって思ってるでしょ」
「そんなことないよ、ただテレビのCMが面白くて。ちゃんと考えているよ次、どうやって悪魔ちゃんに頼みに行くか」
「まだやるの」
「やるでしょ」
「断られたじゃない」
「それで引くの?あなたこそやる気ないんじゃない?」
「あるよ。」
「友達なら連絡先知ってるでしょ。まずはDMで頼み直してみたら。」
「だから、友達じゃないって。」
実際、私は冬海の連絡先なんて知らない。
「顔が見えなきゃ怖くないでしょ?直接言って今日みたいに玉砕するよりはまし」
「そうかなあ」
そうは思えないけれど
「あ、ちょっとごめん。連絡がきたからまた明日ね。」
「バイバイ」
私はビデオを切った。連絡ってなんだろう、いつもなら明美はこちらが終わりにしようと言うまで喋り続けるのに。私はなんとなくネットサーフィンをした後、頼み直すためではなく委員会の活動の邪魔をしてしまったことを謝るためにDMを送ろうと思った。SNSでそれらしき鍵アカウントを見つけ、ダメもとでフォロー申請を出した。私の名前はそのままだからわかるだろう。
SNSで友達の投稿を確認しながらふと私は考えた。私は冬海のことを何も知らない。そりゃそうだ、知り合ったばかりなのだから。でもせっかくの縁だし噂だけで判断するのは気分が良くない。授業で同じになった時は何かと話しかけてくれるのでそれに甘えて、コインランドリーの靴専用洗濯機を使ってみたとか、そんなわけないんだけどメロン体ってメロン味かなとか、昼間にみる蛍って怖いよな、なんてくだらない話をしている。好きなアーティストとかいるのかな。遊びに行って、写真とか撮るのかしら。映える食べ物を食べに行ったり。行ったところや買ったものを自慢したりするのかな。家での冬海なんて想像もつかない。
意外にもすぐに申請は許可された。私はすぐにDMを打った。
『伊東夏樹です。よろしく。今日は活動を邪魔しちゃってごめん。』
『いいよ。急にフォローが来て驚いた。』
『そういえば連絡先を知らないなと思って。』
『wwwそうだね。』
『もう家?』
『いいや、まだ。週末オープンスクールだから』
放送委員って思っているよりずっと忙しいみたい。レオンや冬海が他の人から気味悪がられるのも無理はない。普通の人はこんな貧乏くじを自分から引いたりしない。応援委員会の方がまだ花があるぶん理解できる。
『私もそれの組派遣になったんだけどぶっちゃけ何やるの?』
『ごめん。私は中一の時から放送としてしか関わっていないから詳しくはわからない。でも道案内とか難しいことはないと思うよ。』
この学校は大小合わせて六つの号館と二つの劇場、三つの体育館。闘球場、野球場、蹴球場、庭球場、取ってつけたようなプール。それらがいく本もの歩道橋や梯子、トンネル、登り棒で繋がってできている。長い歴史の中で消防法スレスレに、時たま誤魔化して増改築を繰り返してきたこの学校の道案内は難しくない仕事ではない。
『ちゃんと休憩あるっぽいし』
『へえ』
『ああ、一つ忠告するなら食堂とミルクホールもは朝から閉鎖だよ。』
『そうなんだ。じゃあお弁当がいるのね?』
『いや昼の分だけならお弁当は出る。この世のものとは思えないほどにまずい』
『そうなんだ。』
知りたくなかった。
『駅に着いたからまたね。今度、ビデオ通話でもしよう。』
『そうだね。ありがとう』
冬海とビデオ通話か、DMの方がいいかな。でも心意気は嬉しい。
【期待 我妻冬海】
夏樹ちゃんが妙な取引を持ちかけてきた。でもDMができたのは嬉しかった。久々に晴れた今日の授業は外でフットサルだ。昼前のポカポカした太陽、ほかほかした人工芝、行き交う飛行機、あれは何を持ってどこに行くんだろう?出来立てほやほやの飛行機雲を楽しく見つめていると他の生徒がやってきた。体育の授業は小さな女子校。生徒の様子は普段とは違う。遠慮がないというか、歯止めが効かない。羽を伸ばす生徒たちから出る話題の一番は男のことだがこの授業での仲間達に限って言えば、それは恋バナなんて可愛い言葉で表せるような代物ではない。もっと直接的で積極的で過激で欲に塗れた、お父様方が聞いたら泡を吹いて倒れるような物だ。私は仲間の生徒たちのそう言う面は別に嫌いじゃない、しかしこれを耳に入れてしまった以上やはり着替えの件は軽視できない。
少しして夏樹ちゃんが出てきた。日光の下で見たのは久々だ。濡羽色の髪も黒い虹彩もまた違った風合いだ。笑顔も心持ち明るく見える。君は素敵だし、もちろん助けになりたいけれど、私はあの仕事には一番向かない。条件に合わないのだよ。フリのつもりが本当も何も何も初めから好きなのだがら。目があって軽く手をふった。
「よう」
「よう」
なんだかいつもと様子が違う。でもなんで?あー私はこういうの苦手なんだよな。違うのはわかる、うん。
「あ、あの」
「何?」
「いやその、この前はごめんなさい」
「え?ああ。付き纏いは撃退できた?」
「いいえ」
「それはざん」
「ねえ、やっぱり考え直してくれたりしない。」
急に迫られて驚いた。でも答えは考えるまでもないからね。
「嫌だ。」
笑顔で明るく愛想良く断り授業が始まった。はず。正直、楽しんでいたのに怖がられたりすることが多すぎてこればかりは自信も確認方法もない。ともかくピヴォになった私は好調で私のチームは無敗だった。下手だけれど身体を動かすのは楽しい、対戦相手のいる競技はこんな時でもないと縁がないから私は全力で楽しんだ。夏樹ちゃんもその後はいつも通りに見える。多分、大丈夫だろう。
これは最終時限、私は誰より先に着替え終わって吹き抜けの上から行き交う人々を見ていて、興味深いものを見つけた。いつか茶道部室ですれ違った図体の大きな生徒だ。
「あれあれ、付き纏い。みーつけた」
口角が上がる。
「ふうん、仲間が一二三。吹奏楽部かなあ。図体大きいねえ。でも、うん、あの分だとたいしたことなさそうだなあ。そうねえ、単純なのがいいかなあ」
そんなことを考えているうちに夏樹ちゃんが更衣室から出てきた。
「そろそろかな。」
私は階段を降りて行った。これを助け合いや優しさなどと称するのは間違っている。私にあるのは夏樹ちゃんの助けになりたいという意識より面白くなりそうだな、というこれから起きる何かへの期待だったんだから。正直、私は夏樹ちゃんが何を求めているのか、私の何が助けになるのかわかっていない。
【つづく】
次回、【第八話 三度目の正直(伊東夏樹)面倒(荒川慎二)】
我妻、急に気が変わる!!そんなまさか
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