第六話 かっこよくない訳じゃない(原田龍之介)
これまでの「告白なんていらない」は、
高等部三年生の伊東夏樹は付き纏いに頭を悩ませていた。伊東は友人に連れられ、放送委員会委員長、我妻冬海に偽の恋人になってくれないかと頼むがあっさりと断られる。申し出を断った我妻はひっそりと伊東に恋心を寄せていた。
応援委員会の原田龍之介と放送委員会の荒川慎二は仲の良い友達、そして両想い。しかし相手を思う感情を楽しむ原田と違い、荒川はそんな自分を嫌悪していた。そんな中、放送委員会が応援委員会を撮影する機会が出てくる。
【かっこよくない訳じゃない 原田龍之介】
撮影が始まった。短い動画だから俺はほぼ後ろで立っているだけだけど荒川に撮影されていると思うと嬉しいような恥ずかしいような、緊張してしまう。撮影はあっという間に済んで、荒川も去って、俺は心穏やかに練習に戻った。練習終わり、団長がズカズカやってきた。嘘、俺、何かやらかしたか。
「今日、よかったぞ」
「ありがとうございます。」
「先に帰ってもいいぞ。私は動画見せてもらいに冬海のとこに行ってから帰るから。」
「ありがとうございます。でも、ご一緒したいです。」
先輩たちの行動を見ておくことは来年の勉強になるし荒川に会えるかもしれない。
「そうか。」
「何を確認するんですか?」
「いや、形だけさ。うつりのことなんざ私はわからん。でも文句つけるなら今のうちにしてくれってことね。揉め事を防ぐためよ。」
「なるほど」
支度を終えた西宮先輩は我が物顔で放送室に入っていった。
「こんばんはー」
俺は初めて放送室に入った。放送室はうなぎの寝床のようで縦に三部屋に分かれていた。初めの部屋はマイクと何やらボタンのたくさんついたいかにも放送室といった部屋。次に俺にはよくわからない古めかしかったり新しかったりする機械がネットで壁に括られている部屋。最後の部屋はパソコンと椅子、ぬいぐるみが置かれ、絶対に校則違反な将棋や麻雀がしまってあった。十人ほどいるはずの委員のほとんどは帰っていたが荒川はまだ残っていた。やったね。何やら後輩に教えていて、後輩の方はすぐに部屋を出て行った。残るは冬海先輩だ。ココアを派手なデザインのストローで飲んでいる。あんなストローどこで買うんだろう。おしゃれだな。でもあれホットじゃないのか。
「熱くないんですか?」
「ああ、これ。お使いを頼んだら冷え切ってたの。もうアイスココアよ」
「すいません」
荒川が謝った。
「ねえ、これ食べてもいい?」
返事より先に西宮先輩はお菓子の包みを開けている。
「いいよ」
「おいなんだよこれ、溶けてるじゃねーか」
「何か問題でも?」
「ない」
帰り支度をしている荒川に言った。
「一緒に帰ろう。」
「うん」
荒川の顔を見て俺は思い出した。
「これ落とした?」
未開封だが角を広げてあるブリックパックのいちごみるく。体育館の扉付近に落ちていた。活動を始める前にはなかったし委員会の仲間は買った覚えがないという。あの体育館はあまり人通りがないからきっと撮影に来ていた放送委員会の誰かだ。放送委員会といえば荒川、そして荒川にはブリックパックの角を広げる癖がある。
「あ、ありがとう」
ビンゴ。でもなぜか荒川はひどく驚いている。
「動画見るよー」
「はい」
動画は使い回しの映像も多いがちょっと工夫もあった。
「このアングルってどうやって取ってるのまさか隠し撮り?」
西宮先輩が聞く。おしゃれだけれど確かに先生はカメラを全く気にしない自然体だし隠し撮ってるように見える。
「そんなことはしない。許可取ってあえて、ああ撮るんだよ。事後承諾もあるらしいけど。のぞきは犯罪だ」
偉そうに座った我妻先輩が言う。この人、あんなふうに座って傍若無人に見えるけれどこういうとこはちゃんとしてるんだな。荒川はなぜかこめかみを抑え机に突っ伏している。編集ってそんなに大変なの。
「もうここまで編集してあるんですね」
「ああ、文句がなければこれで行こうと思うよ。」
「文句ないよ。ばっちぐー」
西宮先輩が
「よかったー。そういえば慎二君は原田君と仲がいいのね」
我妻先輩が首をくいとむけて言った。
「え、はい」
「はい」
僕たちって仲良いかな。良いのかな、良いならいいな。
「そりゃいいや。仲良くしとけよ。」
我妻先輩は満面の笑みで言った。この人がこんな笑顔だと怖い。応援委員会の先輩たちとは違うもっと邪悪な気味の悪い怖さがこの人やレオンとかいう先輩にはある。目つきが悪いからかな?
「そうだね」
西宮先輩ももぐもぐやりながら頷く。意外な言葉に、そして何より二人の先輩の意見が一致していることに驚きながら俺は答えた。
「もちろんです。なあ」
「う、うん」
荒川も驚きに顔が固まっている。
「二人も食べていいよ。上映会にはお菓子がないとね。ほら食べて食べて」
そう言ってカゴを机に置く。
「ジャム入り、おいしいよ」
いつになく先輩二人が上機嫌だ。活動終わりでテイションが崩壊気味だとしてもなんだか背筋がゾクッとする。この学校において一番恐れられている二人と言っても過言ではない先輩たちだ。
「二人が委員長なら来年も安心だ。」
「ああ、放送と応援が揉めると面倒だからな」
「ああ、何も進まないねえ。できるだけ仲良くね。」
「私たちみたいに」
え、それは嘘でしょう
「そうね」
まさか先輩たちには何かにつけて揉めている自覚がないのか!一昨日確かに西宮先輩は冬海先輩のことを「あの気狂い治験ウサギが!」と罵っていましたよね!いくら冬海先輩の目がしょっちゅう赤くて首をかく癖があるからって治験ウサギはひどいですよ。
「でもさ、いつものことだけど、あんなに撮ったのにこれしか使われないのショック。」
「それは私も同じ思いだ。」
「何言ってんすか後輩に言ってバサバサきってんの他ならぬ先輩じゃないですか。俺の映像はどこに行ったんすか」
荒川が文句を言った。
「まあ、そうかっかするな。成り行きだ。君の撮った素材自体は素晴らしい」
俺はそっと荒川に聞いた。
「もっと撮っているの?」
「もちろん」
「見てもいい?とったやつ」
「いいけど」
荒川は少し不審顔だ。
「いや、どんな映像からあれになったのかなって」
本当は荒川がどんなふうに見ていたのかを知りたいんだ。荒川の目に写っている俺が見たい。別にだからなんだって話だが気になるものは気になる。
「ああ。」
俺たちはは二つ目の部屋に戻ってドアを閉めた。先輩たちがガヤガヤやっている音が立ち消え不自然な静寂に包まれる。
「あの人たちが優しい」
「な、信じられない。」
くすりと笑うと俺たちは並んで胡坐をかいて荒川の持ってきたiPadをのぞいた。ほんのり荒川の体温を感じる。荒川はiPadをいじっていて俺の視線に気づいていない。こっちを向いてよ。俺を見て。せっかく隣にいるんだから。荒川が髪を耳にかけた。そんな態度の一つ一つにたまに意地悪をされているんじゃないかと思う時がある。荒川は俺の気をわかっていて振り向かないようにしているのではないか?焦ったい態度をとっているのでは?もちろんそんなわけはない。ただ興味がないのだ。一度、君の髪に触れてみたい。他の生徒のノリは知らないけれど友達の荒川に俺が触れたのは一度だけ。中等部の時、応援歌で肩を組んだその一曲分の時間だけ。いけない、いけない。話がずれる。動画をみよう。
「ほぼ団長だな」
西宮先輩を横から撮った映像がほとんどで俺はいなかった。
「当たり前だろ。団長なんだから」
荒川は当然というように言った。そりゃそうだ。あああ、俺は顔をがくりと膝に頭を埋めた。恥ずかしい。考えれば考えるほど当然のことだ。顔がふわふわと暑くなってゆくのがわかる。
「どうした?」
見られていると思って一人緊張していたのが愚かしい。とんだ自信過剰。
「ひょっとして先輩に嫉妬してんのか。」
荒川はゲラゲラ笑っている。違う、そうじゃない、いやそうか。
「頑張る」
「龍之介でも嫉妬するんだなあ」
「映してもらえるように。俺頑張る」
頭を埋めたまま俺はただそれだけ言った。
「変なやつ。」
荒川はツボに入ったようでまだカラカラと笑っている。恥ずかしさにもう耐えられないと思ったところで先輩たちが戻ってきた。
「おい二人とも。帰るぞ」
「はい」
混み合い始めたいつもの電車の中、薄暗い街の中、俺たちは話をするでもなくいつものように一緒にいた。別れる間際のシャッター街まできた時、荒川が口を開いた。
「まあかっこよくない訳じゃなかった。」
「え」
「応援。」
「やっと良さがわかった?わかった?」
応援委員会のパフォーマンスは何度も見たことがあるはずだ。急にどうしたんだろう。
「うるさい。変だけどな。」
大通りの十字路までくると
「今度は原田を多めに撮っといてやるよ。じゃあな」
荒川はそう言って手を振ると去っていった。
「また、明日。」
俺は後ろ姿をなんだか温かい気持ちで見送った。かっこいいってさ。荒川もかっこよくない訳じゃないぜ。
【つづく】
次回、【第七話 くだらない話(伊東夏樹) 期待(我妻冬海)】
申し出を断られた後の伊東たち三年生の話です。我妻が動く!?
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