第五話 螺旋階段の窓(荒川慎二)

これまでの「告白なんていらない」は、


 二年生の応援委員、原田龍之介と放送委員の荒川慎二は仲の良い友達、そして両想い。しかし相手を思う感情をひっそりと楽しむ原田と違い、荒川はそんな自分を嫌悪していた。そんな中、放送委員会が応援委員会を撮影する機会ができる。


【螺旋階段の窓 荒川慎二】

 今日はオープンスクールで流す紹介映像の撮影で応援委員会を撮る。この学校では入学式、始業式、保護者会、大小関わらず全ての物事は応援団で始まり応援団で終わる。それはオープンスクールのたかが映像でも例外じゃない。放送委員会の一同にとって面倒なことは他の映像は使いまわせても生徒の代替わりのある応援団ばかりは撮りなおさなければならないことだ。

 今頃体育館では選ばれた三人の委員がワックスをべっとり塗って支度しているだろう。原田はいるかな?会えればいいな。ふとそんな考えが上がって俺は顔を顰めた。心配することはない、応援委員会は昔気質で色々厳しい。原田がいてもお喋りするような余裕はないだろう。

 なんで原田が応援委員会になんて入ったのかさっぱりわからない。応援委員会は高等部生でのみ構成されるこの学校では珍しい委員会だ。中等部時代は合唱部にいたのが高等部に入った途端、応援委員会になった。聞けば高等部に上がる前から原田の心は決まっていたらしい。

「だってかっこいいだろ。」目を輝かせて言っていたけれどあの変な大声を出しているだけの集団のどこがかっこいいのか俺にはわからなかった。今も好きになれない。原田には初等部の特別な行事に派遣されてくる応援団が憧れだったらしいが俺が初等部の入学式であれを見たら多分泣く。

 原田とはこうたまに話が噛み合わない。というよりも原田も先輩たちも自分たちの学校がいかに狂っているか自覚がないんだ。例えば校歌。中等部に入ってすぐこんな話をした。

「え、荒川の学校には校歌に振りはなかったの?」

「ないよそんなもん。応援団もいないし」

正直、俺は自分のいた小学校の校歌の歌詞も覚えていない。

「朝礼に応援団がいないの」

「ああ。そんなもの存在しなかったよ。」

「え、ひょっとして、入学式にも卒業式にもいないのか?」

「ああ」

「応援団がいないなら一体どうやって行事が始まって終わるんだ。」

「気づいたら始まっていて気づいたら終わってるんだよ。みんな寝てたし」

もちろん俺もその一人

「え」

原田は宇宙人でも見るみたいな顔をしていた。その後もなんか色々学校について聞かれた。「荒川の学校は面白いね」って楽しそうに言っていたけど、変わってるのはそっちの方だから。普通の小学校は校歌の読解なんてやらないし、振りもない。たくさんある応援歌を覚えたりしない。そう応援歌って一つじゃないんだぜ。驚きだよ。俺はどれでもいいと思うのだけど、どの歌をいつ歌うべきかまで決められている。動画のBGMとしていれた応援歌が間違っていて直すのが面倒で

「どれでもよくないっすか」

って言ったら冬海先輩とレオン先輩にコッテリ絞られた。あの人たちが怒ろうと思って怒るときの恐怖はこの前の比じゃない。

「よくない。これは対外的な動画だ。これは学校の看板背負ってんだぞ。お前その意味わかってのか!」

そんなに怒らなくてもよくない?こと学校の威信に関わると先輩たちの熱量がぶち上がる。正直ついていけない。


 体育館に行くと西宮団長が迎えてくれた。

「お、きたな冬海。ありがとね。レオンも」

 「教室モード」な声色にジェスチャー。俗に言うJKなテンションとオールバックに学ランという姿との乖離がすごい。

「いやあ、仕事だもの」

と冬海先輩も返してハイタッチをしている。とても和やかな光景だが俺はこの二人が同じ空間にいると何か起こりはしないかと気が気じゃない。応援委員会と放送委員会は代々犬猿の仲。この二人も一昨日はこの撮影の日取りをめぐり啖呵を切り合っている。レオン先輩曰く二人のもめやすさは初等部時代からのお決まりらしいが、そういうレオン先輩も火に油を注ぐタイプだ。

「よろしくね」

「かっこよく撮るよ」

「任せた!じゃあ後輩紹介するね。二年、原田龍之介。一年、古谷せな」

「よろしくお願いします」

二人はお堅い「委員会モード」だ。

「よろしく。では始めよう」

冬海先輩の怪しげで楽しげな声が撮影開始を告げた。この人が言うとどんな文句も陰陽師の呪文みたいだ。

 今日の俺はカメラ二担当、監督の後輩の指示に従ってカメラを回す。団長は元々迫力満点だがこちらの方でも少し迫力が上がるように工夫する。簡略版のパフォーマンスなので撮影はすぐに終わった。今回の編集は俺たちに教えられながら後輩が作る。つまり俺たちは質問に答えたりちょっと助けるだけ。先輩は先輩で何か企んでいるし、ぶっちゃけ暇だ。暇で応援委員会の映像や音が終始流れる部屋にいると原田の顔がチラついてくる。

 嫌だと思えば思うほど今までならなんとも思っていなかった仕草、行動、しまいには名前が聞こえるようなちょっとしたことで引っかかって気になって、気になっていることに気づくと憎悪と嫌悪がまた膨れ上がってゆく。それがまた過敏な反応を促す。知らない間に上り出したこの悪の螺旋階段を俺はひっそりとでも確かに上り続けている。

「自販機行ってきます」

「あ、じゃあホットココアかってきてくれるかい。」

「俺、チョコレート」

さっきまで話し込んでいたのに耳の良い先輩たちだ。俺は自販機に向かった。俺はブリックパックのいちごみるくを買って気がついた。おい、スナックの自販機は食堂の反対側じゃないか!めんどくさい!それでも俺はぶらぶらと歩いて自販機に向かった。電気のついていない吹き抜けで天井の高い食堂は薄暗く自販機も節電モードでこんな雨の日は少々不気味だ。スナックの自販機で無事チョコレートを買った俺はその近くで漏れている明かりと振動に招かれるように扉の隙間を除いた。扉の中は第三体育館、数刻前に応援団を撮影したところだ。今も練習をしている。一人が応援して、それが終わると周りの数人が指摘する。こんなふうに練習しているのか。原田の順番になった。制服を着ているのは三人だけで原田は一番上背があるからすぐにわかる。俺にはよくわからないことをやって。まあ、確かにかっこよくない訳じゃない。なんだかんだで俺は原田がパフォーマンスを終えるまで、ずっと除いていた。

 ところでロマネスク様式の螺旋階段を上ったことはある?クーポラに行くのに使うようなやつさ。あれは人が使うと思って作ったとは思えないくらい狭くて暗くて寒い。俺の螺旋階段はまさにそんな感じだ。そこにごくたまに開いている小さな小さな窓のありがたいこと、あかりと新鮮な空気が入ってくる。俺の螺旋階段の唯一の窓が原田であるという事実が忍び寄り牙を向く。俺は慌ててその場を離れた。後ろで聞きなれた応援団の声がする。確かに原田のパフォーマンスは格好良かった。格好良いけれども、それは原田が原田だからであってやはり応援団だからではない気がした。放送室に戻ると冬海先輩の声がした。

「遅いから食べられたのかと思ったよ。」

「え」

冬海先輩はたまにこんな不気味なことを言うからいけない。

「ほい、釣りはいらん」

そういうとこは好きです。

「チョコレート溶けてる。」

レオン先輩に言われて気が付いた。俺はどうやらココアとチョコレートを隣合わせに握っていたらしい。買ってきたんだから睨まないでくださいよ。

「溶けたチョコレートを俺は認めない。冬海君いるか?」

「いらね。でも置いておけば?舞が来るから」

「ああ、そうだな。あいつはなんでも食べる」

なんかひどい

「慎二君。保存の方法教えてあげて。もう完成よ。他の人は解散」

冬海先輩はココアを開けると冷え切っていたんだろう、自前のカラフルなストローを刺して吸い始めた。何か言ってくださいよ、逆に怖い。他のメンバーはバラバラと帰って行った。


【つづく】

次回、【第六話 かっこよくない訳じゃない 原田龍之介】


原田は原田で荒川に撮影されることに緊張していた。撮影終わり、原田は初めて放送室に足を踏み入れる!魔窟の内装がわかります。

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