第四話 好機(伊東夏樹) 専門外(荒川慎二)

これまでの「告白なんていらない」は、


 二年生の応援委員、原田龍之介と放送委員の荒川慎二は仲の良い友達、そして両想い。しかし相手を思う感情をひっそりと楽しむ原田と違い、荒川はそんな自分を嫌悪していた。

 三年生の伊東夏樹は付き纏いに頭を悩ませていた。友人の勧めで伊東は怖い噂の絶えない放送委員長、我妻を偽の恋人にしようと放送室までお願いに行く。その我妻がまさか伊東に恋心を寄せていようとは二人は知る由もない。


【好機 (伊東夏樹)】

「タダでとは言わない。ミルクホールの回数券くらいのお礼はする。」

その言葉で冬海の顔が変わった。あれ、意外と簡単?すると冬海はレオンと顔を見合わせて言った。

「あれ、回数券制度ってなくなったんじゃなかったけ?」

え、そういう話。

「ああ、代わりにポイント制になった。」

「データサイエンス部がアプリを提供したって言っていたよな」

「そうだよ。」

「とにかく、ファミレスで奢るくらいはできる。私が言いたいのはそういうこと」

「結構。嫌なものは嫌だ。」

放送室に戻ろうとする冬海をレオンが強引に引き止め、楽しそうに聞きいた。

「なんでコイツなの。」

冬海は相変わらず不機嫌そうな顔だが興味を惹かれたのか部屋に戻るのをやめて扉に寄りかかった。

「それは、その。」

この当然聞かれるであろう質問の答えを私は考えていなかった。怖い噂があるからなんて言えない。せっかく話を聞いてもらえるのに!

「ショートヘアでボーイッシュだから?」

我ながらなんと厳しい言い訳でしょう。ショートヘアの人なんていくらでもいる。私が黙っていると明美が早口で付け加えた。

「先生にさえ恐れられてる冬海ちゃんなら。木村の野郎もきっと恐れるんじゃないかなって。ほら、後ろにヤクザがいるぞみたいな?」

素直すぎるよ明美、これでは断ってくれと頼んでいるようなものだ。私は明美の声を遮るように言った。

「女の子の方が一大事であることを理解してくれるかなって。それにフリのつもりが本気にってこともないでしょう」

目を細めている冬海を尻目にレオンが楽しそうに言う。

「助けてあげれば。ここにはロマンスが足りない。面白そうじゃん」

冬海はレオンを睨め付けて言った。

「お断りだ。あんたがやれば?」

怖すぎ。普通こんなふうに人のことにらむ?レオンは胸を張って言った。

「俺には三輪ちゃんがいる。」

「だから?」

「お遊びで別れたりしない」

「そうだ。三輪に頼めば?」

冬海が言った。考えてくれるのはありがたいけれど、どうしてそうなる。

「だめ」

レオンの顔が怖くなる。そうだろうよ。

「なんで」

「嫌だ」

「なんで」

冬海は本当にわかっていないようだ。この鈍いところは私の知っている冬海だ。

「お前に理解できると思った俺が間違いだった。忘れてくれ。」

レオンが呆れたように言った。

「そうだ。舞に頼めば?」

冬海がまた案を出した。

「西宮団長?」

「そう、七三わけでオールバックの状態ならかっこいいじゃん。私でいいなら団長でもいいだろう。話くらいなら通せるよ」

「いや、舞も彼氏持ちだぞ。ちなみに学外だからそいつに相談するのは無理。やっぱり冬海しかいないな。」

レオンは私より熱心に冬海を唆した。

「ごめんだ。」

そういうと冬海はついに放送室に下がってしまった。

「えー面白そうなのになあ」

とごねながらレオンもその後を追う。残された私たちは目を見合わせるとため息をついた。

「噂に違わぬ放送委員会。」

明美がげっそりと言う。

「とにかくこれでこの案は没ね」

「でもあれが本気出せば木村でもビビるんじゃない?」

明美は懲りない。話を聞いて案まで出してくれた人間をあれ呼ばわりは可哀想だ。でも認めよう私も怖かった。目つきと気迫、どこまで本気なのかわからない冗談がきっと怖がられる原因だ。私たちは黙って帰路についた。


【専門外 (荒川慎二)】

 何やら外で話し込んでいた先輩たちが放送室に戻ってきた。冬海先輩が椅子にふんわり腰かけ、虚空を睨む。これは珍しくないが漏れた言葉に俺は耳を疑った。

「あーなんてこった」

先生が繰り返しのアナウンス音源を忘れた時も、体育祭当日に欠席者が相次いで動ける人が三人しかいなくなってしまった時でも眉一つ動かさなかった先輩が驚いて声を出している。

 我妻冬海先輩。黒々した痺れるほど鋭い目は強い意志と傲慢にも思えるほどの強い自尊心の証だ。目つきは悪いけれどそれ以外の部分、例えば短く整えられた髪には賢そうな良い印象がある。日々の行動や仕草の一つ一つは子供っぽくて、よく喋り、よく笑い、よく食べ、ぼーっとしてる。噂からは想像できないほど穏やかでのほほんとした人だ。あの人なりに俺たち後輩の面倒もよく見てくれる。常識のないクソ野郎だけどいい人なんだと俺は思ってる。

 そんな人がなぜ恐れられるのか。一つは放送委員会自体の力の大きさだ。放送委員会を舐められちゃ困るぜ。この委員会は学内の報道を司るマスコミ、流す情報は各部活動や一個人の評判を左右する。それはPTAやOBの目にも触れ、その影響力たるや教員も無視することはできない。放送委員会の行動のために潰れた部活動、逆に廃部を免れた部活動は数知れず。過去、幾度かの校則改変運動に際しても暗躍した。校長がすげ替わる契機を作ったことさえある。歴代の委員長は高いリーダーシップとカリスマ性で一癖も二癖もある後輩たちを束ね、それぞれを放送委員の名に相応しい存在に育て上げてきた。放送委員会の委員長になれる。そのこと自体が強さであり、周りの人間からすればそれだけで恐るに充分足りる。

 しかし冬海先輩の強みはそれだけではない。優れた情報収集能力、分析力、そして行動力は俺が入会した時にはすでに委員会の先輩や一部の先生から一目置かれていた。そして俺がもっとも尊敬しつつ怖くも思うのは何も恐れない姿勢だ。先輩は嫌われることも失敗も恐れない。これは後輩だから知っていることだが先輩の企画には頓挫したものも多い、というかほとんどだ。それでも挫けない、へこたれない。決して止まらない。誰にも止められない。

 それに、ここまでくるともはやおまけだが実は暴力沙汰にも強いことを俺は知っている。そう、この人は文句なしに本当に強いのだ。

 絶対、敵には回したくない。

「どうしたんですか?」

「なんでもない。私の専門外の事象だ」

「助けてあげればいいのによ。可哀想じゃないか」

レオン先輩が新しいトッポを齧って、冬海先輩に勧めながら言う。冬海先輩はそれをもらうと静かに言った。

「五月蝿い。人助けなんて柄じゃないんだよ。」

そうでしょうとも。尊敬する部分もあるけど対人関係ではあまりこの人を見習っちゃいけない気がする。

「酷いなあ」

「あれは完全に私の専門外だ。」

「まあ、それは否めないね。少女漫画でも読んで勉強したらどうだ?」

俺が不思議な顔をしているとレオン先輩が耳打ちした。

「恋愛ごとさ」

俺は思わず変な声をあげた。冬海先輩が怖い目で見てくる。

「おい、なんか言ったか?」

「いいえ。何も」

「何か聞いたか?」

「いいえ、何も」

冬海先輩はその返事を聞くとニカっと笑顔に戻り明るい声で言った。

「よろしい。撮影の時間だよ」


【つづく】

次回、【第五話 螺旋階段の窓(荒川慎二)】


撮影先は応援委員会、そこには当然原田がいて、、、大丈夫か荒川!

次回は21日月曜日公開予定です。

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