第三話 魔窟(伊東夏樹)

これまでの「告白なんていらない」は、


 二年生の原田龍之介と荒川慎二は仲の良い友達、そして両想い。しかし相手を思う感情をひっそりと楽しむ原田と違い、荒川はそんな自分を嫌悪していた。

 三年生の伊東夏樹は付き纏いに悩まされ、友人の勧めで偽の恋人を作ろうとするも断られてばかり。そこで友達が最終手段として選んだのは我妻冬海という怖い噂の絶えない人物だった。その我妻がまさか伊東に恋心を寄せていようとは二人は知る由もない。


【魔窟 伊東夏樹】

明美は私の顔を掴みクイっとミルクホールの隅へ向けさせた。

「もうあの人しかいない。」

「え」

「我妻だよ。」

「冬海ちゃん?」

目線の先では冬海が外を眺めてコーヒーを啜っている。明美はすごい笑顔で私の肩を叩いた。

「悪魔なら木村も退くこと間違いなし」

 我妻冬海、この学校の魔窟、放送室の主。あんまりお近づきになりたいタイプの人間ではないけれど私は冬海と今年度の始めに知り合っている。話しかけられた時は「これが噂の」と思って警戒したけれど実際は恐ろしいと言うよりもぼんやりとした少々常識のない変人だ。まだ数えるほどしか話していないが今のところ変わっているだけで害はない。向こうから話かけてくれて友達の少ない私は嬉しいくらいだった。

「でも女の子だよ」

「中学の春先輩から可愛げを抜いた感じで。いいじゃない」

春先輩というのは私たちの母校の女子中学校のプリンス。でも男女比三対一のこの高等部においてその手の憧れはない。私が渋い顔をしていると明美が真面目な顔で言った。

「それにさ、女同士なら親身になってOKしてくれるかも。」

「それは一理ある。でも木村が退くかなあ?」

我妻はお世辞にも力強くは見えない。ただの顔色の悪い女の子だ。

「え、ちょっと、噂知らないの?」

「知ってるよ。少し話したけど別に怖くは」

「えー。まじ。あの我妻と話してんの」

「授業が同じだから」

「だとしても我妻冬海って言ったら普通近づかないよ。学校最恐の呼び声も高くて。先生だって怖がってんだから。あの放送委員会の現委員長だよ。」

「放送委員会ってそんなにやばいの?」

「やばい。先輩だって言っていたじゃない。他の委員会と揉め事も辞さない。何かあれば部室にまで押しかけてくるし。あるクラス派遣の文化祭実行委員会なんて放送室に行って一分でギャン泣きで出てきたのよ。高二の大の男がだよ。

 生徒会は門前払い。応援委員会とはバチバチに対抗してる。顧問になるのも曰く付きの先生ばっかりだし。先輩の中には暴行やクラッキングで捕まって退学になった人もいるって。日の元にいるよりブルーライトを浴びてる時間の方が長いような陰キャ集団が応援委員会と対抗できるって時点でどうかしてるのよ。」

「そ、そうなの」

「我妻は強権的な態度だけじゃなくて。中等部時代に応援委員会の団長を泣かせたとか。チアの怪我の原因を作ったあげく怪我した足を踏みつけたとか。喧嘩の噂は数知れないし。来賓のお茶をぶちまけたとか。校長と口論してるところ見かけたって人もいるらしいわ。あと、一号館のトイレの花子さんを撃退したとか四号館の階段の幽霊を撃退したとかって噂も。」

「ゴーストバスターズ?」

なんか急に話の信憑生が下がった。まあ噂なんてそんなもんか。

「もののけもあれの前には恐れを成すってことでしょ」

「そんな馬鹿な」

「と、も、か、く。我妻と友達ならよかった。ね、これで解決!」

「あのさ。友達ってほどでは」

「あれ、もういない!」

明美が叫んだ。お分かりいただけますように明美は人の話を聞くタイプじゃなくて、私は情けなくなるくらい押しが弱い。

「放送委員なら放送室じゃない?」

「そうか、行こう。」

ここまで嫌な噂を聞いた後でよし行こうとはならない。

「え〜」

「あなたから毎日毎日被害報告を聞かされる私の身にもなれ!ほらいいね?」

 明美は放送室のドアをたたいた。日の当たらない薄暗い廊下の電灯はなぜかつかず、重厚な扉が鈍い音をして開いた。雰囲気はなるほど魔窟だ。

「何?どちら様?」

 ひょろっと背の高い不健康そうなメガネの男が出てきた。タバコのように口に咥えたトッポと校則違反ギリギリまで伸びた黒髪が不気味だ。

「あ、あの。冬海ちゃんいる?」

「ああ、冬海。いるよ。」

 男はにやりと笑うと冬海を連れてきた。明美といえばさっきまでの威勢はどこへやら私の後ろで縮こまっている。なんなんだよこいつ。

「あれ、夏樹ちゃん。どうしたの?委員会に入る気が起きたとか?」

 明るく楽しそうな声で顔色の悪い顔がカッと笑う。教室でもこんなだったっけ?変な噂を吹き込まれたせいで調子が狂う。

「そういうわけじゃ」

「そりゃ残念。でなんのよう?」

口ではそう言いつつ全く気にしていないような声が響く。ぐいっと一歩迫られて思わず一歩下がる。

「あ、あの。お願いがあって。助けて欲しいの。恋人のフリをしてほしい」

我妻は何も言わずに首を傾げた。無理もないよね。私はしどろもどろ経緯を話した。

「コイツと?」

さっきの男がいつの間に冬海の隣にいてニヤニヤ指を指している。ひょっとして彼氏?全く考慮していなかったが冬海がすでに付き合っている可能性は十分にある。

「まさか付き合っているの?」

私の一言に冬海と男は腹を抱えて大笑いした。

「俺、イケてる?」

「趣味じゃねーな」

冬海が酷いことさらりと言う。

「俺も君の後ろにくっついている方が好みだな」

明美のことだ。明美が後ろでブンブン首を振っているのがわかる。

「残念だったな。」

冬海が男にいう。

「俺はレオン。放送委員会の副委員長です。よろしく。」

レオンは胸に手を当てて劇団員のようなお辞儀をした。

「伊東夏樹です。冬海と授業が同じで。」

「へえ」

「肥田明美」

明美はそれだけ言った。私はそれた話を戻した。

「それで、冬海」

「嫌だ。」

即答。清々しいくらいだ。

「そこをなんとか。本当に困っているのよ修学旅行の班分けまでの一ヶ月でいいから。なんと言うのか女子校のノリで」

「そんなもの知らないよ。」

語気がキツくなって目つきがさらに悪くなる。これだけでここまでの迫力、噂の半分くらいは本当かもしれないなんて思いながら私は授業中の奇妙奇天烈な冬海を思い出して勇気を出した。

「タダでとは言わない。ミルクホールの回数券くらいのお礼はする。」

その言葉で冬海の顔が変わった。あれ、意外と簡単?


【つづく】

次回、【第四話 好機(伊東夏樹)専門外(荒川慎二)】


我妻がそう簡単に承諾してくれる訳はなくて、、、

我妻の様子は?「我妻の後輩」荒川がお届けします。

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