第16話 対決 その1 アーキン

アーキンはオーガスタに向かって叫ぶ。


「俺に任せろ、オーガスタ!あいつの相手を出来るのは俺だけだ。

手出し無用」


宝剣を盗み出すまでに何度かルミィ・ツェルクと剣を合わせている。

その時の経験からアーキンの言ってきたことは真実だとオーガスタには理解出来る。


だからこそ気になるのだ「アーキン、お前を倒すとしたら、あいつしかいないんじゃないのか」と。


避けられるのならば勝負を避けるべき相手なのだが、アーキンの武人としての誇りがそんなオーガスタの言葉に耳を貸さないであろう事は分かりきったことだった。


一方のルミィにとってもアーキンは危険過ぎる相手である。


技の冴え・反射神経ともに優れているだけでなく、その膂力と脚力においてはルミィの上を行く。

技術においては互角だと信じたいが、力で押し込まれる危険を常に孕んでいる相手なのだ。


ルミィ・ツェルクが自覚している自分の強みは、技の切れ味と体裁きの巧さ、それと相手の動きが見えていること、であろうか。


それでも、アーキンほどの力の持ち主に自分の能力が対応出来るのかは未だに判断が付かないところであった。


ルミィの立てた計画では、自分がアーキンを誘い出さなくてはならない。

他の人間に出来る役目ではないだろう。

アーキンの性格ならルミィを見つけて黙っているはずがないところまでは計画通りなのだ。


だが、こうして彼が勝負を挑んできたのは狙い通りであっても、そこから先は未知の領域。

とても計算の出来る相手ではない。

詰めが甘いのはいつものこと、と割り切るしかない。


互角と期待していても、勝負はやってみなければ分からない。

予想外に相手が腕を上げているかも知れないし、自分が全然力を発揮出来ないこともある。


幾らお膳立てが出来ても肝心の勝負が、思惑通りに進むかどうかは誰にも予知できないのだ。


それでも心に留めていることはある。

勝負の最中にオーガスタに背を向けないことだ。


オーガスタもまたアーキンに劣らぬ手練れである。

彼こそが悪名高き二人組の主導者なのだ。


アーキンが「手出し無用」と申し渡したところで、必要とオーガスタが判断すれば躊躇無く攻撃を仕掛けてくるであろう。


オーガスタの最も特筆すべき点は、その動体視力だった。

自分に向かって投げられたナイフや手裏剣をいともたやすく素手で受け止めるし、相手の攻撃を見切ることにも長けている。

アーキンにこそ劣るが(大抵の者はそうだが)、人並み優れた力の持ち主でもある。


要するにオーガスタとアーキンの二人は共に恐るべき剣客であり、二人の組み合わせは敵対する者にとっての悪夢なのだ。


ルミィはその二人と勝負しようというのだ。

彼らを倒さなければ使命を果たせないから。


ルミィとアーキンの二人が剣を抜いて相対すると、周りの者達は遠巻きに見守るような位置へと移動していった。


「そんなことをしている場合ではないだろう」と眉を顰める者もいたはずだが、向き合う二人の間からは既に殺気がみなぎり、尋常ならざる緊張感がほとばしっていた。


この空気を前にして、誰も文句を口にする者はいなかった。

この対決を止めることはオーガスタにも無理であった。


ペドロとルイシンカも足を止め、二人の対峙を見守る。


ルミィはアーキンが立ち位置を変えようとするのを妨げるかのように、素早く踏み込み一太刀を浴びせてみせた。


これは難なくアーキンに防がれたが、この先制にアーキンは瞬間躊躇する。

次の攻撃も防げるか、或いは自分の方から攻撃を仕掛けるべきか、と。

ほんの微かに足を止めるようにして構え直そうとする。


ロウソクの薄明かりの中とは言え、ルミィにはアーキンの動きばかりでなく、周囲の動きもはっきりと認識出来ている。


代官屋敷の衛兵は怪物の罠を仕掛ける準備から離れようとはしていなかったし、代官の護衛官も二人の勝負に関わる気はなさそうだった。


問題のオーガスタも、今は手出しを控えてじっと見ているだけである。

ただ、オーガスタが普段以上にルミィとアーキンの勝負に神経を集中しているのが気がかりだった。

彼は常に周囲の状況にも神経を張り巡らせているはずなのに。

ルミィにはそれが勝負に手を出す機会を窺っているからだ、としか思えない。


だが、そうであるなら好都合だ。

アーキンが踏み込みをためらったのを見計らって「そこっ」と普段はしないかけ声と共にもう一撃を加えてみせる。


ルミィの腕前を知るオーガスタとしては勝負の行方は気がかりであった。

普段ならこんなに気を揉むことはないが、相手がアスカ王国一の剣の使い手――と言う以上に未だかつて目にしたことがない程の腕前の持ち主の――ルミィ・ツェルクでは安心できるはずもない。

早く勝負を付けなければ、罠のことに注意を向けることも出来ないではないか、と常になくオーガスタは焦りを感じる。


アーキンはルミィの連続攻撃に迷いを拭い去る。

迷っている暇のない相手なのだと目が覚める思いだ。


逡巡していれば敵の刃の餌食になる、舐めてかかれば生死に関わる結果しかない相手なのだ、と昔の戦いの記憶が蘇る。


ルミィの方はこのまま攻撃を続けて戦いの主導を取りたいところであったが、そうはいかない事情があった。

先ほどの「そこっ」という似つかわしくない掛け声は、ディアナへの合図だったのだ。

もしもオーガスタが周囲への注意を怠ることなく、周りを見ているのなら先延ばし。

それがルミィとアーキンの対決に注意を奪われているようなら作戦決行と前もって決めてあった。

「そこっ」は作戦決行の意味だった。


勝負を急がずに際どい戦いを続ける間にディアナがオーガスタに近づき、隙を突いて宝剣を奪い取る。

危険すぎる計画だったが、思いついたのはディアナだった。

ルミィは止めたが、他に良い代案も思い浮かばなかった。


そうなるとアーキンを追い詰めるほどの攻撃を続ける訳にもいかない。

それにはアーキンだけに集中していなければ無理な話だ。

ディアナがオーガスタの宝剣を奪ったまさのその時に、オーガスタの行動を制止する位置に移動しなければならない。

その後は二対一の戦いになるだろうが、その後のことはどうなるか予想も付かない。


先ほどの先制でカッとしたアーキンが攻撃に出ることは明らかだが、それを受けに回りながら、ディアナの行動に目を配り、結構の瞬間にオーガスタがディアナに一撃を加えるのを防ぐ・・・・・・生死をかけなければ戦えない二人に対して無謀すぎる計画だった。

ディアナは宝剣を盗んですぐに人混みに紛れると請け合ったが、オーガスタ相手にそんなことは無理な話である。

だが、そこまではルミィは説明しなかった。

自分なりの行動計画を思い描けたからだ。


いざ、アーキンが攻撃を仕掛けてきてみると、随分と自分が向こう見ずな方法を思いついた者だと思い知らされる。

アーキンの剣戟は鋭いだけでなく、重たいのだ。

その膂力によるものだろうが、受けに回ってみると少しずつ攻撃が食い込まれてくるのだ。

ただ受け続けていては追い詰められ、身体を巧く裁く余裕がなくなり、攻撃の餌食になってしまうだろう。

向こうからの攻撃をそう易々と続けさせてはいけない、とルミィは了解する。

攻撃に合わせて踏み込んでいかないと、アーキンの術中に嵌まってしまう。


となれば、積極果敢な攻撃を仕掛けなければならない。

難しい注文だった。


こうしている間にも、オーガスタに注意を向けられることなくディアナが彼に近づきつつあった。

勝負を早々と決着させてしまったり、オーガスタが自ら関わって来たりしてしまうような展開にしてはならない。


オーガスタがこちらに注意を向けざるを得ない程度には白熱し、それでいて彼が手出ししなくてはならないような危機をアーキンに与えてはいけない。

そんな勝負をアーキンのような豪傑相手に進めるのは無理な話だった。


ルミィから巧妙で素早い連続攻撃を加えると、アーキンは体勢を崩したように見えたが、そこから予想外の方向から反撃の刃が迫り、それを防ぐのが精一杯であった。

次の攻撃は予想出来ていても、身体が流れかけていて、簡単には受けきれない。

そこを素早く跳躍して間合いを取り直してみせた。


ルミィの反応にアーキンは「ほぅ」と賞賛の吐息を漏らす。


どちらも感じ取ることは同じ「やはり並大抵の相手ではない」と。


本来ならルミィはここで連続攻撃を加えてでも主導権を奪い返しにいくところであるが、周りを見る余裕がなくなる攻撃は出来ない。

だが一方で別の真実も見えてきている。

そんな戦い方がいつまでも通じる相手でないことが、身を以て確認できたきているのだ。


力も強いだけでなく、先ほどのような打ち合いでの反応の良さは抜群であり、読みも鋭い。

今まで剣を交えてきた者とは格段に違う腕前の敵なのだ。


計画のために慎重に攻撃を抑えている気でいるが、実はそのおかげで何とか捌けているだけなのかも知れない。

安易に連続攻撃などしていれば、あの力強い剣戟に撥ね飛ばされて、あの鋭い読みでもっと早く追い詰められていたのではないか。


剣の勝負において、珍しくルミィは迷う。


慎重になるだけでは勝機を逸するだろうし、思惑含みの展開作りなんかがいつまでも通じる相手でもない。


ルミィは構えながら冷静に勝機はどこにあるかと相手を窺う。


実力が伯仲しているというのは、多分自分を買い被っているのだ。

不利な中で勝機を掴み取らなければならない。

オーガスタが助太刀してきても、それに対して自分なら反応できるという自信はあった。

ただ、勝機が減るだけのこと。


ならばオーガスタがどう行動するかは眼前の戦いに於いて、あまり気を回さなくて良いだろう。

だがディアナは・・・・・・・

いや、全てをディアナに委ね、目の前の相手に集中することこそ運命を切り拓くことになろう。


ふと、護衛官のペドロが広間の隅に早足で歩いて行く姿が視界の隅に映ったが、余計な注意は頭から閉め出す。

迷っている場合ではない。


死を覚悟して対決に臨んでこそ、初めて勝機の生まれる勝負というものもある。


それが今この時なのだ。


「そうだ、ディアナを信頼し、私は眼前の対決に集中しよう」

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