第15話 夜の怪物と代官屋敷 その4 決断

反論がないのを確認するように間を取ったが、誰も言い返してこないのでオーガスタは続けた。


「今は扉が開かないように荷物などを重しに置いてあるが、怪物が中に入ってきたら、今度は外から開かないようにしなくてはならない。

どうだ、出来るか」


「出来る」とは影を潜めていたペトロの返事だった。


「もちろん協力しよう」とルイシンカも申し出た。


代官は複雑な評定で二人の方に顔を向けたが、二人の方は気にも止めていないようだった。


ペトロとルイシンカは小声で話し合うと、次に衛兵達に声を掛ける。

目的が出来たせいで衛兵達はキビキビと動き出し、二人の指示を熱心に聞いていた。


広間でただ震えていた人々も、対策が出たおかげで幾分か安堵したのか、凍りついていた空気が幾分か和んできていた。


そんなざわざわとした人の動きと空気の流れに紛れるようにして、ルミィとディアナが、そっと広間の中に紛れ込んだ。


「さっき代官に自分の考えを披露していたのがオーガスタだ。

あいつの腰に吊っている長剣が、先ず間違いなく王国の宝剣だ」


ディアナは暗闇の中のほのかな明かり越しにオーガスタと教えられた男を食い入るように見つめる。


「なぜ、分かるの」


「宝剣は普通の剣よりも一尺近くも長い。オーガスタのような背が高い男が身につけてあれだけ引きずるようにしているあの長さこそ、宝剣である証。

しかも、あの剣は普段使い慣れている剣よりもかなり重たいはずだ。だから、あいつは自分の剣をああして手に持っているのだろう」


ルミィはオーガスタが考えていることを推測する。


この状況では、代官屋敷から安全に脱出するのも、村を抜け出すのも難しい。

不用意に外に出れば、怪物の餌食にならないとも限らないのだから。

こんな災難に出くわした以上、カムワツレ王国の使者を待つまでもなく、さっさと村を立ち去って、直接王国へ向かいたいのがオーガスタの本音だろう。


ここに閉じ込めることに成功したら、その時こそ闇に紛れて村を出てしまう腹づもりなのだ。


使者をここで待ち続けなくても、オーガスタ自らカムワツレ王国の王宮に出向けば済む話。


ここで事態の推移を黙って見ているのならば、ルミィに残された機会は多くはないだろう。

ルミィにも決断すべき時が来たようだ。


ルミィはディアナの耳元に口を寄せると何事かを囁く。


その口から発せられた言葉にディアナは驚愕の表情を浮かべたが、暗がりのせいでルミィには伝わらない。

ディアナはルミィの口が耳から離れると、緊張の表情でゆっくりと頷いた。


ディアナの了解を確認できると、ルミィはゆったりとした仕草で物陰から出て、広間の中央へと歩き出した。


ペドロとルイシンカは、広間を出入りする各扉に人数を割り振り、障害物として置いてある家具などの運び出しや、閉じた扉を内側に開いてしまわないようにする仕掛けなどを準備させていた。


俄然やる気を出したペトロとルイシンカの豹変ぶりオーガスタは興味深そうに眺めていた。

二人の護衛官が段取りを決めてくれるので、当面オーガスタにすることはない。


そんな様子のオーガスタに代官が近寄ってくる。


「罠を仕掛けても、怪物をどこからこの中におびき入れるんだ」と代官は至極当然の疑問を発した。


オーガスタは笑いながら答える。「まだ決めちゃいませんがね、この渡り廊下が外からは見えやすいし、ここに明かりを持って誰かが立つのが良いでしょう。

程なく、怪物の方で見つけてくれるでしょう」


「囮の男はどうなるのだ」


「男は怪物の餌食になる必要はない。

怪物が来たら、この扉目指して逃げ込んでくればよい。

囮の運命はこの罠の肝心の部分ではない。

先ほどとは違って、おびき出された怪物は開け放たれた扉の向こうに目指すべき毛皮の存在を知ることになる。そうなれば囮の運命の如何よりも、怪物にとっては広間に侵入することの方が重要になる。

注文通りに怪物はあの毛皮を目指して中に入ってくるだろう。

怪物が入ってきたら、元護衛官の二人が手はずを整えている通りに、ここにいる全員は各扉から外に出て、扉を閉ざす。

それで怪物は罠に嵌められたことになる。

万歳!お見事!万事めでたし!」


オーガスタの説明に代官は不安を覚える。

確かにオーガスタの説明の通りだと理解は出来るのだが、どうもオーガスタは説明している結果を願っているように感じられないからだった。


だが、オーガスタは心から計画の成功を願っていた。


ただ、怪物が広間に引き寄せられ、その瞬間に扉の外に出られるのなら、罠の成否に興味が無かっただけなのだ。

怪物が広間に一時的に閉じ込められるならなお良いが、不首尾でその場が阿鼻叫喚の地獄絵図になることも可能性としてはある。

どちらの場合でも、オーガスタは代官邸を離れ、怪物が代官邸に閉じ込められるなり、大暴れするなりしている間に、もっと安全で身動きしやすい場所に逃げ込むつもりなのである。


各所に指示を出し、それを確認しながら近寄ってきたペドロにオーガスタは注意する。


「準備のためとは言え、ロウソクやらランプを随分と出したようだが、外に明かりは漏れてないか」


ペドロは憮然とした口調で「全ての扉は閉ざされているし、窓には鎧戸が降りている。明かりが外には漏れるはずはないだろう。客人が心配する必要ない」と返事をしてきた。


オーガスタが大階段の裏の小さな戸を指さす。

そこの戸の隙間から明かりが漏れているのが見える。


「あそこは何だ」


「調理場だ。

あんた達が外に出る時にロウソクを消したから、もう一度火を点けるのに台所の種火を使ったのだ」


説明する内にペドロは心配そうな顔つきになる。


「これだけのロウソクやランプを灯すのに、大きな火を熾している訳じゃないだろうな。

あれだけ明かりが漏れているのは、それだけ中が明るいからだろう」とオーガスタが気がかりを伝えると、ペドロはそれには答えずに調理室の方へ向かっていく。


まさにその時、オーガスタは予想外の名前が叫ばれるのをを耳にする。


「ルミィ・ツェルク!」


アーキンの声だった。


アーキンの視線の先を見ると、広間の中ほどに立つ男の姿があった。


ロウソクやランプに照らし出されたその顔は間違いようがなかった。


聖アスカ王国の近衛兵にして、危険なほどに腕の立つ騎士。


「ルミィー・ツェールクッ!」とアーキンはもう一度叫ぶと剣を抜き、広場中央の男に向かって歩み出す。


アーキンの姿を認めたルミィ・ツェルクは平然として剣を抜き、それを鋭く一閃させると、ゆっくりと構えた。


以前にディアナに言った通り、ルミィにとって自ら挑むべき勝負ではないはずだった。

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