第14話 代官屋敷の客人 その3 宴へ

「ああ、あんた方の正体は見当が付いている」


「はて?教えてもらったと、さっき言ったばかりなのに、見当が付いているとは?」


「つまり、ある人物は待ちわびている相手の人相や風体を教えてくれた。そいつはその二人が自分の仇敵だと言っていたが、俺の目は誤魔化せない。

当たりは付けていたが、実際に旦那方を見て確信に変わった」


ホスキンはそこまで言って口を閉ざした。


「どうした、話しの続きを待っているのだが」とオーガスタは落ち着いた声で訊く。


「情報って言うのは金貨よりも貴重なものになります。

お互いに与え合うのが公平ってもんじゃありませんか」


アーキンが武器を手にするのを見ると、ホスキンは素早く開け放ったドアから廊下に飛び出す。


「男爵様、物騒な真似はしないでくださいよ。

こっちは、お互いに為になる話し合いをしに来ているんですぜ」


オーガスタが振り返る。

「今はいい」


その言葉にアーキンは武器から手を放す。


「まったく、オーガスタとアーキンに狙われたら、命が幾つあっても足りないですぜ」


二人の名前を口に出した時に、二人共が微妙に反応したのが見えて、ホスキンはほくそ笑む、「俺の目は誤魔化せねぇ」と。


だがブルワン伯爵は平然と尋ねる。


「おまえは既に私たちの正体を知っているつもりのようだが、それではお互いに利益になる情報交換とは何だ?

もう知りたいことは知っているようじゃないか」


廊下に立つホスキンは警戒するように室内に佇む二人を眺め回す。


「私が知りたいのは、俺に情報を提供してくれた奴の正体だ」


「ほう、だが私たちが知っているとは限らないな。

仮に知っていたとしても、お前に教えて私たちが供与される情報は何だ?

我々の正体を黙っていてくれるぐらいなら、必要ないな。

そもそもお前は見当違いをしている。我々はお前が思っているような凶悪な盗賊ではないからな」


「そいつは面白くない冗談だ。

ワンワン吠えながら『俺は犬じゃない』って叫ぶワンコロみたいじゃないですかい」


アーキンはホスキンとのやり取りに少々いらついてきて、うんざりし出した。


「お前が好きなように思うがいい。

我々に必要なものを提供できないなら、このやりとりは無意味だな」


「その情報提供者が今、どこで何をしているかを教えますぜ。

必ず、あんた達には有益な情報になるはずだ。

何と言っても、そいつの腕前は神憑りだ。不意を喰らったら、あんた方だって無事で済みませんぜ」


オーガスタがホスキンの言葉に思わず笑いを漏らす。

「こっちは伝説の怪物を捕らえるぐらいなのに、か?」


「そうですぜ。

いかに旦那方が強いと言っても、あいつの前でもそんな強気でいられるかどうか」


「そんな人物なら会ってみたいものだな。

だが、そんな相手の心当たりはない。

名前を言ってくれても、無駄になるだろうな」


「そいつの名前はルミィ・ツェルク」

と言った瞬間、ホスキンは太ももの激痛に悲鳴を上げそうになる。


目にも止まらぬ早さで放たれた投げナイフが太ももに突き刺さったのだ。

だが、悲鳴が上がらなかった理由は、ホスキンが声を発するよりも早く、オーガスタの脇をすり抜けてきた黒い突風で息が出来なかくなったせいだ。

アーキンが素早くホスキンの口を塞ぎ、次の息を継ぐ前にホスキンの体ごとドアの中に運び入れていた。


次の瞬間にはドアが閉ざされ、オーガスタがかがみ込むようにしてホスキンの顔を覗き込んでいた。


「手荒な真似はしたくないのだが、その名前になら興味がある。

確かな情報を聞き出すには、この方がずっといい。

では情報交換といこうか」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


二人が召使いの案内で部屋の外に出ると、玄関の広間には何人もの客が来ていた。

伝説の怪物を退治した勇者を歓迎する宴ということで、同席したい者は幾らでもいたのである。


階段を下りてきた二人にすぐに歩み寄ってきた代官は、客人の殆どが村役場の要職にある者と村の名士や有力商家の者だと紹介してくれた。


それと、代官夫人のシャープルが自分のまだ幼い子供達を連れてきて「あなたのような強い大人になれるように抱き上げて下さいませんか」と頼んで来たので、オーガスタは「それなら彼です」とアーキンにその役目を譲ってやった。

アーキンはまったく嬉しくはなさそうだったが、それでも笑顔らしく口角を歪めて子供を片手で抱き上げた。


「ねぇ。恐くなかったの」


「怖がっても何の助けにもならないからな」


およそ愛想のない返事に子供は驚いたようだったが、軽々と抱き上げられるのは気に入ったらしく、しばらくはアーキンに纏わり付いていた。


「迷惑ではないかしら」と代官夫人は済まなさそうにオーガスタに謝ってきた。


「いや、元来子供好きな奴でして」とオーガスタは嘘をついたが、その答えは夫人を大いに安心させたようであった。


アーキンにもオーガスタの答えは聞こえたらしく、彼は鋭い視線を向けてきたが、いつものことなのでオーガスタは気にしない。


公の場で、しかも権力側の接待を受けるのは二人には非常に珍しいことだった。

こうした統治側の暴力装置から追い回されるのが二人の常であったのだから。

とは言え、そうした生活も終わろうとしている。


アスカ王国の宝剣をカムワツレ王国に引き渡せば、報酬として二人には金品だけでなくカムワツレ王国の領地が与えられ、領主としての生活が約束されている。


ブルワン伯爵とリート男爵は、全くのホラ話というわけではない。


今までも十分すぎる程の稼ぎをしてきたが、今回は破格の報酬である。

その後は過去の稼業を引退しても良いかとオーガスタが考えるほどだ。


オーガスタはこれまでの生活の中で長い時間を犠牲にしてきたと感じることもあったが、報酬を得た後には、それまでの人生の借りの全てを取り返すつもりでいた。


「怪物は獰猛でしたの?」と夫人は興味を隠せないようだった。


「ええ、未だかつて見たことがないほどに」


「狼や熊みたいな?」


「狼や熊とは違いますね。

むしろ、大型の山猫の方が近いかもしれません」


「ネコ?・・・・・ですか」と、夫人には意外すぎる返事だったようだ。

彼女にはペットのネコしかイメージできなさそうだった。


「ええ、そうです。

ネコと言えばネズミにとっては凶悪この上ない怪物なのは想像出来ましょう。

大きさからすれば、かの怪物を猫に例えるならば、我々はネズミ以下の存在なのもお分かり頂けるでしょう」


夫人は自分がネズミである姿を想像したのか、身震いするのが見て取れた。


「しかも、その怪物はネコのような愛らしさどころか、むしろ獅子のように獰猛であり、そのうえ豹のように俊敏で音もなく忍び寄るのです。

どちらの猛獣と比べても、怪物の方が遥かに大きいという点は異なりますな。襲われる側にとっては少しもありがたくない違いです。

私自身は、獅子も豹も捕らえられた後、剥製になったものを異国で見たことがあります。この怪物と比べたら、大きさにしても一回りも二回りも小柄なものです。

そのような大きさの猛獣でさえ、その地域では悪魔のように怖れられているのが実情です」



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