第14話 代官屋敷の客人 その2 ホスキンの訪問

怪物の毛皮は屋敷玄関口を入ったところにある広い玄関ホールに掲げられた。

こうして実体として毛皮が示された以上は怪物という呼び名は相応しくないのかも知れない。

今や未知の大型猛獣の毛皮というのが正しいであろうか。


真っ黒な毛皮は堂々と広間に掲げられ、煌々と灯りに照らされているが、なにぶん剥いだばかりのものであるから、生々しく獣脂がしたたり、独特の生臭い芳香が部屋に漂う。

屋敷に運び込む前には出来る限り水洗いなどしたのだが、大きさが大きさだけになかなか十分な処置が行き届かないし、そのせいで逆に油や汚れにまみれた水滴もしたたっていた。


慣れない人間には一時眺めるだけなら我慢できても、毛皮を肴に宴を催すのはきついものである。

広間から奥に進んだところにある大食堂が「歓迎の宴」の会場であったが、全ての格子窓は開け放たれ、玄関扉も大きく広げられ、空気が澱まぬようにと準備がされた。


「夜になったら屋敷の外に吊るし、明日には毛皮職人を呼び出して十分な処理をさせましょう」と代官はオーガスタとアーキンに請け合った。


玄関ホールの吹き抜けに面した二階のバルコニー様の廊下に面した場所にオーガスタとアーキンの部屋は用意された。


二人は旅姿から小ざっぱりとした上着に着替えていた。

宴の場に長剣を持ち込む訳にもいかないので、その代わりにオーガスタは短剣を懐に入れ、更に小刀を数本身に付けることにした。

オーガスタの上着は沈んだ色の赤い毛織物の生地で、細かい模様に染められており、よくよく見れば相当な上物のようであった。


アーキンは特に衣服には頓着しないのだが、オーガスタは彼に微かな松毬模様の施された濃紺で厚手の上着を選んでやる。


「十分な威圧感があるから、普通にしていていいぞ」と感想を述べたが、普通にしていても十分過ぎる程いかめしい男であった。


そんな身支度をしながら、問題の宝剣を包みから取り出す。


鞘を払い改めて剣を眺めてみると、その刀身には一点の曇りもなく輝いており、持ってみればズシリとした重さが心地よい。

宝剣と称されているが、飾りのために設えられたものではなく、実戦向きに作られたものであることは、こうして直に見てみると分かるのだ。

剣戟に耐えるように肉厚に打たれた剣は、通常の物よりも一尺近く長い。

常人が実戦で使うのにはなかなかの膂力が必要であろう。


手入れも完璧に施されており、実地に使うことには何の問題もない状態である。

あまりに実戦的に研ぎ澄まされているので、何十年も王家の宝物館に飾られていたものとは信じ難かった。


「飾り立てて仕舞っておくような宝剣ではないな。歳月にも錆び付くことのない、人を斬るための名剣、そんなところだな」


オーガスタがそんな感想を言ったが、アーキンはそれにも特に興味を示さず、ただ身に付けられない自分の武具を残念そうに眺めていた。


「アーキン、気にするな。

もし必要ならすぐに衛兵の連中から奪って使うんだな。そう考えれば、お前の武器はどこにでもあるということだ」


二人が準備を終えようとしていると、部屋のドアをノックしてくる者があった。


「迎えか」と言いながら、オーガスタは警戒するようにアーキンに身振りで伝える。

それから扉に向かって声をかける。


「どなたかな?」


「衛士隊のホスキンであります。

折り入って伺いたいことがあります」


オーガスタとアーキンは目を見合わせるが、それが何を意味するのか分からない。


扉に身を隠すようにして、僅かばかりドアを開く。


「どんな用件でしょうか」


「身元照会とでも言いますかな。

代官の宴席に出席される方については確認を取っていましてね」


オーガスタは眉をしかめる。

代官に招かれて出席する客人であるし、代官はカムワツレ国王からの伝言で二人については無条件で受け入れることになっている。

小役人が何を言ってきているのか――そんな疑念が胸の内を去来する。


「何かの間違いではないかな」とオーガスタが丁寧に聞き返したが、次の瞬間、ドアの隙間にホスキンの足が挟み込まれていた。


「いや、これが普段の私の仕事でしてね」とドアをこじ開けるようにして、ホスキンはドアの隙間に身体をねじ込んできた。


呆れながらオーガスタはドアから身を離し、言い放つ。

「よそ者だから知らないが、この村ではこうやって客人を訪問するのかね」


「いや、これはご無礼を」と答えてホスキンはドアを開け放ち、その場所に立つ。


「そんなところで立っていないで、入ってきたらどうだね」


「そこに入ってしまったら、問題は永遠に解決しなくなりませんかね」


再びオーガスタはアーキンと目を見交わす。


「どういう意味だ」


「その返事は後回しにさせていただき、あなた方はブルワン伯爵とリート男爵として歓迎会に招待されています。

その名前は本名ですか?」


「ブルワン伯爵家もリート男爵家も歴としたカムワツレ王国の由緒ある貴族。

お疑いになるのは如何なる理由か分かりかねますな」


「古い貴族の名跡というのは近頃では金でどうとでも成る。

本当の名前という意味もいろいろですよね」


「確かに、そういう面はあるな」


「では、名跡を買い取る前のお名前をお教え願えませんか」


「その義務はないはずだ。この通りカムワツレ国王が発行を認めた旅券があり、アスカ王国が通交を許可した裏書きもある。

その上、代官は我々を客人として招待してくれている。これ以上、あなたは何を求めるというのだ」


ホスキンは入り口に立ったまま、思案顔であった。


「そんな場所で立ったままでいられては、こちらも落ち着かない。

中へ入ったらどうだ。それとも代官を呼ぼうか」


「いや、分かるでしょう?代官を呼ばれてはこの俺も大目玉を食らいかねない。

大事な客人に何を訊いて回っているのか、と。

こっちはあなた方に有益な情報をお伝えしても良いかと思っているのに」


「ほぅ、そんなものをあなたが持っているとは思えない」


「私が少し前からあなた方がやって来るのを待っていたとしてもですかい?

そんな貴族の名前を名乗らなくてもお二人が高名な旦那方だというのをずっと前に教えてくれた人がいるんですぜ」


「そうか、ならあなたは名乗らずとも我々の名前を知っているという訳だ」

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