第14話 代官屋敷の客人 その1 二人組

オーガスタとアーキンは客人として代官屋敷に招かれていた。


クルツ邸に運び込まれた幾つもの台車は繋ぎ合わされて、その上に怪物の毛皮が拡げられた――それ程までに毛皮は大きかったのだ。


午後中をかけて台車はイズノ村の界隈をあちこちと進み行き、村中に披露されることになった。

繋ぎ合わせた台車の上で広げられた怪物の毛皮は幾つもの通りを練り進み、村中の好奇と感嘆の目に晒されたのだ。

評判が評判を呼び、通りには村中の人間が連なる。

誰の目にも驚嘆と畏怖の光が宿されていた。

口々に「あれが、あのモノなのか」と、誰しもの口から怖れと驚きの言葉が突いて出る。


怪物を倒した男が馬車から降り立つ時、観衆の興奮は頂点に達する。


各国の官憲から追われる身であったはずの二人組が、イズノ村では英雄の如く讃えられ、崇めらようとしている。

客観的に見れば興味深いことこの上ない事態であったはずだが、自分達の姿が晒されるのだと思うと、オーガスタにとっては少しも面白い話しではなく、自然と仏頂面になってしまうのであった。


一方のアーキンはと言えば、常日頃から仏頂面の彼としては通常と変わらないはずだった。


ところが長年連れ添ったオーガスタには分かるのだが、アーキンはむしろこの状況を楽しんでいるように見えた。


普段から感情表現をしない男だけに、傍から見れば平然と無表情のままでいるようにしか見えないところであったが、オーガスタは感じ取ることが出来るのだ。

アーキンは、自分の成果に村人が驚く様を痛快と感じながら、楽しみ味わっているのだ、と。


村の役場前にある広場は、イズノ村で最も人が集まる場所であったが、そこに掲げ上げられた毛皮を驚嘆と畏怖の念をこめて見上げる人、人、人。

そのそばに立つアーキンを怪物にも増して賞賛する人々。

二度とないような状況をアーキンは楽しんでいる。


普段ならオーガスタの片腕としての存在に満足しきっているとしか見えなかった男が、それ以外のことに感情を動かしているのは奇妙な光景であった。

アーキンに対して儀礼的にさえ感謝の気持ちを抱いたことのなかったオーガスタであったが、この男にも人間的な面があると今更ながら知ることは、喜ぶべき事か訝しむべき事か、判断しかねることである。


そうは言っても、こんな辺境の村で顔を知られる程度のことでこれからの仕事に差し障るとも思えない。

自分の仏頂面を敢えて崩す気はなかったが、オーガスタはアーキンの楽しみを邪魔するでもなく、彼の振る舞いに注文を付けることもしなかった。

代官の企てに文句を付けることもなく従うことにした。


そのような段取りで役場の前から再び村の中を練り歩いたおかげで、代官屋敷に彼らが着いたのは午後もすっかり日が傾きだした頃だった。


オーガスタが途中で「カムワツレ王国からの使者を待つために村に立ち寄った」という本当の用事を代官に伝えると、彼らが王国から便宜を図るように依頼された客人でもあることに彼は当惑したようだった。


「まだ、カムワツレ王国からの御使者はイズノ村には到着していません」と代官は答えた。


「ここからカムワツレ王国までの道のりには有名な『常世闇の森の山賊』が出没します。ですから御使者の安全確保のためもあって、山賊退治の兵を送り出したばかりです。

成果については、今のところ何の報告もありませんが、その首尾が分かり次第、御客人にもお知らせ致しましょう」


「そんなものは俺には関係ない。

俺たちはカムワツレ王からの使者を待つのみだ。到着したら、そのことを教えてくれれば良いのだ」


オーガスタの口調は穏やかで落ち着いたものに聞こえたが、それでも代官を怖れさせる凄味があった。


代官はおろおろと意味のないおべんちゃらを言い、オーガスタとアーキンに使者を待つ間、幾らでも代官邸の客人として滞在するように申し出た。


もちろん、オーガスタは自警団と衛士隊の違いなど知らなかったし、説明されたとしても興味を抱くことはなかっただろう。

それにオーガスタの態度からは田舎の山賊退治の話題なんか眼中にないのは明らかであったし、実際のところ村の衛士隊や自警団なんぞ彼は問題にさえ感じなかった。


ただ、大小様々な陰謀に巻き込まれたり、権力者の回りの微かな諍いから利益を引き出したり、或いは官憲の策謀を出し抜いてきた男であるから、代官の説明の端々から村の中には代官絡みの対立があるらしいことは感じ取っていた。


こんな小さな村では、そんな対立があるからと自分の商売に利用する気はなかった。

大した利益が見込めないのに、厄介事を抱える気はなかった。

それでも自分の身の安全を図るためにも、権力周辺の力関係を把握しておくのはオーガスタの習慣であった。


代官屋敷に着くまでの時間を利用して、代官派と村の有力者派の関係や、衛士隊と自警団新設の経緯などの大ざっぱな話をオーガスタは頭の中に入れた。

だが、そんな抜け目ない彼も、自警団の指導役としてルミィ・ツェルクがその任に着いたことは聞き逃していた。

それこそがオーガスタには一番重要な情報のはずであったが。


二人は代官屋敷に着くと、それぞれ別々に来賓用寝室をあてがわれた。

ところが、案内が済むとオーガスタはアーキンの部屋に荷物を運び込む。

オーガスタはアーキンの部屋のソファに寝ることにする。

大概のソファはアーキンには小さすぎるから、一緒の部屋に寝泊まりするとなれば、それが自然の決まり事であった。


仕事の間は、二人で常に行動を共に出来るようにする習慣を変えるつもりはなかったのだ。


「ようやく目的地か」とアーキンが呟くのが聞こえた。


「ああ、ここでカムワツレ王の使者を待つ。

ただな、あの代官はどうにも信用出来そうにない。欲深いようだし、金ですぐに裏切る手合いに見える。

そもそも、アスカ王国の保護にある村の代官であるというのに、カムワツレの使者を迎え入れるような便宜を図るというのが妙な話じゃないか。話だけだと何かの罠を疑いたくなるところだ。

その点については、代官の強欲さを見て納得がいった。

あれでは、形式的にアスカ王国の保護下というだけで、すでに魂はカムワツレ王国に売り渡したも同然だ。

村中を練り歩いてみても実感できたのは、観衆は怪物の毛皮とそれを退治したアーキンを見に来ているのであって、そばに立っていても代官に声をかけるのは商売の付き合いがある者だけだ。ほとんどの村人から慕われることはなく、むしろ嫌われているようだった。そんな代官のやり方が、このまま長続きするかは、本当のところは見物だ。

それに山賊退治の討伐隊を送り出したと言いながら、屋敷や役場の武装兵の数・・・・・それだけ反代官派への警戒が必要だということだ。

今度の仕事の報酬が莫大だから、わざわざここで何かをする気もないが、俺たちが何もしないでも遠からず一騒動起こりそうな雲行きだ」


「さっさと用事を済ませて村を出れば関係ない。怪物を退治したのはあまりいい結果じゃなかったな」


「いやアーキン、いつまでも語りぐさになる大事件だろうよ。

代官が倒されてその名が忘れ去られたとしても、森の怪物を倒した伝説の英雄アーキンはいつまでも語り草になるだろう」とオーガスタが笑うと、珍しくアーキンも笑みを浮かべた。


この鉄面皮が!とオーガスタはますます可笑しくなった。

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