第13話 闇の中 その3 義務と責任、覚悟と勇気

エディの亡骸のそばに膝を付きながら、ディアナは声を上げずに泣いていた。


よくよく考えてみれば、彼女はこの一日で兄を失い、父を失い、そして自分の家を失ったのだ。

生まれ育ったはずのこの村も、既に朝の出発前とは全く違った場所になってしまっている。


それでも感情を抑えようとしているディアナに「気丈だ」とルミィは感心していた。

自分ならそこまで落ち着いていることが出来たであろうか、と以前の別れについて思いを巡らしかけるが、今はそんな感慨に浸る余裕がないことを思い出す。


ディアナはそっと優しくエディの額に触れると、大きく息を吐いた。

それから、ルミィの方に向き直るが、その瞳には並々ならぬ決意の光が宿っていた。


「ルミィ、私はあなたに付いて代官屋敷に行くわ。誰にも止めさせない」


「いや、ディアナ、それよりも頼みたいことがある。ゴッドフリー達を呼んで来て欲しい」


「それは命令?」


「これは私の頼みだ。

連中は山賊どころの相手ではない。ディアナの身を案じながら闘うことは不可能だ」


「連中?・・・・・・・ルミィは怪物の所に行くんじゃないの?」


「連中のいるところには怪物がいるということだ」


「怪物より、その二人連れの方が、問題が大きいみたいな言い方ね」


ルミィはディアナとの間に状況認識の違いがあることを悟る。


「もちろん怪物の破壊力は誰にとっても脅威だろう。

だが、闘うことになれば、怪物よりも二人の方が脅威になるだろう。

村には『伝説の怪物』だったかも知れないが、人知を越えた妖怪変化の類いではなく、単に正体の知れない巨大な猛獣だったということを二人組が証明したのだ。

既にその仲間を二人組が倒して、その皮を剥いでいる。つまりは、いかに凶暴で残虐な猛獣であろうとも倒せることが分かったのだ。

猛獣には猛獣に対する処し方というものがあるだろう。もちろん手強い危険な相手には違いないが、私には例の二人の方が警戒の必要な相手だし、重要な任務でもある」


ルミィの言葉を聞いていたディアナには納得しかねる表情が浮かんでいた。

いや、納得どころか、怒りや反発に近いと言った方が良いであろう。


それを感じ取ったルミィは更に付け加えて説明する。


「ディアナ、君が猛獣を憎む気持ちは分かる。君の大切なものをほとんど奪い去った相手だ。

それに今なお村に恐怖をもたらしている。

だが、猛獣狩りだけでなく、近隣に並ぶもののない大悪党の二人組とも渡り合わなければならない。

奴等は私のことを知っているんだ。

私がいると分かれば返り討ちにしようとしてくるだろう。

怪物以上に二人を私が警戒しなければならない理由は、まさにそこにある。

そのような状況では私はディアナの安全まで注意を払うことは不可能だ。

私だけでは君を守れない」


「ルミィ、あなたの考えはお見通しだわ。

そんな理由を付けながら、私を追っ払おうとしているのよ。

心配しないで。私なら足手まといにならない!

あなたの負担にならないで勝手に死んでみせるわ」


「いや、ディアナ・・・・・・・

君は死んではいけない。生きて欲しい。

私にはクルツ氏にもゲイリーにも大きな借りが出来た。君だけは何としても護らなければならない。それは私にとって義務と言っても良い。

ディアナは私にも大事な存在だから、死なないで欲しい」


ディアナは黙ってルミィを睨み返してきた。

その瞳の中には復讐心だけではなく、真面目にに現実に対応しようという光が宿っていた。


「ここで逃げ出したら私は生きていけない。

あの怪物が村に来て、どうなったのかを見届ける必要があるの!それが私の務めだわ!

それが出来なかったら、生き残れても私は後悔だけの中に過ごすことになる。

ただ生きながらえるだけの人生なんて我慢できない」


昨日までは未熟な女剣士と思い込んでいたが、ディアナは悟りきったような表情で、大人びたことを言ってくる。


ルミィが思っていたよりディアナは遥かに大人なのかも知れない。

それは今日の出来事のせいなのか、既にそうであったのか、ルミィには区別できない。

ルミィはディアナのことを見誤っていたのだろう。


だがルミィは今、理解した。

ディアナの心境も、その覚悟の程も。


それでもなお、彼女を護りたかった。

彼自身、任務に失敗したことがあったし、多くの部下を死なせたことがあった。

恋人を護れなかったこともあったし、全ては苦く辛い記憶であった。

ルミィだって後悔を積み重ねては生きていたくはなかった


改めてディアナの姿をルミィは目に焼き付ける。

暗闇の中でもそれは彼に自分の気持ちに気づく。

ディアナのいない世界に価値はない。


彼女と違って、自分には未練が沢山ある。

それらを吹っ切ることは出来そうにない。

ディアナの覚悟には及びも付かない自分の未熟さなのであろうか。


そんな自分に出来ることは何なのだろう。


彼女の覚悟に対しては、自分の身を捨てるぐらいの覚悟を持たなくては敵わないだろう。


必ずディアナを護るのだ。


自分には悟りなどない。

ディアナの無事に執着する他に道はない。

それが彼の生きる術だ。


ルミィも心を決めた。


「それではディアナ、共に代官屋敷に向かうとしよう」


その言葉にディアナの身体から勇気がほとばしるのをルミィは感じ取ったが、自分と彼女、両方の未来を思い描く事は難しかった。

ただ一つ、ルミィの願いは彼女の未来を残すことだ。


その希望が、彼の勇気になるのだ。


クルツ邸から代官屋敷へは道が通じていたが、相変わらずルミィとディアナの先行きは闇に包まれていた。


それでも人生には進んで行かなければならない時がある。

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