第13話 闇の中 その2 惨劇
夜空の月明かり以外は暗闇だけが広がっていた。
その中から更に何かの物音が続いて聞こえて来る。
現在進行形で事件は継続しているのだ。
おそらく、その正体はもう分かっているが・・・・・
ルミィは立ち上がり、戸外の様子を窺いながら戸口に進んだ。
「待っていなさい」とディアナはエディを励ますかのように声を掛けると、ルミィのすぐそばにやって来た。
戸外に出てみると、通りの遥か遠くから物音は伝わって来ているようだった。
村の中に火一つ灯っていおらず、まさしく漆黒の闇が続く中から何かが砕けるような音が響いて来る。
「あれは?」
「代官屋敷の方だと思うわ」
「さっき、聞こえていた音とは場所も違うようだ」
「えぇ、音を出す正体が移動しているみたいね。怪物は村の中を移動して代官屋敷に向かっているのかも」
ルミィは注意深く辺りを見回したが、月と星以外には何も光は見えないし、他のどこからも音は聞こえてこない。
村中が息を潜めて、嵐をやり過ごそうとしているのか、それともエディのように死に絶えつつあるのか。
「独りで行く気なの」と困惑したようにディアナが聞いてきた。
彼女は心配げに、今は静かになったエディの方を気遣わしげに振り返った。
「あぁ、そうだ。
この状況から想像するに――何かとてつもない怪物がクルツ邸の屋根に立ち咆哮を上げた。村人は恐怖におののきながらも家に逃げ込み、灯りを消して息を潜めた。
だが怪物は屋敷の閉ざされた扉を打ち破って中に入り込むと、動くものの全てが鋭い爪や牙の餌食になった。それはクルツ邸だけではなく、辺り一帯の屋内でも同じような惨劇が繰り返された――そんなところかな。
隣の家に逃げ込もうとしたエディ自身はほんの一掻きされただけかもしれないが・・・・・・あの傷は・・・・・・・」とルミィは言葉を濁した。
ディアナはその言葉に弾かれたようにエディの側に駆け寄り膝を付いた。
彼女の膝元に横たわるエディには先ほどまでの気力も失われつつあるようだった。
命の灯火がここでも消えかかっている・・・・・・・・
「ディアナ、早く彼をゴッドフリーのところに連れて行け。猶予はない」
「そんなこと言ったって・・・・・・・ルミィはどうするの」
ディアナは立ち上がり、ルミィに詰め寄るかのように歩み寄ってきた。
「私は自分の務めとして代官屋敷に向かわねばならない。
代官邸は以前に招かれている。あの時はディアナも一緒だったか・・・・
だからディアナの案内がなくても私一人で行ける。
それに、そこには私自身が決着を付けねばならない相手もいるはずだ」
「だめ、独りでは行かせない!私も行くわ」
「だめだ。彼の手当が先だ。それに、自警団の団員で怪我のない者を呼んで来て欲しい」
「エディは・・・・・・無理よ。手遅れだわ・・・・・・傷が深すぎるわ・・・・・
それにゴッドフリーが彼にかかりきりなら、自警団であなたの助けになる人なんかいないわ。分かっているでしょう!」
エディの話をまとめれば、怪物が現れる数刻前に、怪物を倒したと毛皮を剥いできた二人組が屋敷を訪れた。
まだ剥いだばかりの毛皮は見たこともないほど黒く巨大な物であったという。
だが、村人にはもちろん分かった。
それは伝説の怪物のものである、と。
噂を聞きつけた代官の使者も、実際にクルツ邸を訪れた代官自身も、その毛皮の姿に驚嘆するほかなかった。
それから二人を代官屋敷に招待し、連れ出した。
迎えの馬車は以前にルミィを乗せたように、二人組を乗せて代官邸へ向かう。
毛皮の方は三台の台車を繋げた上に広げて、その偉業を誇示しながら進んで行った。
おそらくは元々の来賓であることもお互いに直ぐに了解したであろう。
ルミィが得ている情報では、二人組が訪れることは前もって代官にカムワツレ王国から知らされている。
大事な取引先の国王だ。
代官は最大限の便宜を図るであろう。
アスカ王国への忠誠など、何の足しのもならない。
二人組は、アスカ王国から盗み出した宝剣を、代官の元に訪れるはずのカムワツレ王国からの使者に秘密裡に渡すことになっているのだ。
宝剣を取り戻すという使命を帯びたルミィ・ツェルクからすれば、この村にそれが存在しているのならば、義務を果たすべき時が来たということになる。
盗み出された宝剣は代官屋敷にある。
遂に任務を果たす時がやって来たのだ。
だが、逸る気持ちを抑えて、自分の推測をディアナに説明する。
「怪物の仲間、多分、そのつがいか子供の毛皮が村に持ち込まれたのだろう。
残された怪物が復讐にやって来たというのが私の考えだ。匂いを辿ってきたのなら、毛皮が持ち込まれた屋敷に向かうのは理に叶っている。
お披露目に毛皮を載せた台車が村中を練り進んだとなれば、怪物が村中に怒りを向け復讐の牙を剥いたとしても、十分にありうる話だ」
「だとすると、私の家族は巻き添えになっただけじゃない!」
「怒りと復讐心に燃えた怪物の通り道にいたのだ。厄災の通り道だった。
台車が通った場所、毛皮を興味本位で触ったり確かめたりした者も匂いをそこら中に広げていったことだろう。
おそらくはディアナ、君の家族ばかりが嘆いている訳ではないぞ。
どのように匂いを辿って向かっているのか、怪物の通り道は私たちの理解出来るものではない。
息を潜めているだけでなく、いろんな場所で、多くの者の息が絶えているだろう。
あの二人組は元々存在自体が厄災みたいなものだったが、今度はとんでもない災いとともにやって来た・・・・・・」
と、それまで昏倒したかのように静かだったエディが呻き声を上げた。
すぐそばにルミィとディアナがいると分かるとホッとしたように息をついたが、それでも恐ろしげな何かに追われるような切羽詰まった表情が月明かりに浮かび上がる。
「良かった、・・・・・一人っきりでは逝きたくない」
ルミィが彼を抱き上げると、息を潜めた悲鳴が上がった。
エディは追い詰められたような焦りの顔でディアナを探し求め、彼女の手を必死な様子で握る。
その必死さに反して弱々しい手の力に、ディアナは声も上げられなかった。
さっきも彼女を求めてきた手だったが、あの時でも弱々しく感じた力が正しく消えてしまいそうだった。
「お嬢様、・・・・・・私はもうダメです・・・・・・あれと争ってはいけません・・・・・・どうか、どうか、お逃げ下さい・・・・・・・人の力では・・・・・どうにもならないものです・・・・・・」
そう言うとエディは小さく咳き込んだが、息と共にゴボゴボと血液が溢れ出す。
その咳が止むと、彼の息はそれっきり止まってしまった。
「ダメよ!ダメ、エディ!息をしてちょうだい。まだダメよ!」
彼女は抑えた声ながら、必死にエディを呼び戻そうとした。
だが、ディアナの父親と同様に呼び戻すことは出来なかった。
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