第12話 クルツ邸 その3 殺戮
ルミィとディアナの足音が邸内に響き渡るが、反応する物は一切ない。
どうやら嵐はとうに過ぎ去り、この屋敷に残されたものは僅かばかりの命だけなのかもしれない、とルミィは悟った。
そんな風に考えていると、ディアナが急にしゃがみ込み、足元の何ものかを抱き起こす。
「ディ・・・・・ディアナ・・・・・・・」
うめき声ともため息ともつかない音の中に、微かに彼女の名前が聞き取れた。
「お父さん」とディアナは呻いた。
「無・・・・・事・・・・・・だった・・・・か」
「ええ、お父さん、ディアナは無事です」
彼女は声を出さずに泣いていた。
懸命に感情を抑えているのが傍からも分かった。
「おまえが・・・・・・無事で・・・・・・・・・・・・良かった。
・・・・・・・・・・・・・思い残すことはない」
ルミィも思わず膝を付いた。
「クルツ殿、残念ながら息子さんは」と彼が言いかけたところで、瀕死の老人は手を伸ばしてルミィの胸ぐらを掴もうとしながら「ツェルク殿!・・・・・・娘を頼みましたぞ!・・・・・・・・・」と喘ぐような息の中で辛うじて聞き取れる声を絞り出す。
命の火が消えかけた身体に、まだこれほどの明確な意志が残っていることがルミィを怖れさせる程である。
だが、老人は更にもう一声喘ぐように吐き出す。
「奴らは来ていますぞ」
「奴ら!」
その一言に衝撃が走る。
いや、「奴ら」のことなどクルツ氏は知らないではないか、と考え直そうとする。
「エディから聞きました、あなたが待つ奴らのことを!」
「奴らにやられたのですか」と聞き返すルミィに老人は反応せず、もう一度愛娘に手を伸ばす。
ディアナは慌ててその手を掴んだ。
「思うままに生き・・・・・・・・幸せになれ。
死んでは・・・・・・・諦めてはならん」
一瞬、命が燃えさかるように力強くディアナの手を握り返してきた老人の腕は、それだけ言い終わると、急に力を失った。
「お父さん、お父さん」
ディアナが抱きしめながら呼び戻そうとしたが、去り行く炎がもう一度輝きを取り戻すことはなかった。
クルツ氏はそのまま命の灯火を消し、残されたのは彼の遺骸だけであった。
ディアナの囁くような嘆きが邸内に静かに響く。
「ディアナ、まだ完全に危険が去ったわけではない」
ディアナは身を起こし、ルミィに涙が溢れる目を向ける。
「あの二人組がやったの?」
「分からない。・・・・・・・・だが、いかに凶悪な連中だとは言え、ここまで無道なことをやる理由がない。
手段を選ばない凶悪な二人だが、必要のないことまでしない連中だ。
こんなことをやる理由が見つからな」
「だとしたら・・・・・・・・」
「何か思い当たるのか」
「森の怪物」とディアナは、自分の言葉を耳にするのを恐れるかのように囁く。
ルミィも覚えていたが、目の前の惨劇とは結びつける気にならずにいた。
訳が分からないからと、得体の知れない噂に飛びつけば却って良い結果にならない、というのがルミィの経験上の考え方だった。
だが、今の目の前に拡がる惨たらしい現実は、それ以外の説明があるのだろうか。
ルミィには信じられない。
「怪物が森から出たということは過去にあったのか。村まで襲いに来たことがあったのか?」
ディアナは首を振る。
「でも、あんな風に扉や壁を壊して、中の人間を殺戮し尽くすなんて、人のすることには思えない。現実に起こり得ないことじゃない」
彼女の言う通りであった。
人のなせる技ではなかった。
と、その時、再び何かが崩れ壊れるような音が遠くから響いてきて、その後に地から響いてくるような咆哮が耳だけでなく前進に伝わってくる。
「これか」とルミィが言うと、ディアナは頷いた。
俄には信じがたい話だが、それこそが今直面している事態と辻褄が合う。
怪物を念頭にこの先の行動を決めていかなければならないのか、とルミィが頭を悩ませながら立ち上がろうとすると、その腕をディアナが掴む。
ルミィが問うようにディアナに顔を向けると、彼女は反対側の戸口を指さした。
その戸は壊れていなかったが、開け放たれたままになっていた。
ルミィ達が調べたのとは別の側にある戸だから気づかなかったのだろうか。
いや、だとしても何故壊された訳でもないのに開け放たれたままになっている。
誰かが開けたのか?
その扉の近くまで行き、二人は月明かりに照らされた地面に目を凝らす。
次にしゃがみ込んで気になった部分に手を伸ばした。
「おそらく血の痕だ。手傷を負った人間がここから出たと考えるべきだろう」
血液と一緒に、地面の上を重いものを引きずったような痕もある。
つまり手負いの者が身体を引きずって外へ出たのだ。
ルミィの後をディアナは付いて来た。
二人は血で濡れた、何かを引きずるような痕を追って進む。
月明かりだけなので探索はそれだけ難しかったが、苦労は長く続かなかった。
血痕の原因はそれほど遠くまで行く力を残していなかったのだ。
そこには、一人の男が伏せるように倒れていた。
ルミィが膝を付いて抱き起こすと、それはまさに店番のエディであった。
「エディ」とディアナは声を掛けた。
「あぁ、お嬢様!」とエディは弱々しく返事をしてきた。
「恐ろしいことが起こりました。とんでもないことが起こりました。もう、村は終わりです」と彼は声を抑えながら涙を流す。
「エディ、大丈夫。私は帰ってきたわ」
だが、エディは痛みを堪えるようにしながら首を振る。
「とんでもない。お嬢様、逃げて下さい。とんでもないことです」
「大丈夫よ、エディ。私はここにいる。何があったのか教えてちょうだい」
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