第11話 血戦 その3 ゲイリー
デニムの方はと言えば、無謀な攻撃を仕掛けてくる男・ゲイリーと腕の中の虜・ディアナとの関係など知る由もなかった。
たとえ見抜いていたとしても、デニムがするべき事は変わらない。
デニムはゲイリーの振りかざした剣を、自らの剣で払いのける。
そこからデニムの剣は素早く動き、払いのけられた剣を持つ腕までも切り裂く。
続いてその剣は、ゲイリーの腕を切り裂いたままの勢いでゲイリーの腹部に突き通された!
「ゲイリー!」とディアナが声を上げるのと、ルミィが叫ぶのとはほぼ同時であった。
ディアナは自分を掴んでいる腕を振りほどこうとしたが、デニムの腕は万力のように彼女を押さえ込んでいる。
ここまでの一連の動きは流れるように進み、ゲイリーが斬り込もうとしてから一瞬の出来事であった。
デニムにすれば、無様に切り込んだ無謀な男を切り払ってしまえば、すぐに元の体勢に戻る――ディアナを人質としてルミィに抵抗を諦めさせる――はずだった。
刺し貫いた剣はゲイリーには致命傷を与えるや、即座に引き抜かれ、デニムがすぐに抱え込んだ人質の首筋に当てられるはずだった。
ところが、その剣を持つデニムの腕がゲイリーによってしかと掴まれている。
ゲイリーは自分の腹に刺さった剣を持つ相手の腕を、自分の両手を使って掴んでいるのだ。
片方の腕は既に切り裂かれ、血が止めどなく流れ出している。
更に腹部の傷は致命的な傷となり、ゲイリーの命は失われようとしているというのに、その腕に残された力はデニムが振りほどこうとしても離れない。
「そんな馬鹿な」と怖れを知らぬ男は愕然とする。
倒したはずの相手によってデニムは剣を持つ手の自由を奪われているのだ。
片手には人質を捉えているのに、残った腕は倒した相手に捕まえられている。
つまりは両手が塞がれた状態である。
この瞬間を見逃すようなルミィではない。
ルミィはあっという間にデニムとの間合いを詰めてきた。
こうなってはデニムに選択肢はない。
デニムはディアナを離し、左腕でゲイリーを押しのける。
ゲイリーは急激に力を失ったかのように、押しのけられたまま後ろに崩れ倒れた。
ディアナは「ゲイリー!」と叫びながらも、脇に避けてルミィの邪魔にならないように離れた。
先ほどとは打って変わって、ルミィは千載一遇の機会にも冷静であった。
慌ててデニムが体勢を立て直すのも、鋭く剣先を自分に向けて振り下ろしてくるのも、全てが予想通りと見切っていた。
ルミィはそのデニムの振り下ろす剣先をほんの間一髪でかわしながら、少しも突進の速度を緩めずに自分の剣を振り抜いてみせる。
一瞬の勝負であった。
ルミィは駆け抜けると同時に振り返り、勢いそのままにデニムが倒れるのを見届ける。
それからゲイリーの元に急ぎ、その膝を付き、彼の顔を覗き込む。
ディアナもすぐに駆け寄ってきた。
「ゲイリー、ディアナは無事だ。あなたの手柄だ」と叫びながら、ルミィはゲイリーを抱きかかえる。
ディアナもすぐにゲイリーのそばに跪く。
「ゲイリー兄さん!」と、彼女は彼の首にしがみついた。
ゲイリーはディアナを見ると、その瞳を一瞬煌めかせてなにか言おうとしたが、すぐにその目は光を失い、全身の力が抜けていった。
「ゲイリー!」と彼女は嗚咽の声を洩らす。
もはや息のないゲイリーをルミィはそっと横たえる。
その彼にディアナが泣きつくのを横目に見ながら、ルミィはそっと脇にどく。
彼女の泣き声を聞きながら、ルミィはぎゅっと目を閉じ、戦闘がまだ済んでいないことを己に言い聞かせながら立ち上がり、周囲を見渡した。
ディアナとゲイリーの別れの時間を、誰にも邪魔はさせないと思いながら。
只でさえ押され気味だったのに、デニムが倒されたことで一気に山賊達は戦意を失っていた。
賊共は立ち向かう動機を失い、生き残った者達は遂に逃げ始めたのだ。
勝った!
だが、少しも喜べる状況ではなかった。
ルミィが団員を集めて確認すると、別にもう一人の団員が深手を負っていた。
その男は仲間の手によってルミィの元に運ばれてきたが、既に虫の息であった。
ルミィはゴッドフリーを急いで呼びに行かせた。
報せを聞いてゴッドフリーはすぐに馬を駆ってやって来た。
だが、彼はゲイリーともう一人の団員とを診ると首を振った。
ゲイリーは既に絶命していたし、もう一人も既に手の施しようもない状態だったのだ。
仲間を失うことは、過去のルミィにとって決して希有なことではなかったが、まだ玄人とは言えないような者を死なせたことは全く違って感じられた。
他の者を守るべき立場だった自分なのに救われた。
自分の力が及ばなかった、という後悔だろうか。
自分はゲイリーに救われたのだ、という事実は認めるほかない。
ただ妹を救うために後先を考えずに取った行動は蛮勇でしかなく、決して誉められたものではない。
だが、その無謀な行為こそがディアナを救い、ルミィを勝たせてくれた・・・・・
結果的に多くの命を救ったのだ。
あの時、ルミィは自分がどうすれば良いのか分からなかった。
それどころか、敵の命じるままに武器さえも捨てようとしていた。
それに対してゲイリーは自分に可能な最善の努力を、犠牲を顧みず、迷いもなく成し遂げた・・・・・・
このような状況は今後も起こりうる。
剣の腕前とは別に自分に足りないものが何であるのかを突き付けられたような気がするのだが、その答えは未だにルミィには見当も付かないのだ。
分からないままであれば、次に自分の大切な者に危機が訪れた時に、その者を失ってしまうのではないだろうか・・・・・
ディアナは涙を流しながらも、懸命に悲しみの押しつぶされまいと耐えている様だった。
自分はクルツ氏との約束も果たせなかったのか、とルミィは気づいた。
ゲイリーは死んだのだ。
ルミィは約束を守れずにおめおめと帰る自分が情けなかった。
自分がどれほど未熟で見通しが甘かったのか思い知らされた気がした。
果たして、血戦に挑んでしまった判断が正しかったのかどうか――結果からだけ判断するならば失敗だったのだ。
そう思い返せば悔いが残る。
この時にデニムを討ち果たしたことの意義をルミィ自身はまだ知りようもない。
首領のくびきを失った山賊共は、そのまま散り散りに森を去って行き、結果的にルミィ達は山賊退治に成功してしたことになる。
だが、たとえそれを知らされたとしてもルミィの心は晴れなかったであろう。
それに生き残った自警団の面々も、ゲイリーと仲間を失ったことで、生き残った以上に辛い想いをしていくことになるのだろう。
戦いとは所詮こんなものなのか・・・・・・
厳しい状況を切り抜けることには成功したが、犠牲が大きすぎる。
三十名の仲間と出発し、最初の待ち伏せで九人が犠牲となり、今また二名が命を落としたのだ。
自警団の三分の一以上が失われ、残りの三分の一が怪我を負っている――既に戦う集団とは言えない。
最初から戦う集団には至っていなかったし、緒戦の被害を出した時点で既に戦い続ける状況ではなかったのだ。
血戦の前から戦える集団ではなくなっていたということだ。
出発したこと自体が間違っていた。
ようやくルミィは一つの結論に達する。
代官の罠に応じる必要はなかった。
なのに、身を呈して止めなかったのは、自分に対する驕りか、それとも自分の力量を他者に認めさせたかったからなのか。
「馬の背」のたもと、自警団の面々はようやく暫しの休息を取る。
任務が成功したことを知らない彼らは、損害の大きさに唖然としながら、生き残れたことに感謝した。
だが、喜ぶことさえ罪悪のように感じられる時もある。
「ゲイリーは命を賭して、あなたを救ったのだ」とルミィはディアナのそばに近寄ると慰めの言葉をかけた。
だが、ディアナには兄が状況も把握出来ずに、闇雲に突っ込んできたことが分かっていたから、ルミィの言葉に簡単には同意してこなかった。
「兄は何も分からずに猪突猛進した愚か者です。どうしてそんな行為を讃えることが出来ましょう」
「いや、だが彼はあの時、見事にあの男の腕を掴んだ。刺された身でありながら、剣を持つ相手の腕を押さえてしまうとは、並大抵の覚悟ではない。
ゲイリーは勇者だった。
それに比べれば、あの時、何も出来なかった私は臆病者でしかなかった。あのままであれば、私が取ろうとした行動は、間違いなく最悪の結果をもたらしていたはずだ。
ゲイリーはそれを救ってくれた」
ディアナはその言葉には何も答えず、ただ涙するばかりであった。
日は既に森の陰に隠れ、夕闇が迫りつつあった。
気温も下がりだしており、いつまでも悲嘆に暮れている訳にはいかない。
「村に帰り、報告しなくては」とルミィが皆に告げる。
それに、暗くなっても長居していること自体が、この森の近くでは危険なことこのうえない。
この場所は森の北側なのだ。
今朝は、どうやって生き残って戻ってくるかの算段をしていたというのに、夕方になってみればどうだろう。
生き残れたというのに、こうまで気が重い帰路を歩んでいかなければならないのだ。
人間にはほんの僅か先の未来さえも予想が付かない。
そんな運命の苦みを噛みしめながらも、今はイズノ村への道を進む他ないのだ。
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