第11話 血戦 その2 ディアナ
ルミィにはデニムの腕前の程が判る。
今のディアナでは敵わぬ相手だ、と。
どうにもならない相手に対する選択は一つしかない。
彼はもう一度警告するように叫んだ。
「離れろ!」
だが、ディアナは聞いてはいなかった。
ここぞとばかりに自らの剣を振り下ろす。
応ずるデニムの方は巧みであった。
ディアナの攻撃はかわされ、デニムは素早くディアナが騎乗する馬に身を寄せる。
反応する間もなく、ディアナは鐙に乗せた脚を取られた。
あっと思う間に彼女は引きずり落とされる。
驚いた馬に彼女が蹴られなかったのは幸運以外の何物でもなかったが、事態は最悪だ。
デニムはディアナを羽交い締めにすると、彼女の細い首に剣を当てた。
ディアナは動きを止める。
「さっさと剣を捨てろ」とデニムはディアナを後ろから抱え込んだまま怒鳴った。
ルミィは思わず二歩三歩と足を前に進み掛けたが、ディアナの首筋に剣が当てられているのを目にして凍り付く。
恐怖の始まりであった。
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ディアナにすれば痛恨の事態どころではない。
一生の不覚だった。
山賊の親玉がこれほどの腕前だとは思いも寄らぬ事だった。
不用意な自分の攻撃が、こうも状況を一変させてしまうとは――。
自分のせいで新たな犠牲が生まれることはディアナにとっては本意ではない。
以前にルミィに告げた言葉が脳裏を過る。
「自分の始末くらい自分で着ける」
それを思い出すと、悪逆非道な男の腕の中で運命が尽きようとしていることも少しも恐ろしくはない。
覚悟は出来ている、とディアナは傲然と頭を上げた。
その視線の先にある蒼ざめたルミィの顔があまりにも意外であった。
ルミィは凍り付き、呼吸だけでなく血流さえも停止しているかのよう見える。
自分の覚悟を今こそルミィに伝えることが出来たなら、とディアナは無念を感じる。
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獲物を捕らえたデニムはまさに歓喜と興奮の渦中にあった。
そう、これほどの悦びがあるだろうか。
あの男の前では自分の運命が断たれようとしていた。
そんな不利な状況が一気にひっくり返り、自分が再び支配権を握ったのだ。
あいつは腕の中の小男を(彼はディアナが女であることにまだ気づいていなかった)見捨てることが出来ないのだ。
馬鹿な男だ!
自分より腕の立つ男だと言うのに、一人を見殺しに出来ないばかりに自らを支配されようと言うのだ。
生殺与奪権は自らの手の中にある。
全ての決定権は自分が握っている!
震えが来そうな程の悦びである。
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乱戦ともなれば、周囲で何が起こっているのかを一人一人が把握することは事実上、不可能である。
あちこちで斬り合いが続いていたが、ルミィが指導した三対一の戦法は有効に機能していた。
三対一に出来ない場合は騎馬を組で動かし、有利な状況になるまで動き回る。
思い通りに三対一になったなら、一気に勝負をかける。
そうやって手が空いたなら、他の苦戦しているところの援護に回る。
一気に相手を打ち破るような蛮勇は不要なのだ。
こうした戦法の積み重ねが、徐々に自警団の優勢を明らかにしつつあった。
何よりも怪我人をゴッドフリーに任せることが出来たからこそ、山賊の数を上回る団員を戦闘に専念させることが出来たのだ。
人数の点で最初から優位だった上に、ルミィとディアナのような手練れが突撃から早々のうちに数名を斬り伏せてしまったので、三対一の戦法は十分に機能することが出来た。
事態は優勢のうちに推移していた。
最初からデニムがルミィに狙いを定めたのは、山賊達には不利に働いたのかもしれない。
デニムが団員の何人かを初っぱなに斬り伏せてみせたなら、三対一どころではなく、戦闘経験のない団員の士気を保つことが出来たのかどうか。
ゲイリーは自分の相手が落馬したのを見て、一息ついた。
三人組の他の一名が落馬した男にとどめを刺す。
ゲイリーが周囲を見渡すと奇異な、ある一区画の動きが妙に写った。
いや、動き回る皆の中で、その場所の三人だけが動いていないのだ。
その三人に目を凝らしてみると、予想外の光景が見える。
ゲイリーの視線の先にいるのは、男に囚われて剣を首筋に当てられている妹であった。
何が起ころうとしているのかは想像がつく。
ゲイリーは自分の馬に一蹴り入れると、猛然と二人のところに向かった。
三人一組の戦法のことはきれいさっぱりと忘れていた。
そのままゲイリーはディアナと賊がいるところまで馬を走らせると、二人のすぐそばで馬から降り立った。
恐るべき事にゲイリーは何も考えていなかった。
妹のためになんとかしなければと信じるままに身体が動いていた。
ルミィの方を振り返ることもなく、ただ剣を抜くと、そのままデニムに向かって行ったのだ。
ゲイリーには周囲で起きていることはもはや見えなかった。
ただ、囚われの身の妹を救おうという単純な一念しかなかった。
妹が人質になろうとしているとか、ルミィが異常なまでにその状況を怖れ、何も出来なくなっているとか、そういった一切が見えなかった。
何も状況を理解しないまま、蛮勇で突っ込んでいったのだ。
「妹を救わなければ」という信念しか、そこにはなかった。
もしもゲーリーが相応の腕の持ち主であったなら、デニムはディアナを盾にしたであろう。
そんな必要の無い相手であることは、その無駄の多い動きから見抜くのに、デニムには造作も無かった。
ゲイリーの攻撃など、何の脅威にもならないことをデニムは瞬時に理解した。
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