第11話 血戦 その1 ルミィ
森を出る前にルミィは片手を挙げて、再び全体に止まるように合図した。
ディアナのところに近寄ると「その森から出た先を偵察してくる」と告げた。
いつの間にかルミィは指揮官と誰からも認められるようになっていたが、彼が不在となれば副官と見做されているディアナが自然と指揮を任されるのだ――兄のゲイリーではなく。
馬を降りたルミィは身体を低くしながら茂みの中を進んでいく。
偵察を自らが行うのは、そうした訓練を施した団員がいないからである。
間違った状況判断を報告されれば間違った決断を下すことになる、というのが常日頃からのルミィの信条であった。
そのルミィが木々の隙間から外を見通そうとすると、そこには予想外の光景が展開していた。
外には丘が見え、その近くに山賊集団が集まっているのだ。
彼らは間違いなくルミィ達を待ち伏せしている。
ルミィは素早く敵の待ち構える様子を観察し、その意図を推測する。
どうやら山賊は南北に細長い丘の陰に潜み、西の森から逃げ出してくる者に不意打ちを食らわせようとしているのだ、と。
実はルミィ達は、デニムの予想よりも早く坂を下り始めていたので、平原のかなり南寄りの場所に出て来ていた。
そこは森がまだ街道からそれほど離れておらず、平原と丘の南側に位置している。
おかげでルミィは丘の東側に陣取る山賊達を存分に観察することが出来るのだ。
ルミィから見て左前方にはなだらかな平原が拡がっている。
連中はそこでの決着を望んでいるのだ。
状況をすっかり把握すると、ルミィは静かに自警団の方へ引き返す。
敵の意図を見抜いた以上は、その情報を生かせれば優位に戦うことも可能になる。
その上で、「戦うべきか、退くべきか」を決めなくてはならない。
ルミィは音もなく静かに仲間が待ち受ける場所に戻った。
そこで仲間を集めて囁く。
「奴らがいる」
ルミィの言葉に団員達は――ディアナやゴッドフリーまでもが――衝撃を受けたようだった。
「奴らは我々が西から現れると信じて待ち伏せしている。平原を突っ切って街道に向かってくると予想しているのだ。
早めに方向転換して斜面を降りてきたのが功を奏したようだ。
このまま森を直進して攻撃すれば、奴らの左翼に出て、不意を突くことになる。
今度こそ本当の奇襲になる。
しかも敵は十騎に過ぎない。敵のたのみは我々に奇襲をかけること。
だが我らは十四騎、こちらの方が反対に不意打ちをかけることが出来る」
ルミィの言葉に団員の士気が上がるのが感じられる。
だが、そのルミィにも「怪我人をどうするか」については迷いがあった。
それを素早く察知したのであろう「負傷者は私がここで守っていよう。残りの全員で攻撃に当たってくれ。彼らのことは私が責任を持って守ろう」とゴッドフリーが進んで申し出た来た。
ゴッドフリーの方から申し出てくれたことは本当にルミィにはありがたかった。
突撃するとなれば、ゴッドフリーの腕前が是非とも欲しいところであったが、怪我人を置いていくわけにもいかなかった。
「とすれば、十三騎での突撃だ」
ルミィは仲間を周囲に近寄らせた。
「声を出さずに聞け」と彼は言った。
「森の端まではこのまま手綱を引いていくが、そこで騎乗、抜剣の上で私の合図と共に、突撃する。私の後に続け!
敵はこちらの動きに攪乱され、四方に部下を向かわせた結果、ここに待ち伏せ出来る者が十騎しかいないのだ。我々の作戦上の勝利を、この乾坤一擲の突撃で完全なる勝利にする。
この一戦で我らの運命が決するのだ。
この戦いは命のやり取りになる。温情無用、覚悟を決めろ!」
口から出任せではあったが、真実からそれほど遠い訳でも無い。
ルミィの言葉に団員達の意気込みが肌で感じられるほど高まっていた。
「あとは、我らの天命だ」とルミィは自分に呟いた。
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山賊の首領デニムは獲物の登場が待ち遠しかった。
獲物が策に嵌められたことに愕然として希望を失っていく様を見るのは、デニムにとってはこの上ない悦びなのだ。
自分の支配が相手の心身の隅々にまで及ぶその瞬間こそが、デニムの無情の快楽なのだ。
それは鬼神のような腕前を振るっていたあの男でも同じ事だ。
むしろ腕の立つ相手であればあるほど、その失意の表情を見るのが好きなのだ。
それに剣術に関しては、デニム自身も相当な腕前である。
その上、恐怖というものを知らない男は相打ちを怖れることもない。
怖れ知らずで危険を顧みずに、際どい間合いでも平然と斬り込む。
いかに腕に覚えのある相手であっても、死を覚悟したかのようなデニムの攻撃には戸惑う。
不意を突かれて混乱したところに切っ先鋭く攻撃を繰り返せば、これまで多くの手練れとされた者達も、デニムの剣の餌食となってきた。
デニム自身からすれば剣で相手にとどめを刺してしまうのは愚の骨頂で、戦闘力を無くさせて生け捕りにするのこそが、成功なのだった。
戦いの後のことを想像するだけで異様な興奮がデニムを包み込む。
その期待感を少し鎮めるかのように、デニムはそっと草むらに身を横たえた。
デニムが何をしようとも、その一挙手一投足に一々緊張し、彼を恐れながら周りに侍る部下を見るのもデニムには悦びであった。
敵が森を抜け出してくるのには、もう少し時間があるとデニムは予想していた。
それまでの時間は部下の恐怖心を堪能できる・・・・・・
その瞬間、森から喚声が上がった。
丘から離れた南の森、つまり平原の南の端からである。
デニムには全くの予想外の出来事だった。
しかも全く予期していなかった方向である。
デニムには珍しく驚愕していた。
本能的に身を固くし、少しの間、状況を見定めようとするかのように動けなかった。
だが、僅かの間にデニムは悟った。
よりによって自分が奇襲を受けてしまったのだ、と。
なんという屈辱か、と。
デニムは怒りに身を震わせつつ立ち上がり、自分の馬に飛び乗った。
「迎撃せよ!」と憤怒の叫びを上げた。
全てを統べることを許されているのはデニム以外にあってはならないのだ!
突撃の先陣を切っているのは、あの男だった。
本能が彼に告げていた。
あれは自分が相手しなくては!
自分の獲物だ!
自分が倒さなければ総崩れになる、と。
デニムは自分の馬に鞭を入れた。
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先陣を切るルミィに続き、騎馬の団員達が山賊が待ち伏せしていたはずの丘の陰に突撃をかける。
不意打ちの衝撃で茫然自失状態となった山賊共は、デニムの叱咤に慌てて馬に飛び乗ったが、そこで早くもルミィが向かってきて剣を一閃させた。
その一振りで二人の男がうめき声を上げながら馬から落ちていく。
ルミィ以外は三人一組となり、相手が十分な体勢にならないうちに攻撃を加える。
次々と山賊共が討ち取られ、数の上での優位は圧倒的になりつつある。
と、ルミィは山塞での戦闘の際に見咎めた男が猛然と自分に向かってくるのに気がついた。
「あの男を止めなくてはならない」とルミィは本能的に悟る。
彼もまた馬を男に向かわせる。
両者は勢いよくぶつかり合うように攻撃を加え合い、互いにその剣を受け止めた。
そのまますれ違うと、すぐに馬を返して距離を詰め合い、再び激しく剣を交える。
お互いに馬を寄せ合い、剣を交えること数合、ルミィは相手の実力を見極めた。
手強いが、どうやらルミィの方が剣の技において優っているようだ。
ただ、勝負においては馬の質でルミィが不利だった。
追い込んだと思った時には馬が相手に寄っていかなかったり、それとは逆に不利を悟る相手の馬が身を翻すように距離を開いたりと、馬の反応が思うに任せないのだ。
ルミィにすれば勝ちを決め切れずにもどかしい戦いである。
そんな勝負もついに勝利の女神がルミィに頬笑んだかに見えた瞬間が訪れる。
ルミィの鋭い攻撃を受け損なったデニムが体勢を崩す。
まさにその瞬間、狙い澄ましたように鋭い一突きがルミィから放たれた。
だがその相手、デニムにしても並の剣客ではない。
受けきれないと咄嗟に判断するや、馬から転げ落ちるようにして飛び降りて、間一髪でその突きをかわしてみせる。
すかさずルミィは馬を駆って第二撃を加えようとするが、馬の反応は鈍い。
馬はその場で向きを変えただけで、落馬したデニムとの距離を詰めようとしない。
その隙にデニムは立ち上がり武器を拾い上げる。
それでもデニムの馬は遠くに駆けてしまっていて、すぐには呼び戻せそうにはない。
ルミィの方は、自分の馬が言うことを聞かずに動こうとしないのに、一瞬頭に血が昇った。
「ここで勝負を付けなくてはならない」
決意したルミィは素早く馬から降り立った。
デニムはそれを見ても、不敵な笑み浮かべた。
ディアナが――彼女は離れたところでルミィが馬を降りたのに気づいたのだ――加勢しようと自分の馬を駆る。
ディアナの方が、ルミィとデニムとが相対するよりも早かった。
ルミィが叫ぶ。
「ディアナ、やめろ!」
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