第10話 森の中 その3 覚悟

団員の誰もがディアナの腕を認め、彼女に一目置いていた。

そのディアナが意気軒昂であれば、自然と他の団員の士気も高まろうかというところである。


だが、団員が士気を取り戻しつつある理由はそれだけではない。


ルミィ自身は気づいていなかったが、先刻の戦闘での鬼神のごときルミィの戦いっぷりは団員たちに彼への信頼を与えていたのだ。

それほどまでにルミィの剣の技は冴え、凄まじいまでにその威力が発揮されていた。話に聞いたり稽古での様子を見たりするだけでは窺い知れない恐ろしいまでの手練れっぷりは「百聞は一見にしかず」を地で行くものであったのだ。


状況は少しも好転した訳ではなかったが団員の戦意は回復しつつあった。


ただ一人、ゲイリーだけは大損害を出してしまったことで指揮官としての責任を痛感して気に病み、これから先もどうすれば良いか見当が付かないせいで意気消沈しているようであった。

ルミィはそれに気づいていたが、指揮官としての自覚を促す上では必要なことと黙っていることにした。


一行はゆっくり静かに森の中を進んでいた。

周囲には細心の注意を払いながら進んで行く。

怪我人を乗せた馬とその馬の引き手に歩調を合わせていたから、その歩みはゆっくりとしたものにならざるを得なかった。


近くで馬のいななきと茂みを掻き分ける音がした。


ルミィは片腕を挙げて停止の合図をする。

全員がルミィに従い、その動きを止めた。


ルミィはゲイリーの方を振り返ったが、彼は放心したように宙を睨むばかりであった。

そこで傍らにいたディアナに「そのまま待つように」と囁くと、彼女が身振りで団員に合図をした。

全員がディアナの合図の意味を理解したようで、静かにしている。

その様子を確認するとルミィは馬を降り、そっと脇の藪に潜り込んだ。


そこからは姿勢を低くして、這うかのようにして音の方へと静かに進んで行く。

音を立てないように慎重に藪を開き、そっと進む。

太い枝などが不用意に折れて音を立てないように、枝を押しのけて身体をその間隙に入れる。

静かに僅かずつ分け入って行くと、茂みの切れ目が見えてきた。

そこも獣道になっているようだった。


身を隠しながら茂みの間隙から覗くと、そこには二騎の追跡者がいた。

彼らは周囲にそれほどの注意を払わず、馬に騎乗したままで話し合っていた。


逃げる相手よりも、自分達がどう進んで行くかの方に神経が行っているようだった。

これでは偵察の意味がない。

だが、彼らにしても森の北側を進むことに怖れがあるのだ。

怪物に出くわせば、命令どころではなくなるのだから。


先程まではルミィ達が音を立てて進んでいたはずなのだが、森の中を進んで行く困難さから、この追跡者達は自分たちの立てる音には無頓着で、その上、周囲に神経を張る余裕はなくなっているのだ。


ルミィは鞘を払うと、躍り上がるように彼らの前に飛び出した。

その出現に驚く馬のそばに身体を寄せると同時に一人目の男の太ももに素早く切りつける。

鮮血がほとばしるのと男が落馬するのとはほとんど同時だった。

だが、その男の行方を見ることなく、ルミィは既にもう一騎の男の手首を掴み、引きずり倒していた。

男は落馬すると同時にのど元を切り裂かれ、ほんの僅かの間に息をしなくなっていた。

先に太ももを切り裂かれた男の方が立ち上がろうとするのが見えたが、勢いよく噴き出す血液と共に、みるみる蒼ざめていきふらふらとよろめいている。

ルミィは素早く剣を突き立て、とどめを刺した。


辺りを見渡しても、耳を澄ませてみても、他の気配は感じ取れない。

そこでやっとルミィは一息ついて、元来た藪の中に潜り込む。


藪の中から元の獣道に出るとディアナが声をかけてきた。


「何か、ありました?」


「奴らが二騎、我々を探していた。こちらが先に見つけられたのは僥倖だった。仲間を呼ぶ前に片付けられた」


淡々と語るルミィの言葉に一同は驚愕する。


「まぁ、追って来ていたの?」とはディアナの問い。


「そうだろう。連中は大勢で山狩りをする気かな」


「まさか!だって森の北側ではそんなこと出来るはずない・・・・・・というか、そんな命令を大勢の部下に聞かせるなんて無理。誰でも怪物は怖いもの」


「そんなに恐い伝説なのか」


「伝説じゃないわ。現実よ」


毅然としたディアナの返事にルミィは考え込んでしまった。


ディアナのような合理的思考の出来る女性が「何かいる」と信じているぐらいなら、賊共ではもっと伝説を信じて恐れていそうなものだ、と。


ならば、森の中を進んでいくのは安全ということになる。

だが、怪我人のことも考えると、街道からあまり離れて進む訳にも行かない。

そもそも自分達がどこいら辺にいるのか、正確なところは見当が付かないのだ。

日も傾きだしていることを勘案すると、安全だからといまのまま進んむ訳にもいかないだろう。

そろそろ東へ進路を変えなくてはならないが、危険も増してくる。

安全を確保しても、怪我人の容体が悪化していけば、結局は被害が増すばかりであろう。


ルミィは馬の鼻先を東に向けさせ、斜面を下りる方の藪に踏み入れさせた。


思ったほどには進めていない気もするのだが、負傷者と日没の時間という二つの制約から、決断のしどころだった。

勝負しなければならない局面というのはあるものである。


ルミィは考える。


ディアナの言うように街道の分かれ道で待ち伏せしなくても、自分たちの行動はもっと早い段階で見抜かれているかも知れない。


嫌な予感だった。


そうだとしても、夜に闇の中で森の中をうろつくのは願い下げだし、怪我人を早く治療させたかった。

もはや選択の余地はほとんどない。

とっくに覚悟を決める段階なのだ。


森の中、なだらかな下り坂で茂みを掻き分けながら、この先の運命に備える他ない。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


デニムは既に「馬の背」の丘に着いていた。

彼と手下共は「馬の背」の陰に隠れている。


「馬の背」は街道に沿って南北に伸びる細長い丘である。

その細長さ故に「馬の背」と呼び習わされているのだ。


山賊共はその陰に隠れてルミィ達が森から出てくるのを待っていた。

手元にいた部下の中から何騎かを森に向かわせたために、ここにいるのは僅かに十騎に過ぎない。


兵力分散の愚であったが、デニムは気にも止めていなかった。


待ち伏せされていたと分かった時に敵が受ける精神的なダメージを、デニムは十分すぎるほど知っている。


希望が消えて意気消沈した敵が相手なら、この手勢でも苦もなく引っ捕らえる事が出来るだろう。


血の惨劇の期待に、デニムは興奮と悦びを覚えていた。


彼の期待は、部下達に恐怖として伝わっていた。

一斉に緊張感が走る。


森の様子が分かるように、一人の部下に森と丘との間の平原の中ほどに見張りを命じた。

その部下は草原の茂みの中に身を伏せ、森の様子を窺っている。

自警団の連中が姿を現したら、指笛で知らせる手はずである。


合図があったら「馬の背」の陰で隊列を整え、平原に出てきた自警団に向かって一斉に突撃するというのが彼の目論見である。


まさに獲物を狩る狩人が巣穴の前で待ち構えている心境になり、デニムは舌なめずりせんばかりの興奮を覚えていた。


そのデニムの興奮を間近で感じる手下達は、迫り来る敵よりもデニムに対して戦慄を覚えるのだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ルミィが前方の茂みの先がうっすらと明るくなっているのに気がついた。


もう少し進むと森が途切れる場所に出る、とルミィは半ば安堵した。


道に迷って森から出られない――つまり遭難する――というのが最悪の結果だからだ。


以前に「道を知らないから迷うことはない」と言ったが、只の強がりである。


だんだんと太陽も傾きを増し、暗闇が勢力を増しつつあった。

暗さは皆の士気を下げそうだが、この先は明るい希望が見えるのではないか。

それが一縷の望みに過ぎない。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ルミィ達が見ている明かりは、まさしく森の切れ目であった。

その先には「馬の背」があり、その陰にはデニム率いる山賊の一味が潜んでいる。


まだ、ルミィはその先の未来を知らずにいたが、血戦の幕が開けようとしていた。

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