第10話 森の中 その2 思惑

デニムは森の中の道を馬に乗って進んでいた。


自警団とかいう連中が怪物の棲む森の中を分け入って北へ向かっているのであろうことは推測出来ていた。


だが、問題なのは最初の戦闘で予想外の損害を被り、使える手下の人数が減ってしまったことだった。

それなのに、相手を探すために人数をあちこちに分散しすぎてしまっている。


おかげで、デニムが率いて出撃できたのは僅かに十四名に過ぎない。


「どうせ。あいつらは村へ戻ります。森から街道に出ようとするでしょう。

その場所を正確に割り出すのは無理な話です。

我らは街道から村へ向かう分かれ道の場所で待ち伏せするべきでしょう」


まともな献策であったが、デニムには気に入らなかった。

その部下が気に入らなかったのではなく、その策には彼に血の興奮を呼び起こすものがなかったのだ。


デニムは狩人なのだ。

狙った獲物は追い詰められて、敗北感と屈辱に塗れさせなくては、何の楽しみがあるというのか。


拡げた地図に見入る。

北の森の地図はほとんど何も書き込まれていない。

だがそれでも、デニムは少しなら地形を知っていた。


街道から村に向かう分かれ道の場所から北に二里ほど進むと、森はが街道から離れていき、街道と森の間に平原が広がっている。


その平原から森に向かおうとすると昇り坂になっているのだ。


敵がただ闇雲に北の森を逃げ回るはずはないから、どこかで街道に出る算段のはずである。

更に、逃げる側は悪路に悩まされつつ坂を登っていくことよりも、自然と低い方へと逃げていくことが多いはずでもあった。

遭難せずに街道に出ることを考えて進んでいけば、森から下り坂を降りてきて街道に向かうのが、逃亡者側の本能であろう。

そうなれば、途中経過はどうであれ、平原に出てくるというのが結論なのではあるまいか、とデニムは予想した。


その平原ならばデニムは実地に知っていた。


街道から平原を眺めようとすると、街道のすぐ脇に細長い丘があって見通しが悪い。


その細長い丘を村人達は「馬の背」と呼んでいた。


デニムは考える。


追跡側の捜索から逃れて行方をくらますことに成功したのなら、連中にしたって待ち伏せされる危険性について考えるであろう。

おそらく、手下が言ったように分かれ道での待ち伏せを予想しているのではないか。

そうであれば、街道に出ることに成功したなら、待ち伏せの予想される街道から村への分かれ道に偵察を出すだろう。

そこで待ち伏せされていると知れれば、街道を外れて進むことも出来るではないか。


そのように出し抜かれるのはデニムにとって許し難いことであった。

全てを支配するのはデニム自身でなくてはならないのだ。


自分の考えを見抜かれるのは耐えられなかった。

デニムの方が相手の考えを見抜かなくてはならない。


「馬の背だ」


「えっ」


「奴らは『馬の背』に向かって平原を下りてくるはずだ。俺たちは『馬の背』の陰で待ち伏せる」


手下達にはデニムの思考過程が分からないから、急にそんなことを命じられてもキツネにつままれたような心持ちだった。

それでも、下された命令には従わなくてはならない。


デニムは更なる追加策として、四人の部下に北の森へ向かう道を進んで、連中の後を追跡するようにも命じた。


こんなに時間が経ってしまっては、この追跡が見込み薄なことは分かっていたが、もしも連中が引き返す気になった時に、改めて「馬の背」の方向へ向かわせる為の手であった。


この追加措置によってデニムが率いる部下は十騎にまで減ってしまったが、そんなことをデニムは心配していなかった。


先般の戦いでは敵が運良く正しい選択をした。

普通なら徒歩の敵集団と騎馬の敵集団に挟まれたなら、騎兵は徒歩集団に突撃して血路を開くものだ。

だが、あの時は騎馬の方が見せかけの戦力で単純に退路を断つために急ごしらえで武装させた部下たちだったのだ。

彼らは普段は戦闘以外の仕事を請け負うさせていた連中だったのだ。

それなのに自分たちが手ぐすね引いて待っていたのとは別の張り子の見せかけ騎馬集団に連中は突撃した。

そんなデニムの計算が狂わされたことは、彼にとって腹立たしい限りのことであった。

今回はデニムの予想通りの展開になるはずだった。


捕らえた連中が殺される前に白状した話からすると、相手は二十一人残っている計算だった。

だが、逃走した馬は十四騎に過ぎない。


七人は戦闘で傷を負って馬から落ちたのを救い出されたのであろう。

そんな負傷者も馬に乗せなければならないが、彼らを運ぶには七頭の馬が必要になる。

馬を操る騎手の後ろにでも負傷者を乗せているのか。


そのデニムの推論が正確なら、自由に動ける者は七騎しかいない勘定になる。


あっという間に蹂躙してやる、とデニムの血が騒ぐ。


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ルミィ達は束の間の休憩を終え、森の中を進み出していた。


山賊が街道で待ち伏せしているというディアナの懸念はもっともだった。

姿を晒して堂々と待っているはずはないが、見張りを立てて離れた場所に潜んでいる可能性は十分にある。

街道に出たら偵察を出して、敵の待ち伏せなどの状況を探らなければならない。


だが、偵察の能力にも問題はあった。


こんな厳しい状況を想定せず、あまりにも多くのことが訓練されないままの実戦なのである。


急な代官の命令であるから仕方がないのだが、斥候が機能しないことは、霧の中を進むに等しく、自分の訓練計画の見通しの甘さを痛感させられたりもする。


ふと、先ほどの戦闘時にルミィ達を冷ややかに眺めていた男の表情が思い出された。


あの男が率いている山賊共が果たして十分な準備をしたからといって、対応しきれる相手なのだろうか。


ルミィが心配する材料はあまりにも多く存在した。


その一方で、ディアナはと言えば、こんな状況にあっても意気揚々としていた。


先ほどの戦闘でもディアナとゴッドフリーは十分以上の働きを見せ、ルミィが当てに出来る数少ない団員であることが確認出来た。

そんなディアナの士気が高いことは好ましかった。

元々、彼女は自警団員から可愛がられていた。

これもしょっちゅう訓練に顔出しして、自らの腕前を披露してきたお陰である。

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