第9話 山賊と来賓と その3 山賊の首領
同じ頃、山賊共の山塞の前に、先刻ルミィが気になった男が静かに立って部下の報告を聞いていた。
彼の顔付きからは、その心中は全く分からない。
その場に居合わす山賊の足元には十人の自警団と九人の山賊の死体が転がされていた。
「首領、深手を負った者も十人ほどもいます。我らの主だった腕自慢がやられました」
首領と呼ばれた男の顔はそんな報告にも表情一つ変えない。
その無反応さが却って部下達には恐ろしかった。
怒っているのか嘆いているのかも読み取れぬ無表情が、部下達をますます恐怖させる。
首領を怒らせかねない報告は誰もしたくなかったが、嘘で取り繕ったところでそれが判明すれば後で恐ろしい罰を招くのだ。
彼らには真実を知らせる他に選択肢はなかった。
「あいつ等の中でまともに腕が立つのは三人ぐらいしかいなかったな」と首領は冷たく言い放つ。
「そのうちの一人が、とんでもない手練れで、そいつが動き回るところ人無しがごとしで、もう仲間もそいつには近づきたくないようで」
怖じ気づいたような声に、首領は冷たい目を向けた。
その視線の先の男は、その目を見ると縮み上がってそれ以上は声が出なくなった。
もっともそんな報告は首領と呼ばれた男に必要なかった。
そんなことは見ていれば分かることだった。
首領はデニムと名乗っていたが、それが名前なのかあだ名なのか、誰も知らなかった。
残忍で狡猾な彼は、部下からも酷く恐れられていた。
山賊になった者で、彼に逆らおうと考える者はいなかった。
首領のくせに部下からは少しも慕われてはいなかった。
それなのに彼の意向に逆らおうとする者はいない。
仲間内の警戒心や嫉妬、競争意識などを上手く操ることで、デニムは反抗的な者達が徒党を組まないようにしていた。
そうしたことは必ずしも意識してのことではなく、それまでに知らず知らずに身に付けた振る舞い方だった。
それと同時に、気まぐれに部下を誉めたり褒美もやったり、気に入らぬ者やヘマをした者に手酷い処罰を与えるのは意識してするようにしていた。
手酷い処罰についてはデニムの趣向でもあったが。
楽しみのために処罰を下している疑念が部下達を更に恐懼させてもいた。
恐怖が支配しているという面から見ると、山賊共にとっては法と正義によって統べられる世を抜け出したはずだったのに、ここにいても少しも自由ではなかった。
だが、一旦恐怖の支配下に入ってしまうと、なぜかそこから抜け出すことは少しも考えられなくなってしまうのだ。
いや、抜け出そうと考える者もいないことはなかったが、いざ実行に移そうとする時には不思議とデニムに見抜かれており、形的には裁判という名の一方的な弾劾・罵詈雑言による心理的な責め苦が麗々しく行われる。
それからやっと裏切り者は見せしめとしてに残虐な処罰を受ける。
いや、その残虐な処罰になると、なぜか仲間達は歓喜するかのように、或いはデニムを喜ばせようとでするかのように、嬉々として残虐な処刑に手を貸す・・・・・・
その首領・デニムが逃げ損なって捕虜になった自警団の者を前にして処断を命ずる。
「仲間が殺されたのだ。我々の怒りと復讐心の程を示してやれ」
次々に捕虜の止めが刺されるのをデニムは無表情に眺めていた。
それにも関わらず、無表情な仮面の下で残虐に殺される捕虜の姿を見てデニムが悦んでいるのを、部下達ははっきりと感じ取ることが出来た。
すっかり全員がデニムに支配され尽くしていた。
逆らうことは恐怖でしかなかった。
「闇知らずの森」では全てをデニムが恐怖の下に支配していた。
デニム自身には恐怖や同情という感情はなかった。
己の満足と悦び、そして怒りだけであった。
彼自身の感情は単純で、むしろ浅はかと言って良いほどなのである。
ただ、デニムは他人の憎悪や嫉妬、不安や恐怖を敏感に察知し、それを操ることを好む。
彼自身の中にはそうした人間的な感情の揺れ自体が存在しなかったが、そうした心情の動きがその人間の行動に影響していく様を敏感に読み取ることが出来た。
全く感謝や恩義という気持ちを抱くことがないからこそ、デニムは感情に曇らされることなく、自分の欲求のままにそ支配力を存分に使えるのだ。
世を逃れてきたはみ出し者達を苦もなく仲間に取り込み、彼らを思うままに支配することも、だからこそ可能だったのである。
支配力と彼らの恐怖心こそがデニムの悦びの糧であり、その二つが「闇知らずの森」に存在する唯一と言って良い掟でもあった。
デニムが冷たい表情で断ずる。
「あいつ等を追わねばならない。例え、イズノ村を襲撃することになろうとも、だ」
「既に数名が奴らの行方を追っています。後始末が済みましたから我々もすぐに向かうことが出来ます」
彼は感情を表さない。
それなのに、次の獲物の血の予感に対して舌なめずりするような歓喜に震えているのが部下達には分かる。
「では、ゆるりと狩りに向かうか」
デニムの落ち着いた言葉の中に喜悦が読み取れ、部下達は背筋が寒くなる。
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森の中でそんな追跡劇が行われようとしているのとは無関係に、同じ頃、イズノ村のクルツ邸には予期せぬ来訪者があった。
来客の報せにクルツ氏は玄関を出た。
クルツ邸の玄関先は馬や馬車を止めるために設けた広い馬止めになっているのだが、そこには見るからに豪勢な馬具で飾られた駿馬が停まり、すぐ脇には騎乗してきたであろう豪奢な身なりの紳士が立っていた。
クルツ氏は予想外な訪問客に大いに面食らっていた。
その二人の内の片方がクルツ氏に挨拶をしてきた。
少し話をして、クルツ氏は事情を了解した。
「代官をお訪ねですか、どちらからおいでになりました」
クルツ邸はイズノ村に入ってすぐに見える立派な屋敷であったから、ここを代官屋敷と見まごう客人は多いのだが、この二人ほど立派な身なりの客人は見たことがなかった。
いろいろな村の情報を知っておくために、クルツ氏は常日頃から訪問者には丁寧に接しながらいろいろな話を聞き出しておくのを習慣としていた。
そうして十分にくつろいでもらってから、代官邸に案内するのである。
「いや、みなさんよく間違えられます。
ですが、それはそれで新たな商売が生まれる機会になることもございますし、私としてはちっとも迷惑なことはありません。
むしろ我が村へようこそ、真っ先に歓待できるのが嬉しいのでございます」
その返事に安心したかのように一人が答える。
「我々はさる高貴なお方の依頼で大切な用件があってこの地へ参った。そのせいで詳しいことを申し述べられない事もある。そのせいで失礼があったなら申し訳ない」
クルツ氏は愛想良く「そんなことはありません。実に楽しくお話を拝聴いたしました。こんな田舎暮らしではちょっとした話でもありがたいものです。
あと、不慣れな場所でお困りな事がありましたら、何なりとお申し出下さい」と笑顔で返した。
クルツ氏の態度に片方の男は安心したかのように切り出した。
「そのお言葉に甘えて一つお頼みしたいのだが、ここが代官屋敷でないのなら、どなたかに代官屋敷までの案内を願いたいのだが」
クルツ氏は喜んで申し出を引き受けた。
見送るために外に出て眺めてみると、二人の調度の豪華さや、玄関の外に繋がれている馬の毛並みの良さとその馬具の煌びやかさに、改めてため息が出そうになる。
彼らの荷物を運ぶ一行でさえ御大尽の物見遊山然とした贅沢さに感嘆せざるを得なかった。
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