第9話 山賊と来賓と その2 脱出路
前方の山塞でルミィ達を迎え撃とうと身構える山賊共の中に不敵に笑う騎乗の男と目が合った。
その面構えにルミィは「おや」と只ならぬものを感じたが、丁度その時、ゲイリーの号令がかかった。
自警団の騎馬が一斉に馬首を巡らし方向を変える。
素早く方向転換すると、そのまま一団となって、彼らの後方で悠然と構えていた山賊の別の一団に向かって駆け出す。
おそらくは出口を塞ぐ形で出張ってきた側は、こうした展開を全く予期していなかったのであろう。
彼らは対抗して迎撃態勢を取るでもなく、そのまま自警団の突撃を許してしまう。
まさに行軍ばかりを優先して訓練してきたルミィの方針が役に立ったのだ。
機先を制した形で隊列の前の方の団員は賊を蹴散らして虎口を脱したが、初っぱなの衝撃から目覚めた賊も徐々に攻撃を繰り出してきた。
行く手を遮り、斬り込んでくる。
斬り合い、乱戦となると、経験の浅い自警団の者は受け身に回ってしまう。
三対一なんていうルミィの教えは騎乗の乱戦では機能しない。
反転したため隊列の後ろになっていたルミィは、そんな乱戦の中に駆け込んでく。
剣戟で押されている中に割り込み、素早く賊を一刀の元に切り伏せる、と息つく間もなく追いすがってくる賊達に向かって素早く二度三度と剣を振る。
血しぶきと悲鳴が上がるが、ルミィの手練れぶりに賊達がひるむ。
その僅かの隙にルミィは迅速に立ち回り、落馬して負傷した者を拾い上げたり、他の者の馬に乗せてやったりする。
更にルミィは苦戦しているゲイリーに馬を寄せて相手を切り崩すと声をかける「さ、早く駆けろ!」
ゲーリーは感謝する暇もなく、馬に拍車を入れて乱戦から抜け出していく。
間髪入れず、ルミィは馬で駆け寄せて来る賊を数人に斬り伏せながら、ディアナもゴッドフリーも広場からの脱出しつつある姿を確認した。
その一方では既に落馬してピクリとも動かぬ団員も幾人か見えた。
決断の瞬間である。
「命ある限り、我に続け。ここを脱出するぞ!」とルミィは一声叫ぶと、立ち塞がろうとする賊に向かって剣を一閃。
魔法の呪文のように、さっと開いた場所に馬をダッとばかりに駆け込ませると、そのままゲイリー達の後を追った。
ルミィに付き従う者も二~三人ばかり。
彼らは一団となって賊共の中を突破して、先だって進んで来た道へ駆け戻る。
後ろを見ると、山塞の前に陣取っていた別の賊の一団も迫りつつあった。
「さぁ、行くぞ」とルミィはもう一声叫ぶと、森の中の道に馬を乗り入れた。
足場の悪い道であったが、可能な限り馬を煽り飛ばして進んで行く。
先に向かうゲイリー達の後を追い、それ程の時間を要さずに一行に追いつけた。
それも道理で、彼らは負傷者もいるし、落馬したり負傷したりした者を乗せている馬もあって速度が出ないのだ。
自警団にとっての初陣ではあったが、先ほどの乱戦を切り抜けて、ここまで付いて来られた者は二十一人に過ぎなかった。
負傷者を除き、まだ戦うことの出来る者は僅かに十四人。
七人の負傷者は一人で騎乗することも出来ず、他の者と一緒に馬に乗っている。
つまり、敵が追って来た時に、即座に対応出来て自由に戦える者は七人しか残っていないのだ。
それでも、待ち伏せの中を不慣れな団員達と切り抜けたにしてはましな結果だ、とルミィは安堵する。
まだ、この道を追ってくる敵の気配が窺えないのは幸いだった。
連中にとっても予想外の反撃でかなりの被害があったのだろう。
乱戦になってしまえば実力とは違った形で、そうしたこともしばしば起こるのだ。
負傷した者や死者などの後始末をしているのかもしれない。
戦意を失って、このままルミィ達を見逃してくれる可能性もないことはない。
だが、山賊共が仲間の被害で戦意喪失することは期待しない方が良さそうだ。
彼らにはまだ十分な戦力が残っているはずだ。
おそらくは、状況を把握したら、計画を見直して、すぐに追撃に移るだろう。
森の中に彼らが張り巡らせた道のことを考えると、真っ直ぐ後を追ってこない方と安心は出来ない。
逃げる側を油断させて先回りするのは、追う側には常道である。
このまま負傷者を背負ったまま速度が出ない状態で進むのは危険にしか思えない。
団員の面々を見渡すと、初めての実戦という経験と、仲間に被害が出たことに対する衝撃で、意気阻喪しているのは傍から見ても明らかだった。
負傷者を連れている以上、行軍速度を早くすることは望めなかった。
早く進めない以上、このままこの道を進んでいても追いつかれるだろうし、また先回りされる怖れが十二分にあった。
この士気を低下した団員達では、先回りされた賊共に不意打ちを食らったら、さしたる抵抗も出来ずに降伏してしまうか全滅させられてしまうか。
すぐそばで蒼い顔をしているディアナにルミィは気づいた。
ルミィ以外では最も勇敢に剣を揮ったはずの彼女でさえ、初めての実戦に怖れを抱いている・・・・・
それと同時にルミィは気がつく。
ディアナの存在は、決して敵に捕らわれてはいけないことを意味している、と。
捕らわれたら彼女の運命は・・・・・・・
そんなルミィの考えていることに気づいたのか、彼女はルミィにそっと囁いた。
「私のことは心配しないで。自分の身の処し方くらい覚悟はしているわ」
ルミィは黙って首を振った。
彼女にそのような目に遭わすわけには行かなかった。
それはクルツ氏との約束とも関係なかった。
いや、約束はディアナではなく、ゲイリーのことだったが。
そのゲイリーは、どうするかも決められずに生気のない顔で黙っているだけだった。
ルミィは彼に代わって皆に命令を下した。
「敵がいつ迫ってくるかも知れないから黙って聞け。助かりたければ反論はなしだ。
さっきはみんなよく戦った。やつらも我らの勇猛果敢な攻撃にかなりの損害を出したと見える。
もしも、奴らに余裕があるならすぐにも追っ手がかかったところだが、こうして今のところはその気配もない。諸君の敢闘のおかげだ。
だが、敵はこのまま我々を見過ごしてくれるほどには甘くはない。まだ、我々には試練が残されている。
まずは、他の抜け道から我らの先回りをしてくることが予想される。それにこの道にも追っ手が掛けられるだろう。
奴らにはまだ我々に勝る人数がいる。もう一度同じような戦闘をするのは、この人数では難しい。
そこでだ、私はこの道の北側の森を抜けて街道に戻ろうと思う。森を抜けたら、夜を待って村に戻るのだ」
「ルミィ殿、北側には例の怪物がいますぞ」とはゴッドフリーであった。
その声はまだ力強く、彼にはまだ戦意が残っていることが窺えた。
「確かにそうなのかもしれない。だが、出るかどうか分からない怪物の心配よりも、実際に対峙している山賊共のことを考えよう。
それに怪物がいるからには、賊共も北側の探索は後回しにするはず」
「あいわかった」とゴッドフリーは頷くとルミィに向かって片目をつむって見せた。
おそらくはゴッドフリーもルミィに同意なのであろうが、団員が要らぬ心配をしないように質問して見せたのだろうと知れた。
こうして団員に指示を下すと、ルミィは先頭に立ち、少し道なりに進んでから、北側の「けもの道」に馬を乗り入れた。
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