第9話 山賊と来賓と その1 森の山賊

さて、一方のルミィ・ツェルクと自警団の面々は、森の中の小道を進んでいた。

案内するのはゲイリー・クルツ団長の部下の一人だった。

その部下が以前にこの小道を偵察に来た者であり、その男の案内に従ってゲイリーは先導しているのだ。


茂みの中に作られた道なので風通しは悪く、そのせいでじっとりと湿った空気の中を藪と共に切り裂きながら進んでいく。


そうでなくとも山賊の領分に入ったという緊迫感が迫り、団員にも重々しい雰囲気が漂ってきていた。


ルミィも様子を見るためにゲイリーと案内役の団員のそばに馬を進めた。


一行が進んでいる小道が西側に向かっているのに対し、ルミィから見て左手の南方向の森の中へも幾つか分かれ道が続いている。


「この分かれ道はどこに向かっているのか?」とルミィが尋ねると、先導役の部下が答えてくれた。

「これは山塞から街道へ通じる幾つもの道同士を繋ぐ連絡路です。森の中に奴らは編み目のように道を張り巡らしているんです。森のどこにでも移動しやすくしているというわけです」


先導役は嬉々として教えてくれたが、それはつまり、森が山賊連中には庭であると言うことを意味する。

縦列で長々と隊を移動させている中にいる身としては嬉しくない報告のはずだった。


「右手にも道らしきものが見えるが、あれもそうか?」


「いえ、この道が奴らの通り道で最も北側にある道です。これより北は例の怪物の領分を侵しかねないからでしょう。

そこいらへんは奴らもはっきりしていまして、わざわざ危険を冒す気はないようです。

あんな風に道っぽく見えるものは、けもの道の類いでしょう。とても馬や人が通れたものではありませんよ」


山賊が道の危険を冒そうとしないのは理解できたが、ルミィが加わった団員連中は既知と言っても良い危険のまっただ中に進もうとしていのは理解に苦しむ。

その皮肉な境遇をルミィは冷笑せざるを得なかった。

それでもルミィは聞いた情報を頭の中に叩き込む。


そこまでして森の中に連絡網を作っている相手は、ねぐらを安全に保つための警戒を怠ることはないであろう。

つまりは、自警団の様な武装集団を無警戒なままそのねぐらまで近づけさせることはないであろう。

夜明け前の襲撃ならまだしも、このまま進んで行って奇襲になることはまずないだろう。


楽観的と言う以上に、ゲイリーの作戦は能天気で無謀に過ぎる。


作戦の前提が隠密行動であるから、ルミィと先導役以外は誰も口を聞かず、ただ馬の蹄だけが静々と響いていたが、こうして進んでいるのは山賊共には筒抜けなのではないか。


だとすれば奇襲ではなく強襲としての体裁を取ることが必要になるだろう。

敵の出方を事前に少しでも知りたいところであり、そうであれば斥候の必要性は更に増すところである。

そう思ってゲイリーの様子を窺うが、彼はよほど奇襲に自信があるのか平然として見えた。


こうなってくるとディアナだけでなく、より多くの団員を無事に村へ連れて帰るのには、いかなるタイミングで撤退の判断を下すかにルミィの出来ることは限られて来ているように感じられてきた。


とは言っても、そんな悲観的なことに思いを巡らせていることを他の者達に気取られてもいけない。

不安を煽ることをことさら言い立てて、意気消沈させたり、士気を落とすことこそ作戦行動中には戒めなくてはならないのはルミィがよく知るところでもあったからだ。


行軍の方も、馬が通れるように作られたはずの道だと言っても、整備が良いはずも無く、足元は悪いし、おかげで速度が上がらない。

誰も声を発しないので、馬が砂利混じりの路面を踏みしめる音と、鳥のさえずり、小動物の走る気配、風が森の中をそよぐ音ばかりが聞こえてくる。


周囲を一瞥し「誰もが楽観的気分でおり、先行きの暗さを懸念する者がいないというのは、数少ない強みかも知れない」とルミィは奇妙な感慨にさえとらわれる。

無知の傲慢、或いは怖い物知らずだけが取り柄とは、過去の自分の経験を振り返っても、あり得ない集団ではあった。


前向きに、むしろゲイリーを見倣うくらいの方が良いのかも知れない、とルミィは考えさえする。


と、急に目の前で森が途切れ、開けた広場のような空間に出た。


「ここは?」とルミィが呟くと件の先導役が教えてくれた。


「ここの広野は、奴らが切り開いたようです。ここを通り抜けると、その奥に茂みに山塞があります」

先導役とゲイリーの二人は広場にそのまま進み入って行く。


「待て」とルミィは言ったが、隊列はどんどんと進んでいく。

仕方なしにルミィも付き従うが、急いでゲーリーの馬に轡を並べた。


「ゲイリー、このまま進んでは敵の待ち伏せの罠に自ら飛び込むようなものだ。その前に偵察をしなくては」


「ルミィ殿、ここまで来ても慎重に過ぎますよ。

無事に山塞の目の前まで来られたではありませんか。あなたの心配は杞憂です。

こうして何事もなくここまで来られたように、あなたの不安は専門家の陥る病気のようなもの。心配しすぎなだけですよ。

ちょうどいい広場です。ここで隊列を整えて、一気に山塞に全員で突入すれば、連中は泡を食って成敗されますよ」


「わざわざ、こんな広場のような空間を切り開いているのには、意味がある。

こんな場所があると知っているなら、前もって待ち伏せにも対応できるようにそれなりの用意をしておくべきだった」


そんな二人の口論の間にも、隊列は何事もないかのように歩んでおり、広場のような空間の中へ中へと進み入る。


何を言っても通じない相手に向かって、自分が説得しようとしていること自体をルミィが馬鹿げて感じ始めた時だった――突如として事態は変化し始めた。


既に隊列は広場のような空き地の中央近くにまで進み出ていた。

先ほどの道からは5町(1町=約109メートル)ぐらいも進み入ったであろうか。


広場の突き当たり、山塞が隠されると思しき辺りまでも残り五町ほどの地点に彼らは差し掛かっていた。

その時になって正面の茂みから三十人ほどの武装した一団が姿を現したのだ。


彼らは手に手に刀や槍といった武器を持ち、その中の五~六人は馬に乗っていた。


「待ち伏せだ」と驚いたように叫んだのはゲイリーだった。

彼は片手を横に上げて部下達に止まるように指示した。


「どうする」とゲイリーはルミィに尋ねてきた。


聞く耳を持っているのなら、もっと前の段階で聞いて欲しかったと思う時はいつも後の祭りである。

平穏な時の貴重な意見は無視され、緊急時には取り上げる余裕がない。

それが繰り返されてきた世の常か。

ルミィにも覚えがあった。


あれほど注意したのにと憤ったり後悔したりしている暇はない。

いざこうとなればやることをやるしかなかった。


「敵の数は大したことない。このまま一気に突撃するか」


この期に及んでもゲイリーは勇ましく、楽観的でもあった。

恐怖にすくんでいるよりかは幾分ましだとルミィも微笑ましく思う。


「ゲイリー、待て。敵が待ち伏せするのは、十分な勝算があるからだ。あれで山賊全員なら、わざわざ待ち伏せなんかせずに、逃げ出せば済む話だ」


「そうだ、ゲイリー。ルミィ殿の意見を聞け」とは後ろから駆けつけて来たゴッドフリーの助言だが、もっと前に彼が意見してくれていたら、とルミィは感じざるを得なかった。


「我々がここまで広場の中程まで進んでから姿を現したのは、今通ってきた広場への出口も塞ぐ用意があるからだろう」


ルミィの言葉に驚いた者達が後ろを振り返ると、そこにも山賊達が姿を現しつつあった。

そちらの方は馬に乗ったものが二十ほどもいた。


「やはりな!我々が正面に突撃すれば、後ろの馬に乗った奴らも駆けつけて来る。前後から挟まれ結局は袋のネズミだ。そうなれば実戦経験のない我々には有利な点はなくなってしまう」


「では、どうする。このままここで奴らが近づいてくるのを待つのか。それで血路を開けるか」


「彼らの狙いはそれだ。このまま多勢に包囲されれば我々は戦意を失って、それほど抵抗をせずに降伏するしかなくなる」


「だったら・・・・・・」とゲイリーは言葉を失う。


そこでルミィは素早く答えた。


「そうだ。今のうちに引き返すのだ。我々は後ろの敵に向かって突進して、山塞側の連中が救援に向かってくる前にこの空き地から抜け出る血路をこじ開けるのだ。幸い正面の連中の殆どが徒歩だ。我々を追って来ても時間がかかる。勝負は迅速であることが第一だ。振り返ることなく正面突破だ。それしか生き残る道はない」


その言葉でゲイリーの顔に朱が差した。


「よし、決まった!

いいか、掛け声と共に一斉に方向転換し、今来た道に立ち塞がる奴らを蹴散らしていくぞ。手柄や武勇は無用だ。一気に連中を突破して帰るのだ」


ゲイリーは剣を抜いて高々と掲げた。


それを見て、前方の敵が身構えるのが見えた。

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