第8話 怪物 その1 森の中から

自警団の一行が森の中に消え、数刻が過ぎた。


穏やかな日射しの中、穏やかで静かな時間が経過していく。


風が流れ、木々がそよぎ、鳥がさえずり、虫が舞う、――そんな何でもない時の中で異質な動きが現れ出す。


自警団が先ほど進んできた街道を北の方から近づいてくる者達である。


先頭を行く二人はそれぞれが馬にまたがり、まさしく威風堂々とくつわを並べているゆるりと進んでくる。

二人ともめかし込み、見るからに上等な上着を羽織っていたし、その騎乗している馬にしても見事な馬具で飾られ、こんな辺境の街道を進むような身分には見えない。


この姿を見れば、どこのお大尽様であろうか、と誰しもが感じたであろう。


いや、目利きの者が見れば、上着の仕立て具合や馬具の調度などは一見したよりも遙かに豪華な仕上げがされているのに感銘さえ受けたことだろう。


その二人の後ろからは四頭立ての荷車が続いていた。

一見して豪勢な馬車にしか見えないのだが、中は間違いなく荷物入れであり、二人の着替えや夜営用テント(それだって普通のテントではない。豪勢な帳の中に応接セットやベッドを並べようという代物である)、アクセサリーや食糧などがふんだんに積み込まれているのだ。

その荷車の御者と交代要員がおり、更には荷車に積んであるものとは別に荷物を背負って付いて来る者が五名もいた。

その中の二人は比較的軽い荷物しか持っていなかったが、それというのも二人は専属の料理人だったからである。


これほどの贅沢な備えをして、こんな辺境の道を旅するとはどんなご身分の一行であろうか、と疑問に感じるのは自然な感情であろう。


だがもしも、この先導する二人の顔をルミィ・ツェルクが目にしたならば、どう思ったことか。


この二人こそがルミィがクルツ氏の店番エディや夜の店の人間に「見かけたら教えて欲しい」と頼んでいた二人に他ならない。


聖アスカ王国を旅立って以来、ルミィが何度となくその邂逅を夢にまで見た相手、それこそがこのお大尽めいた放蕩ぶりをひけらかしながら、一行を先導する二騎なのであった。


これほどまでに彼らの到着を待ち望んだルミィであったが、彼が村を去るのと時を同じくして二人は姿を現したのである。


二人はゆっくりと楽しみながら道を進んで来た。

道なき道であっても、野営用の天幕や、屋外用の家具などの調度品で、即席の休息所や寝所を作り、連れてきた料理人達に世話をさせるという贅沢を堪能していた。

ルミィの孤独な道行きとは大違いであった。


彼らはルミィの予想通り、そして彼が事前に入手した情報通り、イズノ村を目指していたのだ。


ルミィが薄汚れて疲れ果ててこの街道を進んで来たのに比べ、追っ手に先回りされていることも知らない二人は、ゆったりと旅を楽しんでいた。


当然のことながら、二人に随行する人足や料理人達は、その二人の正体を知らない。

報酬はたんまりと振る舞われていたから、そんなことを気にかける必要はなかった。


贅沢に慣れ親しんだ二人の様子から、二人ともよほどの金持ちであり、高貴な人物なのであろうと、自然に信じ込んでいたが、それで何の問題もない。


一行は宿場があれば、そこで最高級のもてなしを求め、宿がなければ自らが準備した調度品で快適この上ない野宿をした。

そうやって、まるで物見遊山のように、この辺境の悪路をゆっくりと楽しむように進んで来たのだ。


ルミィの方は、何とか探り出した取引の場所「イズノ村」という情報だけを頼りに、取る物も取り敢えず、ひたすら道を急いできた。

おかげで後から出発したはずのルミィの方が、先行する二人を追い越してしまったのだが、そんなことはお互いに気づきもしない。


もっとも、追っ手がいることを二人の方は知りもしなかったが。


煌びやかな身なりの二人ではあったが、その醸し出す雰囲気はどこか厳めしかった。

よくよく見れば、腰に差した長剣や馬に備えられた手槍などは、一見して受ける印象とは裏腹に物々しいぐらいだ。


それに、片方の男が乗る馬には長い布で巻かれた包みが括り付けられているのが見えていたが、うっかりこれに触れようものなら、男がピリピリと神経を尖らせるのが目に見えて感じられた。

何だろうと疑問を持つよりも、二人に咎め立てられたり解雇されたりしないようにと気が回す方が先だった。

それほどまでに賃金が良かったのだ。


太陽は中天に昇ろうとし、ギラギラとした日射しは彼らの豪華な服をいっそうキラキラと輝かせていた。


二人とも大柄であったが、右側の男は更に体格に優る大男であった。

彼のために体躯の大きな馬が選ばれていたが、それでも馬が気の毒な感じを与えるほどん並外れた大きさである。


大男は厳つい顔ではあったが表情は全くなく、その考えを傍からでは窺い知ることは出来ない。

もう一方の男は顔つきこそ柔和であったが、それに似合わぬまでに鋭い眼光を周囲に走らせながら、鍛え上げられた肉体を華やかな衣服の下に隠していた。


この柔和な顔をした方の男が二人組の主導的立場の者らしい。

彼は大男に向かって「アーキン」と呼びかけた。


「どうやら旅行も終わりのようだ。そろそろ目的地に着くぞ」


呼びかけられた大男は無表情に「分かった、オーガスタ」とだけ答えた。


返事をされた男は渋い顔をした。

「ここでは子爵と呼ぶべきだったな」と、やや心配げに後ろの荷車や徒歩の連中の方を振り返る。

「耳を澄ましている連中なんかいないだろう、伯爵」とアーキンは何の感情も交えずに答えた。


この会話をディアナが耳にしたなら!

彼女は勝ち誇ったように「ほら、見なさい!」と言ったであろう。


ディアナが推理したとおりの名前、その上に七尺になろうという巨漢と、やはり六尺を超える大男。

彼らはまさしく悪名を轟かせる「オーガスタとアーキン」の二人組に他ならない。


では、自警団をサポートするルミィの正体もディアナが推理したような人物なのだろうか。

官憲の追っ手なのか、それとも仲間割れして置いて行かれでもしたために仕返しを狙って待ち伏せする悪党なのか・・・・・・・

どちらにせよ、当のルミィは待ち望んだ相手の登場を知らずに、自分の推理の一部が正しかったことも知らないディアナと供に森の中にあった。


その名前だけでも十数カ国では呪いのような効果を発揮し、その名を耳にすると善良な住民のみならず悪党達も震え上がらずには居られない、という名前を呼び合うのに二人は注意を払っていた。

正体を知られれば、有名なだけに常に厄介な事が起こる。


もっとも厄介が起こったとしても、問題としてこなかった二人ではある。

まず、リーダー格のオーガスタは尋常ではない剣の腕前と投げナイフの恐ろしい冴えで知られている。

華麗な剣さばきの合間に狙いを外さない投げナイフが放たれれば、オーガスタの行く手を遮れる者はいない。

もう一人の巨漢、アーキンの方は、とても人間業とは思えない怪力と凄まじいまでの攻撃力のある剣技とを身に備えていた。

アーキンと対峙しなければならない官憲側の人間にとっては、その存在は悪夢でしかなかった。

こんな二人組に狙われたら、いかなる保護対象も無力に等しい。

これまでどれほど多くの財宝が掠め取られたり、要人が惨殺されたり、あるいは誘拐、拉致・監禁などが数多遂行されたりして来たであろうか。


悪賢さと残虐性との組み合わせは、放蕩三昧の御大尽一行を装い、大手を振って目的の場所、イズノ村へと歩みを進めているのだ。


彼らはルミィがすぐ近くにいるのを全く知らなかった。


いや、近くにいるのを知ったとしても、彼らがそれを怖れることはなかったであろう。

ルミィの腕前をもってしても、二人は容易ならざる相手であった。

かつて「自分より強い相手」とルミィがディアナに述べた相手であるかも知れない・・・・・


そんな無敵とも言える二人組であるというのに、先ほどからオーガスタは異様な気配に緊張を高めていた。

それは、或いは数日前にルミィは感じ取った恐怖と同じ種類のものだったかも知れない・・・・・・


いや、オーガスタはそんな漠然とした感触ではなく、もっと具体化した気配に気づいていた。


街道の右手の山肌を覆う鬱蒼とした森。

その中から彼らを射竦めるように観察する視線とでも言ったら良いであろうか。


ただならぬ気配だった。

百戦錬磨のオーガスタにとってもかつて感じたことがないものだった。

それまで感じたことのない落ち着かない気分を彼の心に沸き立たせているのだ。


剛胆で怖れ知らずのはずのオーガスタであったが、得体の知れない緊張感に一抹の不安を感じた。


「アーキン」と、彼は囁くように隣の男に声をかけた。

アーキンは分かっているというように少しだけ右手を挙げた。


アーキンにしても先ほどから付け回すようにまとわりつく只ならぬ気配に気づいていたのだ。

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