第7話 遠征 その3 森の中へ

一行は三十人の騎馬武者からなり、一列縦隊で村から出る街道を進んでいった。


ゲイリーが団員を率いる格好で先頭に立ち、中段にルミィとディアナが並ぶ。

最後尾をゴッドフリーが付き従う。


ルミィ以外の団員は不思議なくらいに意気軒昂であった。


それは、まるで初めての遠乗りにでも出かけるような楽観的な昂揚感とでも言ったら良いであろうか。


願わくは困難に出くわしても、その前向きな心意気が消え失せないように、というのがルミィの正直な気持ちであった。


ゲイリーの方はと言うと、その後ろ姿からは取り分けて注意を払う様子は窺えなかった。

そんなゲイリーをルミィにはとても頼もしくは見えなかった。


自警団の隊列が更に一刻ほど進むと、畑や牧草地を通り過ぎ、イズノ村の領域を出ることになる。


目の前には南北に走る街道がある。


街道はその西側にある森深き山々の連なりに沿って南北に通じているのだ。


ルミィもこの街道を北から下って来た。

例の五人組に襲われたのは、もっとずっと北の方だった、と彼は思い返す。


遙か北まで進んで、レニ河に突き当たってから東へ東へと進んでいくと、やがてルミィの祖国・聖アスカ王国とその敵対国カムワツレ王国の国境地帯になる。

レニ河の北側が聖アスカ王国領なのだ。


街道に沿って西側に拡がる森深き山々・・・・・・その森の中では北側と南側で、謎の怪物と山賊で棲み分けが自然の成り行きかどうかも分からないが行われていると言う。


そのためかどうか、南の森は「山賊の砦」と呼ばれているとゲイリーから以前に説明を受けていた。


一行はその場所で小休憩に入った。


ルミィは数日前に通ってきたはずの街道を黙って見つめた。


傍から見れば、その姿は自らの道のりに思いを巡らせているのか、自らの故郷に想いを馳せているのか、のように見えたかも知れない。


だが、ルミィが実際に思い浮かべていたのは全く別のことだった。


あの二人は、この道のどこかにいるのか、それとも自分の待ち伏せをかいくぐって既に別の場所へ逃れ出てしまってはいないか、という疑念だった。

果たして、いつの日にか自分は連中と直接相まみえることが出来るのだろうか、という焦りにも似た感情がその心を占めていたのだ。


そのためにも無事に、しかも早く仕事を済ませてしまう必要があった。


自分が不在の間に連中が村に立ち寄り、しかも立ち去ってしまったりしたら、全ての苦労が水の泡ではないか。


そんなことをルミィは考えながら、道を繰り返し眺めていた。


すぐそばでその様子をディアナが不思議そうに見つめているのにも気づかずに・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


休憩が終わると、一行は街道を南下し始めた。


右手の山を覆い尽くす森は覆い被さるような圧迫感を通る者に与えている。


これほど深い森の中に人が暮らせるとは到底信じられない。

たとえそれが山賊であろうとも、寄せ付けない威容に見える。

放っておくだけで、この街道も森に呑み込まれてしまうのだろうが、代官の命令で村人がそこだけは何とか手入れをして、自然に帰らぬように引き止めているのである。

もちろん、そういう時には村の衛士隊が護衛に当たるのだ。


どこから森へ侵入しようというのか、と周囲を眺めながらルミィが考えていると、指揮官であるゲイリー・クルツが停止を命じ、自警団員の隊列は街道でその歩みを止めた。


ルミィがゲイリーのいる場所へ呼び寄せられる。


「この場所です」


ゲイリーが指し示す先には「こんな茂みを馬で抜けて行くのは無理」としか思えない深い藪が見える。

だが、ルミィが近づいて行ってよくよく見てみると、そこは巧妙に蔓草や木の枝などで擬装された網が幾重にも張り巡らされた場所だった。


数人がかりでその網を持ち上げると、その向こうには森の中の小径が見えた。


「偶然、牛を探しに来た農夫が見つけたそうです。山賊共は馬を駆って襲いかかるというのに、どうやって山塞からこんな森の中を行き来出来るのか不思議でしたが、こうやってうまく通り道を隠していた訳です」


「この先の隠れ家は?」


「もちろん、偵察させて確認しています。これからその隠れ家にご案内しますよ」とゲイリーは自信ありげにルミィに答え、次いでルミィに付いて来ていたディアナにも片目を瞑ってみせた。


ルミィが遠征計画の全般をゲイリーに任せたのは、山賊と遭遇したら被害が出ないうちに引き上げるという独自の計画を隠し抱いていたからであった。


それも、ディアナの存在がないからこそ描けたものである。

ディアナがいる今となっては、自分のしていることが既に愚かでしかない。

そういう目で眺めていると、ゲイリーの自信ありげな態度は腹立たしくもあり、この未熟な若者達を引き連れて敵の本拠に乗り込むというのは馬鹿げた話にしか感じられない。


指揮官のゲイリー以下の者達は大人数で乗り込めば何とかなると信じているようだったが、ルミィからすればそれは楽観を通り越した空想でしかない。


「どのくらいの距離がある?」


「悪路ですが、馬で進めば一刻半ほどかと」


「途中に見張りは?」


「偵察の時には気付かなかったようです。ですが見張りがいたとしても、我々が隠れ家に急行すれば、それより早く連絡のしようもないでしょう。心配ご無用です」


ゲイリーの恐るべき恣意的解釈には、さすがにルミィも口を挟まずにいられなかった。


「見張りを置きもせず、たとえ見張りを置いていても、その見張りとの連絡法も考えないまま隠れ家にすっこんでいるような間抜けな相手なら、そんなに都合のいい話はない。

鳴子を使った連絡や、呼子などの連絡法を当然用意してあるだろう」


「では、どうしろと?」


「あの隠された小径を進むというのは、敵の縄張りをその危険性も分からずに進んで行くという事だ。相手に準備された場所を闇雲に進むことになる。

こちらもルールを作って対抗しなくては。

まず、斥候を先発させる。一定の距離を進んだところで、安全確認出来たら伝令を本隊に送り、それを待って本隊が斥候に追いつく。それから、また斥候が先行して、と言う具合に繰り返していく・・・・・・・」


そこまで言ったところでルミィは各自の練度からすれば斥候だけでも荷が重すぎるかと、自分の考えに自信をなくしてしまった。


一方のゲイリーにしても、少し思案したようであったが、やはり首を振った。

「それでは時間がかかり過ぎてしまいます。奇襲・急襲こそが成功の肝心要です。

時間がかける程、敵に気づかれる危険が高まるのだ、とあなたも日頃おっしゃっていたではないですか。

それに斥候隊が実際に賊と戦闘に入り、捕らわれでもしたら、本隊はそれと知らないまま、その行動を制約されてしまいます。

その上、人質にされた者を救い出すのは至難の技でしょう。

全員で敵の本拠を急襲してこそ、成功の可能性が高いのではにですか」


そう、そのゲイリーの懸念が、ルミィに自分の言っていることの自信をなくさせた原因であった。


斥候は当然、賊に見つかる危険があるし、その上で戦闘になってもすぐに抵抗力を失い捕らえられる公算が大きい。

技量に乏しい団員では敵の攻撃を切り抜けて報告に戻ることなど期待できそうにない。

ましてや人質を奪還するなどは更に困難であろう。


オーソドックスな計画が無理な団員での遠征なのだ。

だからこそ、いかに巧く撤収させるかを考えていたのだ。


今頃になってこんな提案をしてしまうと言うのは、確かにルミィはディアナの参加で混乱しているらしかった。

ルミィ自身もそのことを自覚せざるを得なかった。


ルミィはゲイリーの考えに賛同して見せた。


日が昇り始めていた。

時間が経てば経つほど、奇襲が成立する可能性は減っていく。

議論している場合ではなかった。


余計なことに時間を費やしている場合ではない。


遠征は出発する前に止めるべきであったが、事ここに至っては覚悟を決めるしかない。


自分の当初の目論見とは違うが、後はディアナを無事にクルツ氏の元に返してやるために死力を尽くすのみ。


余計な考えを披露して、ここで団員の士気も下げたくなかった。


唯一の気がかりは、力を尽くしても彼女を護ることが出来るのか、それどころか自分の身さえどうなるのか分からないのではないか、ということだった。


そんな悲愴な決意をよそに、ゲイリーは出発の命令を下す。


一行は森の中の小道へ、偵察をした団員の先導で森の中へと分け入っていく・・・


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