第7話 遠征 その2 ディアナ

本当だろうかとルミィの心には疑念が浮かんだ。


そんな彼の心の動きを見透かしたかのようにゴッドフリーが弁をふるう。


「おそらくは、彼女以上に腕の立つ者は自警団にはいないだろう。そして、彼女が参加させてもらえるのなら、わしも助太刀する。

いい話ではないか。

女の身を案じる気持ちは分かるが、彼女の腕前を一番分かっているのはあんただ。あんたには叶わないにしても、自警団にはディアナに敵うものはいない。

それでも心配というのなら、その心配の役目もわしが引き受けよう。

それに加えてだ、何かの時にはわしは医者の用までこなしてやるのだ。断る方がどうかしておる」


確かに、お世辞ではなくディアナの腕前が相当なものであることはルミィ・ツェルクにしても認めるところだった。

自警団の遠征を手伝ってくれるのは本来ならばありがたい。

それでもルミィがディアナの参加を素直に喜べないのは、自分の姿勢にやましさがあるからだった。


ルミィとしては被害を抑えて無難に失敗してしまうことが、さっきまでの狙いであった。


だが、ディアナが参加するとあれば、その方針を大転換しなくては成らない。

彼女を危険な目に遭わせる訳にはいかないではないか。


ルミィは内心で歯噛みする――いったい、このお転婆はどのようにして父親を説得したのか――と。


「私が参加した方が、自警団の士気も確実に上がります」


ルミィの心を知らぬお転婆娘は大見得を切ってみせた。


本気で勝ちに行かねばならないのか、とルミィの方は逡巡する。


成功を意図するのであれば、手練れのディアナが自警団の中にいる方が心強い。

ただ、それはディアナを戦力として計算し、危険な場面でも存分に腕前を発揮させることを意味する。


そんなことはルミィからすれば検討にも値しないことだった。

戦力として計算すると言うことは被害としての想定もすることになる。


無理な話だ――何としてもディアナを無傷で家に送り届けなければならない。


その卓越した剣の技は何のために備えているのだ、とルミィは自問する。

大切な人を護るためではないのか。


大切な人?――そこまで考えを巡らせたところで立ち止まる。


ディアナは大切な人であろうか。

自分にとって大切な人とは、既に別れを済ませたのではなかったか。


ルミィは自分の思念を振り払うようにして考え直してみた。


ディアナが訓練に加わっていたからこそ、団員が普段以上に張り切っていた面は確かにある。

いや、もっとも張り合いを感じたのはルミィ自身かも知れない・・・・・・


ディアナは、この村にルミィが来て以来、日中は常に傍らにいた。

それが当たり前のようになっていた。

夜に街に繰り出す時間こそ一人であったが、それ以外の時間はいつも一緒だった。


気づかないうちにディアナがすぐ隣りにいることに慣れ、いつの間にか心地よく感じるようにさえなっていた。


振り払ったつもりの考えに、また舞い戻ってしまったのに気づく。


「ルミィ殿、迷う必要はありません。ありがたく受け容れれば良いのです。あんたが考えるべきは、実地においての方策であって、ここは迷って良い場面ではない。

わしに任せなさい」


ゴッドフリーには迷いはないのだろうかと訝みつつ、結局ルミィはディアナとゴッドフリーを連れて行くことにした。

断っても勝手に付いてきてしまうに決まっている、と自分を納得させながら・・・・・


何よりもルミィは自分が本心では喜んでいることを認めないわけには行かなかった。


いつも側にいてくれたディアナがいて、しかも最も有能な団員になるのだから。


だが同時にまったく別な感情が芽生えだしていた。


それまではいかに自分が無事に帰るか、それと同時に団員の被害を最小限に抑え、出来たらゲイリー・クルツを無傷で帰したい、と考えていた。

ゲイリーの計画に沿いながら、自分の想定内の結果に落とし込むことは、それでも難しそうだった。


だが、今となってはそんなことよりも、ディアナを安全に帰宅させなくては成らないという使命感にも似た感情が生まれたのだ。

それどころか、彼女を護るためならいかなる犠牲も厭わないとルミィは密かに決心する。


ゲイリーにも二人の参加を了承する旨を告げた。


半ば、彼が難色を示すことを期待してもいたが、ゲイリーはと言えば、喜色満面で二人を受け入れた。

もちろん、全団員が大歓迎であった。


ルミィが期待した結果ではなかったが、ディアナの言う通り、団員の士気を上げるということに関しては正解だった。


ルミィはゲイリーのすぐ後ろで騎馬を進ませていたが、隊列を変更することにした。


先頭のゲイリー・クルツ団長は変わらなかったが、中盤でルミィとディアナが馬を連ね、最後尾をゴッドフリーに任せることにする。


村を出るに当たって見送る者はいなかったが、日は昇り始めつつあった。


そんな時刻であったが、農家の朝は早い。


村の外に広がる農場では、既に農夫達が働き出している。

朝の畑仕事を始めていた農夫達は彼らの行軍に気づき手を休めた。

続いて、自警団の制服である緑と白の格子縞の上着姿が騎乗したまま列を成していることに目を見張る。


彼らがイズノ自警団であることに気づくと、更に驚きの声を上げた。


何事か、と。


自警団の団長であるゲイリーは、そうした声にいちいち返事をしていく。


「我らは地元有志により結成されたイズノ自警団だ。悪を討ち、我が村のために身を捧げる。

その最初の任務を果たしに行くのである」


「我らイズノ自警団は村の安全のため、この身を顧みずに敵の征伐に向かうところである。見送り、痛み入る」


「自警団の任務として、山賊を討伐に行く。我々の最初の任務に相応しい。無事を祈ってくれ」等々・・・・・・・。


ゲイリーの勇ましそうな返事の数々を耳にして、いつから用意していたのだろう、とルミィは不思議に思った。

そんな余裕があったのか、と。


それらの言葉の中に自警団の心意気がゲイリーなりにこめられているのだろうが・・・・。

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