第7話 遠征 その1 出立

八日後の早朝のこと、自警団の制服に身を固めた総勢二十八名が馬で隊列を組んで、自警団の宿舎を出立した。

留守役は十三名であったが、彼らは騎乗訓練の練度がはかばかしくなく、遠征に連れて行くのは無理とルミィが判断した者達であった。


選抜メンバーが帰って来るのを見た時には、彼らは留守役になったことを感謝するかも知れない、とルミィは密かに思った。


まだ日の出するかしないかという刻限であったため、見送りの者はいなかった。


前夜、ルミィが自警団を率いるゲイリーを補佐して遠征に出ることをクルツ氏に伝えたところ「急な話ですな」とクルツ氏が心配そうに返事をしてきた。


「とんでもない。

代官から十日間の猶予を与えられて、もう余すところ僅かに三日です。これをもう少し訓練しようなどと言っていたら、最終日に森に入って、山賊を見つけられないうちに時間切れなんていうことに成りかねません。

それでは苦労したことに意味があったかどうかも彼らには分からないまま、全てが徒労に終わる・・・・・・・それでもいいとクルツ殿が思うのであれば、取り止めても良いですが」


「いや、そんなことはない。

是が非でも成功させなくては成らない。その決意に変わりはないのですが・・・・・・ゲイリーのことを思うと、果たして良いことなのかどうか・・・・・・」


「恐らく、参加している団員の家族は遠征内容を知れば、みな同じような思いを抱くでしょう。ですが、皆で決めたことなのでしょう?そこまで考えた末に出した結論のはずなのではないですか」


やや突き放したルミィの言葉であったが、クルツ氏には深く感じるところがあったのか、苦悶の表情を浮かると絞り出すように嘆いた。


「今更な話ですが、どうかゲイリーのことを頼みます。・・・・いや、誰の息子であれ、その親にとっては大事な子供です。なんとか無事に帰れるようにして下さい」


「それは約束できません。困難な任務であることは間違いありません。

それをお望みであるならば、自警団を解散することを覚悟して遠征を止めるのが最も簡単で確実な選択です」


「この期に及んで、それを選択する権限は私にはない。

ですが、ツェルク殿は私が見込んだ優秀な方だ。あなたが出来ないことなら誰であっても出来ないと言うことなのでしょう・・・・・・・

私は覚悟して待ちましょう。先ほどの私の申し出はお忘れ下さい」


苦渋の決断とも諦観を含んだ悟りとも付かぬクルツ氏の表情を目にすると、指揮官を補佐する立場として冷徹な判断をしなくてはならないと決めていたルミィの心にも迷いのようなものが生じてきた。

そんなことではいけないと、ルミィは弱い心を閉め出すように言い放った。


「明日の出発は団員以外は家族の誰も知りません。秘密のまま、明日の早朝に出発します。クルツ殿も誰にも口外なさいませんように。

今夜は私も宿舎に行って泊まります」


「そうですか・・・・・」という心配げな返事の様子には、初めて会ったばかりの頃の威勢の良い態度は微塵も残っていなかった。

クルツ氏に中に見えるのは、子を思う親の姿だけであった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


夜のうちに自警団の本来の指揮官である次男ゲイリー・クルツに考えを聞いた。

自信ありげに振る舞う彼の語る計画は、発見された抜け道を進み、敵の山塞を急襲するということだけだった。


敵の人数が四十人前後というのも噂に過ぎなかった。


自警団の能力を考えれば、ゲイリーの考える方法以外のことはやりようもない。


いろいろな状況を勘案すればするほど厄介な任務だった。


自警団の練度を考えれば戦力の質で劣っているのは明白であり、量の点でも噂からすると山賊の方が優っている公算だ。


三人一組での戦い方も、数の点からは上手く機能しそうになかった。

そもそもが商隊護衛に必要と考えた戦術であり、山賊の本拠地を襲撃するためのものではない。


何もかもがちぐはぐであった。


ルミィの本心を明かせば、山賊の討伐を成功させる気は毛頭なかった。

不可能な課題を与えるほど、代官は本気で自警団を潰そうとしている。

それに対抗する手段は別に考えるべきで、山賊討伐を成功させようと若者を死地に追いやる謂れはない。


ルミィが補佐を買って出たのは、一戦交えたなら被害が出ないうちに引き上げさせて、強欲な出資者達を諦めさせるためであった。


いまこうして団員を率いてみると、自分の見通しも甘かったのがひしひしと分かる。戦って無事に引き上げるなんていう芸当をするには未熟な連中ばかりではないか。


より多くの者を無事に帰すことどころか、自分が如何に生き残るのかさえも難しそうだった。


それでも自分自身は生き残らなければならない。

ルミィにはやり残して死ぬ訳にはいかない仕事が残っていた。


そうであれば、団員の無事どころか、ゲイリー一人を護ることも自信がなかった。


ゲイリーの考える作戦には戦力の劣勢を補うような材料もなく、ゲイリーが信じている唯一の勝算は敵の不意を打つ襲撃だということであった。


それでは全く不十分だと彼は気づいているのだろうか?


初の出征だというのに、朝を迎えてもルミィの気持ちは晴れなかった。


早朝のひんやりとした空気の中を、静かに自警団の隊列が進んでいく。

先頭はゲイリーであり、ルミィは彼のすぐ後ろに付いて進んでいた。

そんな彼らの目に入ったのは、行く先で待ち構えるように佇む二騎の姿であった。


目を凝らすと・・・・・・一騎はディアナの姿であった。

更にもう一騎は、彼女の師でもあるゴッドフリーである。


ルミィは訝しんだ。

昨夜のうちに見送り無用と挨拶を済ませたはずだったから。


「ツェルク様、私も討伐隊に参加させて頂きます」


声が届く距離まで近づくと、凛としたディアナ嬢の声が静謐な朝の中に響いた。


意外な申し出であったが、驚きとは別の感情がルミィの心に沸き起こった。

その自分の気持ちに不意を突かれて、ルミィはすぐに返事が出来なかった。


それでも平静さを取り戻すと、感情を抑えて答えた。


「それは驚きです。

しかもゴッドフリー先生まで・・・・・」


ゴッドフリーは目が合うと軽く会釈してきた。


ディアナが続けて言った。


「私は自分の力量を見極めたいし、ツェルク様のお役にも立ちたいのです。

兄の無事を父がお願いしたりして、お困りではないですか」


「ディアナ、そんなことを心配しなくていい。

自分に出来ることと出来ないことを見極めることぐらいなら出来る。

気持ちは有り難いが、この遠征は危険を伴う。稽古とは違う。

私ごとき腕前では、あなたの身の安全を保証する約束は出来ない・・・・・」


「待って下さい、ツェルク様。

私はあなたに面倒を見てもらおうと思って来たのではありません。あなたを助けるために来たのです。自警団の面々の実力を知っていれば、私の申し出はありがたいはず。

先ほどのツェルク様の言葉は、いつか淑女を守る時にでも取っておいて下さい。

心配しないで。私はあなたの役に立ちますし、危険な時は勝手に死にます。そんな覚悟もなしにここまで来るはずもないでしょう。

もちろんあなたは紳士でもあるから、黙っていても私を護る重荷を背負おうとしてしまう。でも、前もってはっきりさせておきますけれど、その件に関してはきっぱりとお断りします。

口で言うだけではツェルク様は私の身を案じなくてはならないと考えるかも知れません。だからあなたの代わりに私の身を案じる役としてゴッドフリー先生に頼んで来てもらったのです」


ゴッドフリーの方を見ると彼は黙ったまま頷き返してきた。


「しかし、ディアナ、お父さまが許可されるはずがない」


「いいえ、話を聞いて父も『勝手に死ね』と諦めてくれましたわ」


驚いてゴッドフリーの方をルミィが見ると、今度も彼は黙って頷いてきた。


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