第6話 決行 その3 命令書
代官が寝不足の頭を叩き起こすために召使いに命じて作らせた薬草湯を口に含んでいると、玄関の方から人の出入りの音が聞こえてきた。
少しして召使いがゲイリー・クルツの来訪を伝えた。
階段を昇ってくる音がして、少しすると執務室の扉が開いた。
若者は寝不足をこらえている顔をしていたが、その割には団員服を身に付けた姿は整っていた。
若草色の団員服は、灰色の衛士隊の制服とはかなり違う印象を与える。
自警団の者はゲイリーを筆頭に育ちのいい者が多いのだが、若草色はその育ちのイメージとピッタリだった。
「甘っちょろい若造共め」と代官は内心では毒づいてしまう。
ゲイリーは代官の前でかしこまって静かに立っている。
「代官の至急の命令により、自警団代表のゲイリー・クルツ出頭致しました」
「時間が時間である故、驚いたかと思うが、支障なかったか」
「はい、問題ありません」
「良い返事だな。
他でもない、自警団の存続についてだ。
先日のルミィ・ツェルク氏との話とは別に、公式にその設立を認可しようと思う。
有志の私的商隊の護衛に活用することも認める所存である」
ゲイリーの顔が明るくなるのが見て取れた。
「ただ、一つ条件がある。
自警団の存在意義として実績をあげて欲しいのだ」
代官の話にゲイリーは不思議そうな顔をする。
「これから認可する自警団に実績があるはずない、というのは良く分かる。
そこでだ、丁度良い案件があるのだ」
代官はゲイリーを招き寄せ、机の上に地図を広げた。
「先日、南へ向かう街道筋に秘密の抜け道を見つけた。
なに、牛飼いが迷い牛を探している最中に、たまたま見つけたのだ。
網に枝や落ち葉などで偽装して、うまく隠してあったそうだ。この抜け道の調査を隠密理に進めてきたが、どうやら『常世闇の森』の山賊共の隠れ住む山塞に続いていることが分かった。
これは千載一遇の好機であろう。
山賊は討伐しなくてはならない。違うか?」
「おっしゃる通りにございます」
「そこでだ、その討伐を自警団の実績として欲しいのだ。
猶予は十日間だ。
その実績をもって自警団の発足と活動を認めよう」
代官は言うだけ言って口を閉ざしたが、ゲイリーの方は見る見る額から玉の汗を流し、どうして良いか分からない、と言った体である。
そのまま彼の方も一言も発しないので、代官は再び口を開いた。
「何か問題でもあるか」
「はっ・・・・・・・・・・・・・・我が自警団は何ぶん経験不足に訓練不足でありまして、いきなりの大任は難しいかと存じますが・・・・・・」
「訓練も経験も足りないというのなら、ものの役に立たないと言うことだ。そんなものの設立は認められないな。
それとも何か、またルミィ・ツェルクに泣き言でも言い付けに行くか。
だが、あやつは通りすがりの旅人に過ぎないのだぞ。団員の代表はおぬしなのだろう。お前が決めなくてどうする。
ま、即答できないというのなら仕方がないが」
ゼレベンゾは椅子の中で踏ん反り返り、薬湯を口に運んだ。
ゲイリーはしばらく考えあぐねたような顔をしていたが、ややあって決意を固めたのか、敢然とした様子で口を開いた。
「お待ち下さい。
私は団員の代表であり、責任者でもあります。
自警団の発足と活動を認めてもらえるというのなら、困難でもその課題をやり遂げるしかありません。
ただ、後々のために書面にて、公式に命令書としていただけないですか」
ゼレベンゾはその返事を聞くと直ぐに用意してあった命令書を投げ渡した。
ゲイリーは平然とそれを受け止めた。
「討伐の暁には、設立認可と商隊警護・地域警護などの活動も認める旨を記しておいた。
全てお前等の望み通りだ。こんなに親切なのに、どうして『意地悪ゼレベンゾ』などと呼ばれるのか不思議に思わんか?」
ゲイリーは意味が分からないのか、呆けたように立ち尽くす。
「妹のディアナに命令書を見せて、今後はその名で呼ばせるな」
それだけ言うと、ゼレベンゾは再び椅子の中に身を沈め込み、手を振って部屋を出て行くように促した。
そのゲイリーと入れ違いになるように入ってきたのは、不寝番の家令であった。
「こんな時間だというのに、今夜は予期せぬ訪問者が多うございますね」
「そういう夜もあるわい」
と、イライラとした声で答え終わらぬうちに入ってきたのは、衛士隊の部隊長の一人ホスキンであった。
彼の部隊は村内の警邏役目としているのだ。
「先刻、報告を受けてジャビス農園沿いの街道に部下と共に行って参りました」
これこそが代官の待っていた報告のはずだった。
ただ、それはホスキンから伝えられるはずがない報告である。
それが意味するところは代官には悪い報せということだ。
ホスキンは代官の悪い予感の通りの話を始めた。
「そこで、代官の護衛官ルイシンカとペドロが昏倒しているのを発見しました。発見した衛士に詳しく聞くと、仲間内の喧嘩で乱暴に及んだということです」
みるみる代官の顔色が変わった。
「衛士隊のぼんくら共に二人が倒される訳がなかろう!」
「と、言いますと?」
「ルミィ・ツェルクに決まっている!」
ホスキンは考え深げに頷くと聞いた。
「代官の命令で二人は衛士を引き連れてツェルクなる人物を捕らえに行ったので?」
途端に代官は黙り込んだ。
「代官、知っていることがあるなら教えていただけませんか。そうでないと、私の方で衛士隊員と護衛官から調書を取らないといけません。護衛官が目を覚ますのには時間が掛かりそうです。そんな手間が省けることなら大歓迎なので」
「ホスキン、そんなに面倒なら調査は即刻中止で構わん。いや、調査する必要はない。そもそもルイシンカもペドロもこの村では他所者だ。捜査を希望する者もいないだろう」
「へ?」
「代官命令だ。
そんな乱闘はなかった。いいな」
「いや、そういう訳にもいきませんでしょう。ツェルクなる人物がそのような乱暴狼藉を働いたというのなら取り締まりしませんと」
「何を話しているのだ?二人の衛士は仲間内の喧嘩だったと言っていたのだろう」
「代官が違うと言ったんですぜ」
ゼレベンゾ代官はホスキンを睨みつけた。
「何の話だ?
お前はわしに衛士隊と護衛官の喧嘩の話をしに来たのだろう?わしがそれを否定するはずがなかろう」
ホスキンは戸惑った顔で黙り込んだ。
「護衛官が負傷して意識が戻らないなら困ったものだ。良い医師に診てもらうとしよう。
こんな朝早くの報告ご苦労だった」
「そう、こんな時間に報告するのは迷惑かと思ったのですが、来てみると既に公務を始めているというではないですか。
先ほどの代官のしらばっくれ方と、こんな時間の公務・・・・・・妙ですね?」
ゼレベンゾは再びホスキンを睨みつけた。
「鈍いのか、鋭いのか、分からん男だなぁ!
お前が何を考えようと自由だが、捜査の継続はまかりならんぞ!」
最高指揮官の命令ではホスキンもそれ以上の手出しは不可能であった。
それでも彼の心には闘志が灯っていた。
「この秘密は必ず暴いてやる」と。
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