第6話 決行 その2 首尾

「デトラの仇だ。悪く思うな」


ルミィは声を上げて笑って見せた。


「それで、これだけの助っ人か?丸腰の相手にか?

護衛官と言っても、強さは見せかけのようだな」


「うるさい。我らは公務がある故、私闘で役目が果たせなくなることの許されぬ身だ。理由有ってのことだ」


「それでも丸腰の相手にこれだけの人数は臆病すぎるだろう」


衛士隊の連中はルミィの言葉にやや動揺したようだった。

ペドロが確かめるようにルイシンカの方に視線を送ったが、ルイシンカは黙って首を振った。


「危険窮まりない男だ。騙されるな。

なに、一斉に掛かれば仕留められる。

いいか、それ!」


だが、ためらいで踏み出し遅れる者をルミィは見逃さなかった。

素早くその男の胸元に飛び込むと相手の腕を掴み、空いた方の手で顔面に拳を叩き込む。

相手が思わず離した剣を掴み取ると、そのまま柄をその男の顎に突き出す。

脳天まで衝撃に震えた男は、崩れるように倒れた。


一瞬の早業に一同が動揺するのが見て取れたが、ルミィは休むことなく直ぐ隣にいる男の懐に飛び込むように踏み込むと、再び剣の柄を額に突き入れ、抵抗する間もなく片付けた。


他の二人の衛士は恐れを成してルイシンカとペドロの後ろに引き下がった。


「さぁ、どうする、護衛官殿!ここから先は柄ではなく剣を使うぞ!」とルミィが叫ぶと衛士達は暗闇に姿を消した。

残るはペドロとルイシンカのみだった。


ルイシンカは長刀を構えて踏み込んだ。


「俺たちは元々、鎗や長刀などの得物を扱うのだ。剣の手合いでクルツのお嬢に負けたのなんかを当てにしていると痛い目に遭うぞ」


「剣術道場での稽古なんぞ問題にならないような修羅場をくぐり抜けて身に付けた技よ。デトラの仇!わが痛棒を食らえ!」とペドロが火の出るような勢いで鎗を振り下ろしてきた。

ルミィはそれを間一髪でかわすと、そのまま斬り付けようとしたが、ルイシンカの長刀が迫ってくるのを剣で受け止めて、すかさず後ろへ跳び下がり、距離を取り直した。


ルイシンカはそのまま追いすがるように長刀を逆に振るってルミィに迫ろうとしたが、ルミィはその剣撃を受け止めて払いのけざまに長刀に沿わせるようにして切り込むと、慌てて退いた。


間合いの問題である。

長刀や鎗の相手では、普段以上に素早く長い踏み込みが必要になる。

危険も大きくなるのだ。

そんなことはルミィは実践で経験積みであった。


どうやら、ペドロの反応の方が鈍そうだ、とルミィは見当を付けた。


次の瞬間、ルミィは駆け込みざまにルイシンカに剣を振り下ろす攻撃体勢に入った。

ルイシンカは素早く長刀でルミィの剣先を跳ね上げようとしたが、ルミィはそれに付き合わずに長刀の切っ先をかわしざまに、彼の右脇に飛び込んで、その勢いのままに喉元に剣の柄の側を叩き込んだ。

まさしく捨て身のかばい手である。


その打撃の激しさにルイシンカは崩れるように倒れ込む。


ルミィが振り返ると、ペドロは僅かの間にルイシンカが倒されたので為す術なく立ち尽くしていた。

しかし、彼は急に目覚めたかの如く勢いよく鎗を突き出してきた。

それがかわされると勢いよく鎗を振り上げるようにして振りかぶるや、そのまま右から凄まじい速さで豪快に鎗を薙ぎ払ってきた。

その鎗よりも早く一直線にルミィはペドロの脇を駆け抜けた。

すれ違いざまにお見舞いした拳はペドロの顎に炸裂し、意識を失った彼は振り回した鎗に引きずられるように倒れ込んだ。


ルミィはルイシンカの方に駆け寄ったが、彼は昏倒していた。


「権力者の走狗は、無理難題で痛い目に遭うばかりだ。腕が立つのに気の毒だ」

それからルミィは立ち上がると倉の影から出て、再びクルツ邸への帰途に付いた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


夜明け前、今で言うなら四時頃であろうか。


ゼレベンゾは呼び鈴を鳴らした。

不寝番の召使いは部屋に入り、煌々と明かりが灯ったままの執務室に驚いた。


「お代官さまはお休みにならなかったので?」


「お前だって寝てはいないだろう」


「それは私めの仕事でございますから」


「わしも仕事だ。仕事だからこそ、こうして手紙を書いておった。

いいか、別の下男をたたき起こして、この手紙を持って自警団の訓練場へ届けるように命じて参れ」


「自警団の訓練場では通じぬかも知れません」


「それもそうだな」

と言うのも「自警団など認めていない」と言うのが彼の口癖であったから、代官邸では自警団はないものとして皆が振る舞っているのだ。


「ではクルツの南農園に宿舎と言えば通じるか。そこのゲイリー・クルツに手紙を届けて欲しい」


「こんな時間では向こうは寝ていましょう」


「無理矢理でもたたき起こして手紙を読ませよ」


「そうなると多少は屈強な男がよろしいでしょう」


「そんなことはお前に任せる」


召使いが引き下がるとゼレベンゾは考えに耽った。


今夜、決行すると言っていたのに、なぜ報告が遅れているのか?と。


仕事が終わって飲みに行ってしまったのか。

報告が必要なことを忘れて?


デトラがいないとこうだ、と代官は顔をしかめた。

デトラ以外は武辺者ばかり。

常識をわきまえていない連中だ。

だからこそ、僅か三人であっても指揮官が必要になるのだ。


「早く快癒してもらわないと、不都合が生じるな」と彼はひとり呟いた。

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