第6話 決行 その1 待ち伏せ

ゼレベンゾ代官が着任して、カムワツレ王国金貨がイズノ村に溢れるようになると、それを自分の懐に収めようという連中も集まって来る。

例え、道中に山賊が出没しようが、怪物の襲撃があるかも知れないとしても、金の魅力に抗せぬ者達が多くいる。


村の中心部には大小の店が建ち並び、「こんな辺境の村で」と見る者を驚かせるような高級品が売られていることもある。


空前の活気に溢れ返っているのだ。

しかも、まだまだ金貨は増え続けそうな勢いであるから、後に続こうとする者は絶えそうにない。


村の中には小さいながらも繁華街も出来、飲み屋や賭場場、その他、怪しからぬ店も出来ていたりする。

日中、苦労して集めた金貨を吐き出させて、そっくり貯め込もうという連中が手ぐすね引いて待っている。


自警団の訓練が終わるとルミィはクルツ邸に戻り、そこでディアナが希望すれば稽古を付けてやる。

その後、クルツ氏に招かれて夕食になる。


それまでにルミィは店番の男とも話をし、村に新しく来た男がいないか確かめるのが日課だった。


夕食が終わった後は、更に繁華街に一人で出かけ、幾つかの店に入っていく。そこで一刻以上掛けて村の出来事に耳を傾け、それから夜中に戻るのだ。


数日のうちに、そうしたルミィの行動様式をルイシンカは把握するようになった。


「豪勢じゃないか。訓練で稼いだ金を毎晩毎晩、惜しげもなく使ってしまうのだから」と彼は同僚のペドロに言った。

「とは言え、おかげで仕事がやりやすくなった。酔った帰り道に襲撃を掛ければ良いのだから」


ペドロも同じ考えであった。


「夜道をクルツ邸まで帰るとなれば、ジャビスの倉の前を通る。あそこは人気が途絶えるし、あの大きな倉は手下共を隠すのに持ってこいだ」


ならばどうするか。

決行準備をし、その日を代官に伝えるのみだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ルミィは酒場を巡るが、実は酒を飲んでいなかった。

店番から聞き出した訪問者について知った者がいないかを聞き出し、直接話を聞けるようであれば酒を奢り、相手の口を滑らかにするため、酔った振りをして冗談を言い合う。

そんな風に時間を過ごしていた。

景気づけに店に来た者に奢ってやっていると「それ以上呑みなさんな。また、用もない奴にたかられるよ」などと親切に止めてくれる者までいた。


彼らは酒も飲まずに酔った振りのルミィにすっかり騙されていたのだ。


であるから、酒場を後にしたルミィの姿を子細に観察すれば、店から離れ、人通りが少なくなるにつれ、足取りが急速に確かなものになるのを認めたことだろう。


ルミィは繁華街を抜け、代官邸通りとの合流点に差し掛かる頃には幾分しっかりとした足取りになった。

そのまま北通りに曲がって進み行き、静まりかえった買い物通りを通過すると、すっかり別人のような早足で道を進み、ジャビス農園へと急ぐ。


代官通りを真っ直ぐにクルツ邸へ向かう方が近いのだが、繁華街から帰る者や飲み屋で働いている者などの目が有る手前、酔った振りのまま帰らなくてはならない。

それが煩わしくて、人気のない北通りを回って帰るのだ。


一人っきりになると考えてしまう、「ここで自分は何をしているのだろうか」と。


――そう、ディアナの空想の大半は「当に図星」であったのだ。


二人組を追い求め、辺境の地まで来たものの、出来ることは相手がやって来るのを待つだけ。

このまま姿を現さなければ、只の待ちぼうけ。

もう彼に出来ることはない。


仕事が失敗するだけなら彼自身は構わないが、背負ったものがある。

それは放り出すわけにはいかない。


先回りした筈なのだから、そろそろその時機が訪れようとしているはずだった。

だが、まさにその時に及んだ場合、果たして自分には準備が出来ているのだろうか。

ディアナは腕を鈍らせないために必要な稽古相手であった。

彼女は長足の進歩を遂げたが、それはルミィの稽古のためにもなっていた。

彼女は未熟ではあったが、独創的な閃きを持ち、その相手をすることは刺激でもあったのだ。


「だが、奴等は私よりも強いかも知れない相手だ」


そう考えると、如何なる準備も不十分でしかない。


常に焦りがルミィの内にはあった。


ジャビス農園の倉が月明かりを遮り、影の中に道が入っていく。

それとともに月に雲がかかり、辺りは漆黒の闇に染まる。

ルイシンカ達は好機到来と、その期待を抑え込んだことであろう。


ルミィはその同じ暗闇の中で人の気配を感じ取る。

しかし、相手にも見えはしないのだ。


彼は立ち止まり、辺りを窺う。


五―六人か?

だが、その動きは訓練された人間のものだった。

いつぞやの追い剥ぎとは大分違う。


ルミィが一歩踏み出した瞬間、掛け声と共に六つのカンテラが明るく道を照らし出した。


明かりはルミィよりも少し先を取り囲む具合で半円を描いていた。

すかさず彼らはルミィににじり寄り、地面にカンテラを置くと武器を構えた。


「おや、見知った顔もあるな」とルミィは言った。


ルイシンカは長刀を持って立ち、ペトロは鎗を構えていた。

他には四人の衛士隊の者がいた。

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