第5話 代官 その2 代官邸
御者は急に声をかけられてビックリ仰天したようだったが、へどもどしながらも「間違いありません」と答えるしかなかった。
代官は恨めしげに御者を振り返り、それから渋々と青い顔を上げた。
「私は団員の訓練をするに当たっては、出来なければ何度でも繰り返し同じ事をさせます。一部では偏執狂の気があるのではないかと陰口まで叩かれている。
ま、そんなことはどうでも良いか・・・・・
では、改めて伺いますが、代官がここまで足を運んだのは、よもや自警団の解散を命じに来たのではないですよね。自警団の活動を認める旨を伝えに来たのですよね?」
代官は周囲を見渡すが味方が一人もいないのを確認しただけだった。
「そうだ、その通りだ」
「良い返事に聞こえますが、もっと大きな声でハッキリ言っていただきたい。
後々、また同じような事をしなくても繰り返さなくとも済むように。またやりたいなら別だが」
「自警団の活動を代官として認める旨を伝えに来たのだ」
「いいでしょう!」とルミィは嬉しそうな声を上げた。
それから「おい、君!」と御者に向かって言った。
「済まないが、君は証人だぞ。嘘偽りなく、代官が認めたことを聞いたな」
「へい」
「これで、いいだろう。
ゲイリー、私は代官を庁舎に送り届けてくるから、その間、訓練をしっかり続けてくれたまえ」
そう言うと、彼は昏倒している護衛官を一人で軽々と抱え上げ、そのまま馬車に押し込んだ。
それから馬車に乗り込み、「さぁ、準備できましたよ」と代官に声をかけた。
代官は怒りと恥辱で顔を赤黒く染めながら、無言で乗り込む。
それを見ると「私も付いて行くわ」と、ディアナも馬車に乗り込んだ。
ややあって「代官邸へ」という声が微かに馬車の中から聞こえた。
中で聞いていたルミィは「庁舎ではないのか」と意外な思いを抱いた。
御者は馬に手綱で合図を送ると、馬車は何事もなかったかのように走り出した。
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「ディアナは来なくても良かったのに」
「だって代官邸に殴り込みでしょ。味方がいた方がいいんじゃないかと思って」
「そんな不穏当な訪問にはならないさ。代官は自警団の活動を公式に認めて下さったのだ。恩を仇で返すような真似はしない」
「でも、デトラの仲間が面白く感じないんじゃないかしら。
それよりも私が気になるのは、代官邸に常駐している衛士隊をけしかけるんじゃないかということよ。大体、十人前後はいるはずよ」
こんな話を当の代官のいる前でするのだから、彼はどんな顔をして良いか分からず、苦虫をかみ殺したような顔で黙っていた。
ルミィがそんな代官に声をかけた。
「代官、お前の対応の話をしているのだ。お前の方から言いたいことはないのか」
「特にない」
「なんだと。自分の部下にどのような対応をさせるか教える気はないと抜かすか」
「そんなことは言っていない」
「だったら、代官の考えを聞かせてもらおうか」
「客人が礼儀をわきまえた行動をする限り、手荒な真似をするはずがなかろう。
ましてや、庁舎ではなく代官邸に行くのだ。代官邸にはわしの家族もいる。
荒っぽいことは避けたい」
「なるほど。私としては、デトラ護衛官に早く治療を受けさせてやりたい」
代官は屈辱に唇を噛み締めた。
しかし、ルミィはそれが目に入らぬ振りをしながら言った。
「まぁ、ゼレベンゾ・ブルワンという男には先見の明があり、確かな商機を見出して、代官に就任した。代官の権力を持ってすれば、商隊の護衛に村の衛士隊を使うことが出来る。こうして始まったカムワツレ王国との交易は、代官個人の利益だけでなく、村にも莫大な金銭と商品の流通をもたらした。つまりは代官と村、双方にいいことをしたのだ。これは善政として村人から歓迎されたであろうし、世に褒められるべきものだったろう。
既にその善政も六年に及び、代官は莫大な蓄財を成し遂げた。そうなると『よそ者』のくせに、という不満や妬みを持つ者も出てくる。これがディアナの父親達だ。先行者は利益を独占しようとして、新規参入者を妨害する。
確かに、商機を見出した才覚も、それを実現する先見性も、代官が独自に考えついたことだ。それを真似されて、利益が減るのは許しがたい、と考えるのは分からないではない。
しかし、独占による利益を守ろうとし続ければ、せっかくの善政も忌むべき圧政に変わってしまう。既に評判は落ち始めている。強欲と呼ばれ出していることを知らないはずはあるまい。村の救世主は、すでに強欲な暴君と呼ばれ始めている。
だが、良い解決策がある。新規参入者との争いを、商品提供者の獲得合戦に移行するのだ。利益誘導でいかに多くの商品を集めるか。そして、カムワツレ王国へどのように売って利益を大きくするか。そういう争いこそが利益をより大きくしていく商売の争いではないのか。
政治的権力で商売を支配しようとすれば、却って上手く行かなくなるものだ」
顔色を変えるほど怒っていたはずの代官も、ルミィの話が進むにつれて興味を抱いたようだった。
途中からはすっかり感心したように耳を傾けていた。
「お主、なかなか商売のことを知っておるな。なにか商いをやっているのか?」
「とんでもない。
私は一介の剣術師範。商売なんてとんでもない」
「何か、具体的な妙案はないか」
「そんなものは、実際に売り買いする人が考えるものだ。それに私はクルツ家の味方なんだ。もしも妙案があったとしても教えるはずがない」
ディアナにとっても、ルミィのまったく知らない面であった。
「本当にあなた、何者なの?」と思わず言葉が突いて出た。
「なんだ、なんだ、ディアナまでそんなことを言い出す。
こんな話は商売のほんの初歩の話だ。
言ってみれば、剣術の技術を売る程度の商売でもわきまえておくような考え方だ。感心する方がどうかしている」
などと話しているうちに馬車が止まった。
代官邸は門からの道が玄関前の車廻りに続いている。
馬車が入ると門番が呼び鈴を鳴らすのが聞こえた。
馬車が玄関前に止まると、大扉が重々しく開かれた。
そこには衛士と召使いが並び、そのうちの一人が進み出て、馬車の扉を開ける。
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