第5話 代官 その1 護衛官

ルミィ・ツェルクが自警団の訓練を任されて、一ヶ月が経とうとしていた。


自警団の面々は肉体的にも技能的にも以前よりも逞しくなっていた。

そのことはルミィにしても手応えを感じていたが、経験のない新兵は信頼し難いことも彼はよく知っていた。

とは言え、見た目が様になっていれば商隊の護衛だけならば勤まるであろうと楽観していた。


この日も訓練の一環で団員達に格闘術を手ほどきしていた。


見ると、村の方から馬車が近づいてくるのが視界に入ってきた。


馬車は四頭立てで調度品もピカピカの豪華なものであった。


「代官の使いかしら」と彼の近くにいたディアナが呟いたが、馬車が彼らの側まで来ると彼女の予想が外れたことが分かった。


馬車の扉が開いて降りてきたのは、小男ながら恰幅の良い中年男性であった。

馬車から降り立った彼は、つかつかとルミィに歩み寄ると軽く会釈した。


「君が噂に聞く自警団の剣術師範かね。

わしが聖アスカ王国からこの村を預かる代官ゼレベンゾ・ブルワンである」


「さて、噂は知り申さぬが、私が自警団の指導に当たっているルミィ・ツェルクです。以後、お見知りおきを」


彼が挨拶を返すうちに、次いで大柄な男が馬車から降り立ち、代官の直ぐ脇に立った。


「そちらの方は」とルミィが友好的に問うと、代官は横柄に答えてきた。


「彼は代官の護衛官デトラ・フーゼスだ。

君も腕が立つらしいが、彼も相当な腕前だ。まぁ、彼には目を付けられない方が利口というものだろう」


「さて、目を付けられるようなことは身に覚えがないのだが」


ふん、と代官は鼻を鳴らした。


「そもそも武装集団を養うことを私は許可していない」


代官の訪問に慌てて駆け寄って来ていたゲイリーがすかさず反論する。


「聖アスカ王国の司法省から許可を得ているし、執務庁から認可も受けている。その認可状は既に代官庁に提出してあるし、代官もご存知のはず」


「確かに手続きは済んでいる。

しかし、『村の行政官が問題ありと認めた場合は見直すこともある』と但し書きが添えられているだろう」


ゲイリーは認可状の写しを取りだして確認する。


「烏合の衆かと思っていた自警団だが、ここへ来て専門家が指導するようになって、状況が変わった。練度を上げたため危険な集団になったということだ。

残念だが自警団には解散を命じようかと思う」


「何を!代官の横暴だ!司法庁に訴えるぞ」とゲイリーが色めき立つのをルミィは押しとどめた。


それから代官の方に向き直り、大声で怒鳴り上げた。


「おや、そんな危険な集団のところに、そこの唐変木一人を従えてやって来たと言うのか。

もし本当なら代官は大した度胸の持ち主だ。

ここから無事に帰れるかどうか、見物だな。代官なんぞ来なかったことにだって出来るのだぞ」


ルミィの大声にゼレベンゾは肝を潰したようだったが、平静を装い護衛官に命じた。


「あいつを黙らせろ。

先ほど目を付けられない方が良いとご忠告申し上げたのをお忘れか!」


護衛官デトラ・フーゼスは代官とルミィの間に、その巨躯で割って入った。

ルミィと護衛官は胸を突き合わせる格好になったが、護衛官の方が半尺ほども高い位置に胸があった。


「少々剣術が出来るからといい気になるなよ。本当の戦いっていうのは、試合と違っていろいろある。キレイな戦いばかりじゃないことを教えてやろう」


言うや否や、護衛官はルミィを突き飛ばそうとしたが、素早くその腕をかいくぐったルミィは目にも止まらぬ早業で彼の臑を蹴り上げた。

大男はつんのめって前のめりに倒れる。


 「おいおい、雇い主の前だからってあんまり張り切ると怪我の元だぞ。そんなに焦っていては、次もディアナに勝てるはずない」


ルミィが囃し立てるのに自警団の面々はドッと湧き、護衛官はというと顔面を紅潮させて怒りを露わにする。


「この野郎、目にもの見せてくれるぞ!」


ルミィは素早く間合いを取って男の正面に向き直った。それから鷹揚な口調で問うた。


「剣で来るか、それとも素手で来る気か」


護衛官が代官の方をチラリと見ると、代官は微かに頷いた。

それを確認するや否や、護衛官はものも言わずに殴りかかってきた。

ルミィは自分の間合いだったので、素早く身をひねるようにして拳を避けると、そのまま腕を取り、一瞬かがんだ姿勢から身体を半回転させるようにして、相手に背を向けた。

ほんの一瞬の間であったが、一気に腰を跳ね上げると、大男は腕を取られたまま体を浮かせ、そのまま一回転すると腰から地面にひっくり返る。

それに引きずられるようにしてルミィも体ごと身を翻らせ、その勢いのままに素早く肘を相手の喉元に打ち込んだ。


ゴボっと呻きのような吐息が漏れるのと、ルミィが立ち上がるのは同時だった。


「これで代官を護る人間はいなくなった」


冷静なルミィの声に代官が本当に震え上がった。


「ご懸念には及びませんよ。私が無事に代官を目的地までお送りしますから。

ところで、代官は自警団の解散を命じに来たのではないでしょうね?」


無表情なルミィの顔つきに、代官はその真意を測りかねた。


ルミィは足元の護衛官に視線を落とし「可哀想に」と呟いてから顔を上げる。


「で、返事は?」


代官は行き先を庁舎の誰にも告げずに来てしまったのを思い出す。

記録に残さずに非公式の通告をして締め上げてやろうと思っていたからだ。

それが裏目に出たかと、一層恐ろしくなり顔が更に青ざめる。


「分かった。考え直してみよう」


「よく聞こえませんな。もう一度、大きな声で言ってもらえませんか」


「これでは脅迫だぞ」


「まさか。あなたの方から予告なしにやって来て、腕自慢の護衛官をけしかけた。それなのに、ここで初めて顔を合わせた私が、あなたを脅迫するのですか?

自警団の連中だけでなく、あなたの馬車の御者も証人だ。

おい、君、私の言っていることに間違いがあれば訂正してくれ」

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