第4話 訓練 その3 ディアナの行動

翌日から再び、日中は自警団の指導と訓練が繰り返される。

それも整列や集合・散開、行軍ばかりがである。

まったく、うんざりするほど執拗に繰り返させられた。


単調な上に、体力的にも精神的にも想像を超えて過酷なものになった。

途中からはディアナも夕方の稽古を頼みに来なくなった程である。

他の普通の団員ともなると音を上げる段階を通り越して怨嗟の声まで上がりそうな程であった。

それに気づかぬルミィではなかったが、彼は黙って必要な練度に上がっていくのを確認していた。


半月ほども同じ事ばかりが繰り返され、その動きがようやく様になってくると、ルミィはようやく全員の前で戦闘行動について説明をした。


「基本は三対一だ。蛮勇を見せる必要はない。集団で行動し、集団で勝てば良いのだ。剣の扱いに慣れた者相手には、君らのような初心者では二人がかりでもどうにもならないだろう。それで一人倒されれば、もう一対一になってしまう。二人がかりで向き合うところに後ろからもう一人が牽制を掛ける。こうして初めて君らの方が有利に戦えるはずだ。

それで上手くいかないようなら、助けを求める、或いは逃げる、と選択肢があるわけだ。

この数日、馬での集合・散開・整列など散々やったから、三対一になることや、援護に駆けつけたり、逃げたりするなども、以前よりも思い通り、上手く動かせるようになっているはずだ。つまらない訓練だと思ったかも知れないが、こうした目的に繋がる訓練だったわけだ」


ルミィの説明に多くの団員が得心した顔を見せた。

その様子を確認したルミィが命ずる。


「ゲイリー、団員のみんなを三人組に分けてくれ。その後は二組が合同して、代わる代わる三対一の戦闘訓練だ」


こうして団員が戦闘訓練を始めると、今度は各組を順繰りに見て回り、直接指導を加える。


「そこ、三人目が積極的に関わろうとしないと、二対一になってしまうだろう。モタモタしていると一対一になってしまう。三対一の時は、むしろ積極的に攻撃を加えていかないと、優位を保てなくなるぞ」とか、「一人で三人を相手にする役になった者、上手く受けながら向こうが消極的になったところを見逃さずに攻め込むこと。やられ役に徹するようでは訓練にならないぞ」といった具合。


騎乗位置を思いのままに操れないと戦闘も上手くいかないのが理解され、更に行軍などの訓練にも熱心に取り組むように変わり出す。


ゴッドフリーもディアナも彼らの技能の向上に目を見張った。


「さすがじゃな。この連中が短期間にこうまで意識も技術も上達するとは思わなかった」


「いやいや、この程度では戦い慣れた山賊の相手は難しい。ちょっとした盗賊相手なら取り締まりも出来るかも知れないが、それなりの人数相手になったらどうだろう。その上、取っ組み合い・斬り合いまでが加わったら、そんな荒っぽいことと無縁な連中ばかり、果たして使い物になるかどうか。

実地経験のない者は、いざという時に予測が立ち難い」


もっともなことを言う、とディアナは感心しながらも別の感想も抱いていた。


夕方にディアナが稽古を頼みにいかないと、ルミィは一人で街に出て行っていると耳にした。


知らない街に一人で?と、不思議に思い調べてみると、街に出ては「新しく村に来た者がいないか」と聞いて回っているという。

誰かに追われているのか、それとも誰かを待ち伏せしようというのか?


ルミィ自身は剣術師範の仕事でカムワツレ王国へ向かう途中だと説明していたのに。


それが嘘で作り話だとすると、正体は官憲に追われている逃亡犯かも知れない。

いや、逆に逃亡犯の立ち寄り先で待ち伏せする巡察士とか・・・・・・・。


そんなことを考えながら聞いて回っていると店番のエディが訳知り顔で教えてくれた。


「あぁ、やっこさんね。あいつは女がらみで逃げてきたみたいですぜ。おそらくはカムワツレ王国に行くというのは建前でしょう。実際に向こうで新しく商売する気か知れやせんが、それほど確かな仕事の当てがあるという訳でもないんじゃないですか。だから、旦那様の頼みで長逗留しているんでしょう。浮気された亭主に追っかけられて逃げてきたなんて、恥ずかしいでしょう。だから適当なこと言ってるんじゃないですかい。そんな奴ですからお嬢様も気をつけなさいませんと。あいつと稽古する時は旦那様かゴッドフリーに付いていただきませんと、危のうございますよ」


「そんな適当な男に見えないけど」と言うとエディは更に知った顔で答えてきた。


「お嬢様、男なんて信頼するもんじゃございません。女を口説き落とす段になったら、どんなあくどいことでも、嘘をこしらえることも平気なんですから。

確かにあいつはいい奴かも知れませんが、いい奴のままでいるにはちょっといい男過ぎる。色男を気取ってみたら、女の方から言い寄られたか知りませんけれど、その女に亭主がいてバレちまった、と。そんな具合じゃないですか」


そんな話を聞かされて、ディアナは少しばかりがっかりしたが、確かめる意味もあって更に聞いてみた。


「ねぇ、ルミィは一体どんな男に追われている、と言っていたの?」


「それが傑作でしてね。七尺はあろうかという頑強な大男だというのです。しかも、六尺近い男を伴っていると言うのでさぁ。そんな屈強な二人組相手じゃ、やっこさんも逃げるしかないんでしょ。そいつらが村に入ってくるようなら真っ先に報せてくれと頼まれましたから、お嬢様があいつに稽古を付けてもらえるのも、それまででございますな」


「大男に二人組だと言っていたの!七尺もある大男!」


ディアナの驚く様子にエディは満足したようだった。


「お嬢様もお気を付けまさいませ。剣の腕前はそこそこか知れませんが、女にだらしない野郎かも知れませんし、もしも亭主がやって来れば尻尾を巻いて退散するような奴です。間違っても惚れちゃいけませんぜ」


「分かったわ・・・・・・

エディ、あんたこの話は秘密にするように頼まれていたんじゃないの?あんまり言いふらしたら駄目よ。もしも他でペラペラしゃべっているようなら、お父様に言いつけるわよ。エディはお客の秘密をペラペラと吹聴していますって。

ルミィの信用が落ちたら、自警団の士気にも関わるでしょう。そんな話を広めることはお父様の計画を邪魔していることになるの」


エディはディアナの剣幕に畏れ入ったようであったが、彼女はルミィに人を見る目がないのを知った。

エディのような手合いには口約束では無理なのだ。

釘を刺しておいて刺しすぎるということもない。

むしろ脅し上げて黙らせるくらいでないと、秘密になんか出来ないのだ。

そのぐらい、ちょっと話せば分かりそうなものじゃないか、と。


もっともエディの話自体は大層興味深いものだった。


エディは気づいていないようだったが、そんな大男の二人組と言ったらピンと来て然るべき者がいるではないか。

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