第4話 訓練 その2 謎の行動

翌日、ルミィは午後から自警団の訓練場に顔を出すと言付けると、外へ出た。


街道からの分かれ道に続く村の入り口で周囲を眺めながら、地形的な確認をしていた。

自分が馬に掴まりながら駆けてきたであろう経路に思いを馳せる。

どんな恐怖に襲われて馬は走っていたのだろうか、と。


只の農村だった村は代官の交易が成功して以来、商いを生業とする者も増え、田舎の村には似つかわしくない賑わいを見せている。


クルツ邸も単なる地主の屋敷から交易品を取り扱う店舗となり、商売を手伝う若者も多く雇われている。


ルミィは店番に尋ねる。

店番はエディと名乗った。


「商売繁盛しているが、村の外からやってくる者も多いのか?」


店番の男は他の店で働く者とは違って、中年を過ぎていると見えた。

彼は店先に現れた客の様子をいち早く伝えもするし、「誰々は何某の品を希望しているはずだぞ」などと報せて、相応の準備をさせたりもするのだ。


「私が馬でここにやって来た時は、あんたがここに?」


「ま、おれがここにいないのに店が開いていることはないからね」


「じゃ、店は開いていたのか」


「ああ、雨が急に強く降り出してきたから、そろそろ店を畳もうかという時だったがな」


「私みたいに村に入ってくる者は珍しいか」


「そりゃ、質問の意味による。店先で落馬して昏倒する奴は記憶にないね」


「・・・・・・・・そりゃ、言いっこなしだ。

つまり、私みたいに一人、旅姿でやって来る奴だ」


店番はちょっとルミィを値踏みするように頭からつま先まで眺め回した。


「お客人が手前どもの主人から、何をどう聞いているかは知らないが、誰でも知っている話だから教えてやろう。

『常世闇の森』の話は聞いているだろう。北には未知の怪物、南には森の山賊だ。

どちらが安全か、と言えば、金目のものを持っているのなら圧倒的に北に行く道が安全だ。怪物が人を襲うのは年に何遍もありゃしない。ふっつりと数年噂を聞かない時だってあらあ。しかし、残念ながら道の整備が行き届かず悪路ときておる。

南への道は整備されているが、一財産持った者にはこれほど難儀な道はない。常世闇の森を中心に四方八方の村々や、カムワツレ王国の辺境を荒らし回る悪漢共だ。首領のデナムは血も涙もねえ冷血漢ときているから、命乞いも無駄。金品だけじゃ済まないことになる。目を付けられたら、それで一巻のお仕舞い。だから南からふらりと旅人が来ることは、まずない。

代官様がやりなさるように武装した護衛を付けた隊商以外は通りたがるまい。ま、それでうちの主人が自警団なんぞを作ろうかというわけだが。

そういう事情だから、村にやって来るのは隊商に伴ってくる者か、北から悪路をものともせずにやって来る連中ぐらいだ」


「ここは村の入り口にある屋敷だから、あんたの目を逃れて村に入るっていうのは、なかなかあるまいね」


「そりゃ、日中の話よ。夜、暗くなってからなら分からねぇ。もっとも、常世闇の森の辺りを暗くなってからうろつくなんてまともな神経ならしねえところだが、よそ者はそんなこと知らねえから、そのまま夜中にパックリやられているのかもな。近頃、噂を聞かねえと思っていたら、それが理由だったりしてな」


ルミィは店番の話をよくよく吟味した。


「私が自警団の訓練の手伝いをすることは聞いているか」


「ああ、聞いてるよ。主人も正体不明の男から指導を仰ごうって言うんだから、よくよく困っているんだろうよ。――いや、俺の口の利き方が気に障るなら謝るが、悪気があって言っているんじゃねえ。

あんただって素人共に剣術だの何だの教えるんだから大変な頼まれ事なんだろうと、気の毒にすら思っているくらいだ」


「いや、それは気にしていないよ。

ちょっと私の方から頼み事があるのだが、新たに村にやって来る者があったなら教えてもらえないかな?」


「ほう、そりゃどういう訳で?」


「ここで長逗留するとなると、私の仇とする男が、通りかかることになるかも知れないのだ。向こうは名前を変えて旅をしていることは分かっているのだが、危険な男でね。

ここで出会うなら、今度こそ決着を付けてしまいたいのだが、不意打ちを食らうのは御免被りたい。それで、あんたなら私の助けになってくれるのではないかと思ってね」


「他ならぬ主人の客人からの頼みだ。構わねえけど、どんな男だ」


「大男だ」


「あんただって大男の範疇に入るぜ」


ルミィは六尺に少し足りないくらいの上背だが、背の高い部類ではあった。


「そいつは七尺もあろうかという背だけでなく、全身筋肉の塊のよう巨漢だ。武器を手にしていなくても、存在そのものが凶器のような危険人物だ。そいつには連れがいて、その男も危険なのだ。そっちの方は私と同じような体格だが、腕が立つ上に切れ者だ。油断していると痛い目に遭いかねん」


「あんたみたいな大男の前で油断なんかしやしねえさ。

ちっと要領が掴めねえが、客人に融通は利かせるものよ。俺たちに任せときな」


「あと、出来たら内密にお願いしたいな。周りが騒ぐようだと困るからな」


「というと、その仇というのは女がらみか?」


ルミィは片目をつぶった。

店番は訳知り顔に頷き「そういうことなら任せときな」と胸を叩いた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


その夜、ディアナとの稽古の後、一人で村の飲み屋街へと足を伸ばした。

こんな村では飲み屋と言えば一軒きり、常連のたまり場なのが通常であったが、ここ数年のイズノ村は違った。


流れ込むカムワツレ王国金貨・銀貨を目当てに住み着く流れ者が増えた。

隊商に付いて来たのがそのまま居着く者、或いは逆に居着くのが目的で隊商に付いて来る者など様々だ。

年齢も性別も関係ない。

彼らに共通しているのはただ一点。村に溢れる金貨・銀貨だ。

一攫千金を夢見て、新たに商売を始めるのだ。


ルミィがそうした店に向かうのは、何も一息入れようというのが目的ではない。

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